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    cozuch710(辻子)

    @cozuch710(辻子)
    夢小説などの文章を書いています。
    個人サイトはLUCCA。

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    cozuch710(辻子)

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    にのみやまさたかと飲みに行きおどろきの展開に。お試し投稿。

    #WT夢
    #すきまをすくう
    pullAGap

    すきまをすくう 二 とらえた思ったときには、左足がなくなっていた。がくりと崩れたバランスに、倒れこむ間もなく閃光が視界を埋め尽くす。
     ちりぢりに意識が途切れた次の瞬間にはトリオン体は元の形状を取り戻しており、すでに二戦目が開始されていた。
     初めこそ、私と太刀川の関係に対抗意識を抱いているのではとほのかな微笑ましさを覚えたものの、ハンデと言って片腕を斬り落とし、手首からトリオン漏れを起こしながらフルアタックのホーネットを撃ってくる二宮くんの姿は、私に新たなトラウマを植えつけた。悪夢を悪夢で上書きしてどうする。彼が私に向けている感情の内訳がさらにわからなくなり、私は五度目の戦闘不能状態におちいりながら今後のコミュニケーションに不安を抱く。

     そんなわけでくたくたになって迎えた夜、彼は予告通りに我が家へと訪れた。
     模擬戦のあと休憩室で内容の振り返りをし、罵詈雑言と率直な意見のはざまをいく駄目出しをくらったあと、私たちは一旦別れ家路についた。彼が私の家のインターホンを鳴らしたのは、私が夕飯を食べ終わり、眠る支度をしようか、本でも読もうか、それとも彼に一報を入れようかと迷っていたときだった。
     ドアを開ければ長身の男が姿勢良く立っており、私は思わずまばたきをする。二度目の来訪であるはずなのになんだか現実感が伴わない。部屋へ通し、お茶を淹れ、先日と同じようにリビングのテーブルを二人で囲むも、そこに甘い雰囲気はやはりなかった。若干気まずいが、かといって「何をしに来たの」とも聞けず、私は二宮くんの袖口のボタンをじっと見る。あの朝、彼はシャツの裾をスラックスから出したまま、袖のボタンを留めていた。彼のシャツの裾を見る機会はめったになく、妙にどぎまぎとして目を逸らしたのを覚えている。
    「お、お会計」
    「会計?」
    「この前の飲み代、ぜんぶ払ってくれたよね? 返すよ」
    「ああ、いい」
     お茶を一杯飲み終わり、二煎めのお湯をポットから注ぎ足しながら、私は会話の糸口を探す。
    「じゃあバターどら焼きのお金は」
    「それはおまえが自分で払った」
    「そうなんだ……」
    「記憶をなくすほど酔っていたとは予想外だった。おまえはこの辺りのコンビニの良し悪しを語りながら、とくに俺の肩を借りるでもなくここまで歩き、俺に手と顔を洗うよう促し、暑いと言って突然服を脱いだ」
    「へ、へえ」
     知りたくない事実を淡々と明かされ、相づちに迷う。彼の言葉を頼りに記憶の断片を手繰り寄せれば、やはり辿り着くのはこちらを見すえる二宮くんの目と、熱と、重さだった。胡乱な感覚の中でも、背の高い彼の体からかかる確かな圧力は忘れようもなく心身に残っている。結果、私の顔は酔ってもいないのに急速に熱を持ち、本人を目の前にした赤裸々なフラッシュバックに、涙が出そうになった。
    「だが俺にしても、そこまで正確に覚えてるわけじゃない。あの日は俺も飲みすぎていた」
     私の反応に若干動揺したのか、二宮くんはフォローのように付け足してマグカップに口をつけた。ボーダー内ではありえない気遣いを受け、私はますます心の置きどころがわからなくなる。
    「に、二宮くんにとって、悪い思い出じゃないなら……」
     いいんだけど、と言おうとして、私の言葉は尻つぼみになった。目に膜が張っているため、二宮くんの大きな手のひらがじんわりと滲んで見える。何かの見本のように、きれいな造形をしている。袖口から襟を伝い、首や輪郭、鼻筋や眉の形を見てもその印象は変わらない。二宮匡貴という男の瑕疵のなさが、たまらなく私を追い詰め、同時にどうしようもなく高揚させた。動いてもいないのに着々と息が上がり、今まで知らなかった己の嗜癖に気付きそうになる。
    「……一緒にいることが苦痛なら、そもそも誘いに乗ったりしない。おまえは後悔してるのか」
    「後悔はしてないよ。私だって、二人で会いたいと思ったから誘ったわけだし」
    「そうか。ならいい」
     一人ぐずぐずになり始めている私に向けて、彼は驚くほどあっさりと結論づける。そうして私の方へ手を伸ばしかけ──しかし触れずに、ゆっくりと下ろす。
    「今日は帰る」
    「え……」
    「まだ何かあるのか?」
    「そ、そういうわけじゃないけど。まだ居たらいいんじゃないかと思って」
     今ほうり出されるのは少し辛いな、と思い提案すれば、二宮くんはほんの数秒何かを考えたのち席を立った。
    「いや、今日はやめておく」
     彼の情報処理は速く、また判断は正確だ。考えていると思ったときにはもう結論が出ている。その迅速さはプライベートにおいても変わらないらしい。先日のようにジャケットを羽織り、玄関へ向かう二宮くんを見て少し悔しくなった。けれどこれは彼なりの誠実さなのかもしれない。私を丸め込むことなど彼には容易いはずなのだ。彼もそれをわかっているから、今日のところは距離を取るのだろう。
    「また本部で」
    「ああ」
     同じ挨拶をして、ドアを閉じる。私はやはりよろよろとベッドへ倒れこみ、今度は壁際に向けて寝返りをうった。ごつりとおでこに衝撃が走り、確信する。これはもう、完全に「  」だ。確信してなお、私は最後の悪あがきをしている。


