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    MIlktea2_1

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    伝奇松の紫坂一視点。へそウォ先生を無視したオリジナル設定。不定期更新はご了承ください。何話か書いたらまとめて支部へアップします。
    参考:師匠シリーズ

    紫の章1談目「父の行方」① 語り手︰紫坂一

     おれの父は歴史学者で大学教授だった。日本中の遺物や呪物とそれにまつわる歴史について研究し、何故それが存在するに至ったのかを導き出す仕事だ。
     そのため父は全国を駆け回っており、一週間から一ヶ月ほど出張で家を空けることも度々あった。頻繁に連絡してくるような人じゃなかったけど、そんなことがしょっちゅう起きるのだから、どこへ行っても、どうせケロッとした表情で帰ってくるのだろう。漠然とそんな風に思っていた。
     
     一年前、父は行方不明になった。



     茹だるような暑さが続く七月。おれは東京都内にあるT大学に訪れた。第一学舎が文系学科が集まる学舎で、そのうち三号棟が歴史学専攻の研究室だ。おれが学舎のロビーに入ると、グレーの背広に眼鏡をかけた男性が待っていた。
    「お久しぶりです、ハジメさん」
     この人は上田さん。准教授で父のゼミの副担任だ。確か奥さんと五歳の息子がいて、閉鎖的な父には珍しく、プライベートでも交流のある人だった。おれは頭を下げる。
    「お久しぶりです、上田さん」
    「許可は取っているので入りましょうか。あ、これは来客用の名札ですのでお持ちください」
     おれは「ゲスト」と書かれた名札を胸ポケットにつけ、三号棟のエレベーターに乗った。最上階の一番奥の部屋が、父の研究室だという。移動している間、上田さんはおれに気を遣って話しかけてくれた。
    「ハジメさんの卒論抄録を拝見したことがあります。あれを書いたのがハジメさんだなんて驚きました。学生の見本用とはいえ、きれいに要点をまとめられていて、ユーモアもある。流石紫坂教授の息子だ」
    「ありがとうございます」
    「ただ非常に勿体無いですね。貴方も教授になって教壇に立てばいいのに」
    「いえ、教えるのとか向いてないんで」
     キッパリと断ると、上田さんは少し残念そうに眉を下げ「そんなの私も教授も一緒ですよ」と苦笑した。確かに父はT大学でそこそこ長い教授だったが、上田さんの言う通り、教授に向いている人ではなかった。人見知りで、身嗜みもなっておらず、研究者気質に全振りしたようや人だった。
     そんな話をしているうちに、紫坂研究室に到着した。中は段ボール箱が積み上げられており、警察に押収されてからそのままの状態だ。きっと警察の介入がなければ、この研究室は足の踏み場もないほど書物で溢れかえって、ホコリまみれだったことだろう。
     おれと上田さんは、手分けして段ボール箱の中身を取り出し、「自宅に持って帰るもの」「大学に寄付するもの」「処分するもの」で仕分けし始めた。「本当は教授のためにもこのまま残しておきたかったのですが……」と上田さんは悲しそうに言っていた。父が行方不明になってから一年。捜査も打ち切られてしまった以上、大学側もいつ帰ってくるかわからない男を、これ以上待つわけにはいかないと判断したのだ。
     片付ける中、思い出すのは父との最期の会話だ。この日も、今日と同じ茹だるような暑さだった。父は玄関でぶつくさ言いながら靴を履いていた。
    「いやだ……大学行きたくない……暑すぎる……」
    「文句言うな。今日やっと研究が終わりそうなんでしょ。さっさと働いて稼いでこい」
    「相変わらず手厳しいな。あーあ、おまえも教授ならもっと大っぴらにコキ使えたのに」
    「絶対いや」
     靴紐を結び終わり、立ち上がった父に鞄を渡す。おれは父の研究の手伝いをしているが、博士号を取得していないため関係者としてT大学に入ることができず、いつも自宅にいる。つまり無職のニートというわけだが、家事全般はおれがしているので許されているのだ。
    「晩ごはん何がいい?」
    「暑いからざるうどんで。油揚げもつけてね」
    「はいはい。ほら、いってらっしゃい」
    「いってきます」
     不器用に少し口角を上げ、父は玄関のドアを開ける。いつもの会話。いつもの光景。そのままいつも通り大学に行って、夜には帰ってくるのかと思っていた。
     だが、夕方くらいに父から『ゴメン、研究が長引いて大学に泊まることにした』というメールが来た。仕方なくざるうどんは自分の分だけ作り、油揚げは取っておいてあげたのだが、翌朝になっても父が帰ってくる気配はなかった。大学に連絡すると、父はその日大学に泊まっておらず、目撃者曰く、夕方、何やら血相を変えて研究室を出ていったという。大学側も父の行き先は不明。
     そこでようやく、父が行方知れずになったのだとわかったのだった。
    「――では荷物は後日送りますね」
     無事に片付けが終わり、上田さんはそう口を開いた。それから段ボール箱だけの質素になった研究室を見渡して、しみじみと呟いた。
    「さみしいですね。まだ実感が湧きません。こうしている間に、先生がフラッと帰って来るような……そんな気がしてしまいます」
    「おれもそう思います」
    「先生は不思議な人でした。天井を見つめていると思ったら、突然排気口を箒でバンバンはたきだしたり、道端を見つめていると思ったら『小人が踊っている』とか言い出したり……」
    「……なんかすみません。うちの父が」
    「いえいえ。確かに最初こそ驚きましたが……なんでしょう、そんな変わった一面が、先生の魅力を引き出していたのかもしれません」
     上田さんの言いたいことはわかる。確かに父は迷惑極まりない変人だが、その行動には謎の説得力があった。「小人が踊っている」という発言はおれの前でもしていたし、なんなら「最近小人がよく出現するから、ハジメくんも気を付けてね」とか「次は大きな人が出てくるよ」とか、聞いてもないのに意味不明なことまで話してくれた。
     ちなみに父が言う「大きな人」だが、その日の夜本当に現れた。姿は見ていないが、就寝前に寝室の窓辺に大きな人影が映ったのだ。さすがに心臓が縮むかと思った。父は最期まで真相を教えてくれなかったが、たぶん霊感が強く、ある程度対処する術を持っていたのだと思う。
     だからこそ、どんなにヤバい遺物や呪物を持って帰ってこようが、どんなにヤバい遺跡や心霊スポットに行こうが、平気な顔して帰ってくる――そう過信していたのかもしれない。
    「上田さん、今日は手伝っていただきありがとうございました」
     おれは改めて感謝の意を述べる。上田さんは眉を下げた。
    「……ハジメさん。貴方のお父さんは本当に……貴方を助手にしたいと話してました。もしハジメさんにその意思があるのなら、私もできる限り支援します」
     上田さんは大袈裟だ。おれには父を凌駕するほどの知識も技能もないというのに。
    「お気遣いありがとうございます。でも、やっぱりおれは向いてないんで」
     そう断れば、上田さんは「そうですか」と残念そうに笑い、それ以上何も言ってこなかった。



