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    MIlktea2_1

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    伝奇松の紫坂一視点。へそウォ先生を無視したオリジナル設定。不定期更新はご了承ください。何話か書いたらまとめて支部へアップします。

    紫の章2談目「父の行方」② 語り手:紫坂一

     結局、松野松造さんは既にK出版社を退職していていなかった。だがスマホで名前を検索したところ、松野出版社に同姓同名を見つけた。どうやら退職後同じメディア業界で独立したらしい。松野出版社に連絡して紫坂の名前を出せば、松野さんが時間を作って会ってくれることになった。
     約束の日、おれは松野出版社を訪れた。一階ロビーの受付嬢に声をかける。
    「すみません。マツゾー編集部の松野松造さんと十八時から会う予定をしていたんですけど……」
    「はい。お名前は?」
    「紫坂です」
    「少々お待ち下さい」
     受付嬢はそう言って受話器を取る。電話で数分会話すると、おれに向かって「四階へお上がりください」と言った。おれはゲスト用のカードキーを受け取ると、言われるがままエレベーターに乗り四階へ向かう。
     やがてエレベーターの扉が開くと、小さな廊下に出た。正面には扉があり、そこが編集室だとわかる。呼び出し用のベルや電話器は見当たらない。仕方がないので、おれは気持ちばかりに小さくノックをして、ドアを開けた。
    「し、失礼します……」
     おそるおそる中に入る。中はよくある事務所のような部屋で、従業員たちは紙や雑誌が積み重ねられたデスクに座り、狭い範囲でパソコン作業をしたり、受話器を耳に当てて喋りながら仕事をしている。なんなら電話をしながら走り回っている人もいる。
     い、忙しい時に来てしまった……松野さんから十八時以降なら空いていると聞いてたんだけど……。おれは出直そうかと踵を返すと、背後から声がかかった。
    「何のご用ザンスか?」
     その声は、扉から一番近いデスクに座っていた従業員の女性のものだった。強烈な出っ歯と眼鏡の奥の鋭い視線が刺さり、おれは思わず尻込みする。何故か彼女のデスクには、キノコの原木が飾られていた。
    「し、紫坂です。松野さんはいますか?」
    「編集長〜! お客さんザンス〜!」
     おれが用件を伝えると、女性は席を立ち、部屋の奥に向かって叫んだ。奥には仕切りに近い個室があり、そこから小柄な中年男性が出てきた。男性はおれを見るなり目を大きく見開いたが、すぐ笑顔に戻り手を挙げた。
    「おお! 君がハジメくんか! すまんな、迎えに行けたらよかったんだが、どうも仕事がごたついてしまって」
     彼が松野松造――松野出版マツゾー編集部の編集長か。おれと松野さんは初めて会ったはずだが、松野さんはニコニコしながら「大きくなったなぁ」とおれの肩を軽く叩いた。
    「とりあえず応接室に移動しよう。イヤ代くん、すまんがお茶を出してくれ」
    「はい」
     先ほどの女性が立ち上がる。イヤ代さんと言うのか。どうも目つきが苦手だ。そう思いながら、おれは松野さんの後をついていく。
     応接室は編集室の左手奥にあった。部屋に入るなり、松野さんはおれを上座へ座らせる。おれは頭を下げた。
    「すみません。お忙しいのに突然連絡してしまって」
    「構わん構わん。いつものことだし。それにしても、まさか紫坂先生の息子から電話が来るなんてなぁ。今いくつだ?」
    「二十五です」
    「二十五! もう立派な大人じゃないか!」
     やけに親密な感じで話しかけてくるかと思ったら、今度は大きな口を開けて笑う松野さん。おれはそのノリについていけず戸惑った。
    「その、ぼくたちどこかでお会いしましたか? てっきり初対面だと思っていたのですが……」
    「いやいや初対面だよ。先生から一方的に君の話を聞いていただけだ。もうずいぶん昔の話だが……いやはや時が経つのは早いもんだ。君を見たとき、先生にそっくりでビックリしたわい」
     なんでも松野さんがまだK出版社にいた頃、松野さんは自分が執筆したオカルト雑誌を父に読んでほしくて、いつも自宅に郵送していた。そして毎回、父から返事という名の見解や解釈を述べた手紙が送られてくるのだが、たまに幼少期のおれの写真が入っていることもあったという。
     松野さんはK出版社を退職後、松野グループの社長の娘に婿入して出版社に就職した。最初は周りからコネだの何だの嫌味を言われる立場だったが、元々敏腕記者だったため、実力だけですぐに這い上がり、今や立派な編集長だ。ただ編集長になってから多忙で、父との連絡も途絶えていたという。
     そこで、イヤ代さんがお茶を運んできたため、松野さんの語りは一時中断された。応接室のソファに深々と座り一息ついてから、松野さんは再び口を開いた。
    「それで、先生はご息災かい?」
     松野さんの問いに、おれは首を横に振った。
    「父は一年前に行方不明になりました」
    「……なに?」
    「警察が言うには、赤ツ鹿村で消息を絶ったと」
     松野さんは目を大きく見開き絶句した。その顔を見た瞬間、この人は何か思い当たりがある――おれの直感がそう働いた。
    「おれは父が行方不明になった真相を追うつもりです。ですが、父の所持品には赤ツ鹿村に関するものは何も見つからなくて。松野さんは過去、赤ツ鹿村について取材をしていて、父とも面識がありましたよね。父の書斎であなたの名刺を見つけました」
    「……」
    「松野さんはなにかご存知ですか? 気のせいだったでも構いません。少しでも手がかりがほしいんです。なんでもいいので教えてください」