     食堂に併設された談話室には、コンセント付きのテーブルセットが十シートほど並んでいる。普段であれば、訓練の合間をぬって学生の本分に勤しむ熱心な隊員らの作業場となっているが、今日は人口密度が低く中央には意外な人物が座っていた。
    「珍しいね、太刀川がボーダー来てまで勉強してるの」
    「さすがに単位がやばくてなあ。戦闘に役立ちそうな科目ならイケるんじゃないかって、風間さんに地学のノート借りたはいいがサッパリわからん」
     はっはっはと無駄に鷹揚な笑い声をあげ、太刀川慶は椅子の背にもたれている。多くの学生隊員から尊敬と羨望と少しの畏怖を抱かれるA級隊員が、こんなところでだらけていては組織全体の士気にも関わるというのに、彼がそうした事情を省みる気配はない。
    「そういや、二宮にボコられたんだって?」
    「言い方」
     椅子の背を軋ませながら、太刀川は面白そうに私の顔をあおぎ見た。
    「珍しいなあいつ、格下と連戦なんてボランティアみたいなこと普段なら絶対しないのに」
    「だから言い方」
     後輩に対する面倒見は意外にもよく、先輩に対する最低限の礼儀も欠かさない太刀川だが、同輩に対しては遠慮がない。というよりも、完全に気を抜いているのだ。この男はやる気があれば大抵のことをやってのけるが、やる気のないことに対してそのポテンシャルを発揮することはまずない。
    「太刀川はもう少し、能力値を均した方がいいと思う」
    「お? 俺に戦闘のアドバイスか?」
    「戦闘じゃない! コミュニケーション能力とか、デリカシーとか、言葉の選び方とかそういう話」
    「はーん、例えばどういう感じに?」
    「それは自分で考えて。ついでに私の夢に出てくるのもやめて」
    「なにおまえ、俺の夢見てんの?」
    「悪夢だよ。この前は餅としてつかれそうになった」
    「え、それやらしいやつ?」
    「なんで? なにが?」
     こうした雑談にしてもそうだ。戦術の解説ともなれば独自の着眼点から理路整然と語る彼だが、日常会話においては極端に掴みどころがない。
    「まあいいや。でもそれなら、またやろうぜ」
     彼はそう言って、親指で仮想戦闘室の方向を指す。なにが「それなら」なのかは不明だが、私は無言で首を振った。ソロランキングの上位二者とたて続けに連戦をし、様々な知見を得たはいいがもうしばらくは自分の中で煮詰めたい気分だ。几帳面にまとめられた地学のノートを斜め読みしながら、太刀川は「えー」と気の抜けた声を出した。
     そんなゆるんだ空気を引き締めるように、黒色が差し込む。二宮くんのジャケットは隊服であっても私服であっても、襟までぴんと張っている。
    「帰るぞ」
    「えっ俺?」
     振り向いた太刀川に対し、二宮くんはどうして俺がおまえと一緒に帰らなきゃいけない、天地がひっくり返ってもそんなことは起こり得ないだろう、少しは考えてからものを言え、という表情を作る。声には出されていないがおそらく大きく外れてはいないはずだ。
    「エントランスにいる。早く来い」
    「なんでなまえと? 飲みにでも行くのか? 俺も誘えよ」
    「飲みには行かない。行っても誘わない」
     噛み合わない二人の会話に割って入るべきかと悩んでいるうちに、私の顔は赤くなっていたらしい。言葉より雄弁なその反応により、太刀川は目を見開きヒゲに指を添えた。
    「まじ?」
     デリカシーはないが勘は鋭い男だ。否、たとえ鋭くなくとも、二宮くんが誰かにこのようなことを言えば「まじ?」となるのが普通だろう。私は自分の反応を棚に上げ、恨めしい目で二宮くんを見る。二宮くんもまた、どこか不満げな目で私を見ている。
    「言ってないのか」