     帰宅後、おれはふと父の書斎に入ってみた。書斎は父が行方不明になってからそのままにしている。家のものまで片づけてしまったら、本当に父がいなくなるような気がしたから。
     警察は目撃証言を駆使して、父の行方を追ってくれた。しかし、父の最期の足取りが北関東の奥地にある村だとわかるや否や、あっさりと捜査を断念したのだ。
     ――その村の名前は『赤ツ鹿村』。
     隣町の『入浴市』に駐屯所があり、そこの警察が引き続き対応してくれると警察は言っていたが、県警の本格的な捜査はそこで終わった。おれが何度説得しても無駄だった。
     『赤ツ鹿村』について調べようとしたが、何故か父の書物の中に赤ツ鹿に関連するものは何もなかった。父は研究や調査で出張するときは、事前調査を欠かさなかったはずなのに。
     おれはスマホで赤ツ鹿村を検索する。松ペティアには、「赤ツ鹿村と入浴市に連なる『双子嶽』を神格とした山岳信仰の村」と記載があった。スマホの地図アプリで確認すると、双子嶽らしき大きな山と、家屋が斑にある程度で、山以外何も無いド田舎だった。
     ド田舎とはいえ、入浴市には駅があるので断念するほどの距離じゃない。バス停やタクシーもあるから、何かしらの交通手段はあるはずだ。それなら何故、警察は捜査を諦めたのだろうか?
     おれはふと、思いついた単語を追加して検索してみた。
    『赤ツ鹿村 神隠し』
     一つだけ、とある記事がヒットした。K出版社のオカルト雑誌だ。二十四年前の記事で、どうやら昔掲載されていた記事をウェブ上で再掲しているらしい。赤ツ鹿村で度々起こる神隠し事件について独自に調査したらしく、主に旅行などで村を訪れた人やが被害にあっていることや、伝統的な村祭りの時期と神隠しの時期が被っていることから、「村祭りで村の部外者を山神の生贄にしている」と書かれていた。
     そして「何故警察は赤ツ鹿に触れないのか」という疑問も、「実は山神が天皇の神格天照大御神と関わりがあるため、国家公務員である警察は神聖な山に入ることを国から禁止されている」といった、無茶苦茶な説明が書かれていた。
     ホラー、ファンタジー、陰謀論を交えて何を唱えたいのかわからないが、記事の内容には興味がない。それよりも、おれは記事の作成者を見た。
     『K出版社 松野松造』
     まつのまつぞう……聞いたことがある。おれはふと思い出し、父の名刺入れを漁った。父は変に几帳面で、頭文字順に名刺をしまっていたため、目的の人物――松野松造の名前はすぐに見つけられた。
     父はこの人と面識がある。名刺を取り出すと、ずいぶん昔に受け取ったものなのかかなり黄ばんでいた。ふと裏面を見る。名前や出版社の住所が英語で記されている中、右端に誰が書いたのか小さな走り書きを見つけた。
    『24年後にまた会える』
     赤ツ鹿村を取材していた男と、赤ツ鹿村で消息を絶った父――気づけばおれはスマホを取り出して、K出版社に電話をしていた。
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