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    ny_1060

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    ワンライ「梅雨」(2024.06.01)
    キスブラ

    「アジ、サイ?」
    「そうだ、紫陽花」
     オレのたどたどしい問い返しに、ブラッドが頷く。
    「花なんだよな、それ」
    「正確には一般的に紫陽花の花と呼ばれるのは萼が発達したものらしいが、まあ、そうだな」
    「よくわかんねぇけど、まあ、いいぜ。お前が見に行きたいって言うんなら。でも今週末は天気崩れるんじゃなかったか?」
    「構わない。雨の中の紫陽花というのもきっと風情があって良いものだろう」
    「そっか、了解」
    「……付き合ってくれて礼を言う」
    「……何言ってんだよ、当たり前だろ」
     お互いに何となく気を遣い合っている会話がくすぐったい。何せオレたちは今いわゆる「蜜月」というヤツだ。ディノが帰ってきて、まあ色々あって、先月の初めにようやく付き合い始めた。この男が自分の恋人だなんて、いまだにちょっと信じられない。何なら一日に一度は「夢じゃねぇよな…?」と思っている。
     とはいえ、関係を公表しているわけではないオレたちは、普段の接し方は今まで通りだ。オレのテキトーな仕事ぶりにアイツがお小言を言うのも通常営業。はたから見ればただの腐れ縁に見えるだろう、多分。ディノとジェイにはさすがに報告したが(そしてリリーにはなぜか速攻でバレたが)、他のヤツらはオレらの関係が変わったことは知らないはずだ。
     そんなオレとブラッドのオフが一ヶ月以上ぶりに合うのが今週末ということで、オレたちは付き合って初めてのデートというヤツをしようとしている。雨模様らしいからオレの家でのんびりするのもいいかと思ってブラッドに水を向けたら、冒頭の提案が返ってきたわけだ。
     何でも、グリーンイーストの外れに「アジサイ」の綺麗な公園があるという。オレもブラッドもほとんど行ったことのない辺鄙なエリアで、そこに日本が原産の、雨の多いこの時期に咲く花があるという情報を、ブラッドはSNSでたまたま見つけたらしい。オレには「見てのお楽しみだ」と写真は見せてくれなかったが。でも、アイツはアイツでオレと過ごす時間を楽しみにしてくれているような気がして、まあ、嬉しい。

     今週は特に忙しいということもなく、無事に週末を迎えた。予報通り今日は朝から小降りの雨だ。ブラッドが車を出してくれるというので、二人でグリーンイーストに向かう。駐車場で車に乗り込む時、いくらでも言い逃れはできるはずなのに、誰かに見られてねぇよな、と妙に気になってしまった。オレはガラにもなく緊張しているらしい。
     公園の近くのパーキングに車を停めて、目的地まで二人で歩く。ブラッドのいかにも造りの良さそうな傘とオレのボロいビニール傘が並んでいるのがひどく不釣り合いな感じがして、また妙な気分になる。まっすぐ前を見て歩いている綺麗な横顔をチラッと見て、オレは小さく息を一つついた。

    「此処だな」
     ブラッドの声に顔を上げる。途端、思わず息を呑んだ。
     アジサイってこういう花なのか。まず色がすげぇ、語彙がねぇけど。一色じゃなく一つの木の中でも色が違ったりするもんなんだな。それに、これだけたくさん固まって植わっていると、何というか不思議な迫力がある。
    「……美しいな」
     ややあって、ブラッドがポツリと呟いた。その顔を見て、オレは心から今日ここに来て良かったと思った。

    「あのー……」
     心地良い沈黙に、不意に背後から声が届いた。振り返ると若い女性の二人組がオレたちを窺っている。
    「わ、やっぱりそうだ。ヒーローのブラッド・ビームスさんとキース・マックスさんですよね?」
    「……ああ、そうだ」
    「わー、嬉しい! 私たち、ブラッドさんの大ファンなんです。握手してもらっても良いですか?」
    「ああ、いつも応援ありがとう」
     ブラッドは途端にいつもの営業スマイルを浮かべて握手に応じている。
    「感激です〜! あ、写真も一緒に良いですか?」
     そこで不意に二人組の視線を向けられて、オレは否応なく声を上げる。
    「あー……ならオレ、撮ろうか?」
    「すみません、ありがとうございます〜!」
     写真を撮る間も、二人はブラッドに自分たちがいかにブラッドを好きか話したり、ブラッドに質問を投げかけたりと忙しい。ブラッドも律儀に対応していて、コイツらしいなと思いながらオレは適当に何枚か写真を撮った。てか、ちょっと距離近過ぎねぇか? 二人、傘畳んでブラッドの傘に入ってるじゃねぇか……
    「あの、お二人はパトロール、じゃないですよね? ここイーストですし……」
     写真を撮った後も二人のおしゃべりは止まらない。怪訝そうな問いかけに、ブラッドは薄く笑った。そして、
    (え!?)
     不意に絡んだ体温に声を上げそうになる。ブラッドが自分の傘を畳んで、オレの傘に入っていた。しかも、腕を絡ませて。
    「生憎今はプライベートなのでな。少し配慮してもらえると有り難い」
     ブラッドの口調こそは穏やかだが有無を言わせぬ雰囲気に、二人組は言葉を失った後、顔を真っ赤にしてブンブン頷いた。

    「……良かったのか? この後大変なことになるぞ。それこそSNSで……」
     車へ向かいながら尋ねると、ブラッドは淡々と答えた。
    「俺は構わない。第一、お前との関係を隠そうとも元々思っていなかった」
    「だからってあんな急に……」
    「お前がいつまでも覚悟を決めないからだろう」
     ……見透かされていた。ぐうの音も出なかった。
     ふふん、してやったりという得意げな声が聞こえてきそうな晴れやかなブラッドの顔を見て、負けた、いや、コイツには一生勝てないかもしれねぇ、と思った。
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