    「……」
    「あなたの名刺に『24年後にまた会える』という文字が書き込まれていました。会う約束をしていたんでしょう?」
    「……」
     松野さんは黙り込む。太ももの上に肘を立て、両手を台にして顔を埋めていた。隙間から見える彼の顔は疲弊しきっており、まるで玉手箱を開けた浦島太郎のように、一気に老けたように見えた。
     数分経っただろうか。意を決したのか、松野さんが静かな声で話し始めた。
    「……わしと先生が初めて出会ったのは、わしが赤ツ鹿村の神隠しについて取材していたときだった。その日も入浴市から赤ツ鹿村へ入ろうとしていたんだが、そこでたまたま、村付近でうろちょろしている先生を見かけたんだ」
     松野さんが声をかけると、父は歴史学者だと名乗り、研究の一環で赤ツ鹿村の双子嶽について調査しに来たこと、しかし村の入口がわからなくて彷徨っていたことを松野さんに話した。そこで「これも何かの縁だから」と父に誘われ、共に行動することになった。
    「結局、神隠しの真相はわからずじまいだった。紫坂先生も山の調査がうまくいかなかったようで、納得いかないって顔をしていたよ」
    「松野さんの記事には『村祭りの生贄になっている』とや『警察が野放しにしているのは、赤ツ鹿の神様が天照大神の化身だから』とか書かれてましたが」
    「あれはでっち上げだ。わしが知っているのは鬼塚伝説の……いや、」
     一瞬、松野さんの口が止まる。
    「シラナイホウガイイ」
     ゾクッと背筋が凍った。松野さんの瞳に光はなく、おれから目を逸らして部屋のどこでもない遠くの方を見ている。声は引く口調も片言。おれの目には、松野さんが全く別の人物のように見えた。
     しかし、それもつかの間。松野さんはすぐ先ほどまでの表情に戻り、おれに目を向けた。
    「ハジメくんは先生が消えた日、先生がどんな様子だったか覚えているか?」
    「え、あ……えっと、家を出るときは普段と変わりませんでした。ただ大学にいるときに、慌てて研究室を飛び出したと聞いています」
    「そのとき連絡は取り合ったのか?」
    「メールで、大学に泊まるとだけ……」
     だが、実際は大学には泊まっておらず、赤ツ鹿村へ向かっていた。その様子が町中の防犯カメラに残っていたため、行き先までを特定できたのだ。
     松野さんはふむ、と考え込むように顎を触った。
    「ハジメくん。わしの名刺に二十四年後に会えるだの書かれていたと言っていたが、あれはわしが書いたものじゃない。さらに言うなら、わしと先生が赤ツ鹿村へ行ってから、まだ二十四年も経っていないんだ。微妙な年月だが、十九年といったところか」
    「え?」
    「何か緊急を要する事態が先生の身に起きたのだろう。それを君に伝えなかったとするなら、君には真実を知ってほしくなかったんじゃないか? 赤ツ鹿村に関する文献がどこにもなかったのも、村の情報を君から隠すためなんじゃないか?」
    「……」
    「赤ツ鹿村には行かない方がいい。神隠しの真相は解けなかったが、神隠し自体は本当に起きている。無防備の状態で行けるような場所じゃない」
    「……でも、どうしても真相が知りたいんです。父が唯一の身内だから……」
    「なら先生も、唯一で大切な息子まで危険な目にあわせたくないと思ってるはずだぞ」
     そこまで言われてしまえば、おれはもう何も反論できなかった。松野さんが心配する気持ちも、きっと父が同じ思いだったことも理解できる。生まれたときからずっと父子二人で暮らしてきた。自惚れではなく、おれは確かに、父に大切にされていたと思う。
     ……もし、
    「もし二十四年後、父に誘われていたら、松野さんは赤ツ鹿村に行っていましたか?」
     松野さんの瞳が揺らぐ。何を考えたのかはわからない。しかし、数拍置いた後、彼は悲しそうな顔で首を横に振った。 
    「例え先生に誘われたとしても、わしは断っていただろう。もう一度あの村へ行く勇気がない。わしにできることは、こうやって赤ツ鹿村の怪しい風評を広めて、他所者を近づけないように牽制することだけだ」
     本当にすまない、と松野さんは頭を下げる。おれは「謝らないでください」と言った。今までの会話から、松野さんは絶対に断ると思っていたし、お陰で己の決意が固まった。
     父を探しに行こう。例えどんな状態だろうと必ず見つけだす。そして、すべての真相を知るんだ。このままじゃあ誰にも見つけてもらえない父が可哀想じゃないか。
    「今日は貴重なお話をありがとうございました」
     おれがそうお礼を言うと、松野さんは「力になれなくてすまない」と申し訳なく頭を下げた。気にしなくていいとおれは苦笑する。確かに赤ツ鹿村に知見がある人がいれば心強かったが、だからといって無理やり松野さんを引っ張り上げるつもりはない。
     また後日、ご飯でも食べに行こうと約束を交わし、おれは応接室から出る。扉を閉める直前、不意に正面にいる松野さんが視界に入った。
     そこにいるのは松野さんではなかった。
     彼は手を脱力させ、虚ろな目でボンヤリと天井を見上げながら、呆けた口を大きく開けている。まるで歯車が止まったからくり人形のようだ。おれが呆然と立ち尽くしていると、彼の口がゆっくりと動き始めた。

    『シ ラ ナ イ ホ ウ ガ イ イ』

     おれはそっと扉を閉じた。イヤ代さんに軽く頭を下げて、松野出版社を後にする。その間ずっと「触らぬ神に祟りなし」という言葉がおれの頭に浮かんでいた。
     きっとあの人は、今もあの村に呪われている。
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