    「言ってないも何も……私たち、結局付き合ってるんだっけ?」
    「おまえは付き合ってない男と寝るのか」
    「寝たの!?」
     やけくそになってあけすけな問いかけをしたが、二宮くんが私よりさらにあけすけなものだから大いに焦る。
    「二宮くん!」
    「なんだ」
    「なんだじゃなくて」
    「いつ? どこで? つうか、なんで?」
     戦闘能力とデリカシーは反比例するのだろうか。自分の言いたいことを言い、聞きたいことを聞く男二人に挟まれて、私は能力と人格の相関関係を思う。けれどまあ、この二名をサンプルとするのはいささか早計かもしれない。世の中には東さんや忍田さんのような人間もいるのだ。
    「……太刀川、ちょっと外してくれる」
    「へいへい」
     幸い談話室に私たち以外の人間はいない。A級トップランカーらと空間を共にしながら、学校の宿題に集中できる学生はいないらしい。太刀川くんはこの世で二番目に面白いものを見つけたという顔をしながら部屋を去った。無論、一番は戦いだろうが、二宮くんはそちらの方でも因縁のある男だ。あらゆる要因が重なって、思わせぶりな含み笑いをした太刀川の今後の動向には注意が必要だろう。
     私はようやく一息をついて、先ほどの問いに答える。
    「付き合ってない男と寝たからこういう状況になってる」
    「今後も付き合わないまま寝るつもりなのか」
    「寝る前提なの?」
     発言にためらいのない男だが、では大事なことを迷わず言うかというと、そうでもない。
    「私には、二宮くんの気持ちがいまいちわからない」
    「それは言語化しなきゃいけないものなのか。正直、上手く伝えられる気はしない。伝えられないものを伝えようとしても誤解を生むだけだ」
    「そ……」
     不確かな情報を伝達すべきでない場面は確かにある。そのとおりだが、それにしても、そんなことを言われても、そもそも、それなら……。「そ」のあとの言葉が続かず、私は様々な接続詞を思い浮かべる。
    「それは、そうかもしれないけど……少なくとも、二宮くんが今言ってくれたことだって、言われなきゃわからないことだよ」
    「じゃあおまえはどうなんだ」
     当然、打ち返されてしかるべき言葉に対し、私が言えることは一つだった。
    「初めはいろいろと混乱したけど、二宮くんのこと好きだし、二宮くんがよければきちんとお付き合いしたいと思ってるよ」
    「模範解答的だな」
    「本音だよ!」
     尊大に腕を組みながら、彼は元も子もないことを言う。ありきたりな答えだろうと、否、ありきたりな答えだからこそ言葉にするには勇気がいるのだ。
    「本音だよ」
     念を押した声は、少しだけ震えていたと思う。誰かに好意を告げることは簡単ではない。言葉にしたとたん、押さえ込んでいた様々な不安に、愛情、恋情、劣情のようなものが飛び火して、私の心はごうごうと燃えた。その熱が目の端っこからじわじわと滲み、体外へこぼれ落ちそうになる。息はやはり、少し重い。そんな私の様子を見て、二宮くんはしばらくのあいだ黙った。彼の長考はどのような場面においても珍しく、私は何かを真剣に思い悩む二宮匡貴の顔をこの世で一番長く見た人間になりそうだった。
    「た、例えばさ」
     沈黙に耐えきれなくなり、思わず口を開く。恋愛面における彼の情操は未知だ。
    「私が太刀川と、お酒の勢いでどうこうなったら、嫌?」
    「不愉快だ」
     先ほどとは裏腹に、彼は即答する。
    「じゃあ、他の人だったら? 太刀川だから嫌なの? それとも……」
     彼が同年のライバルである太刀川に穏やかならぬ感情を抱いていることは知っている。そうした男同士の対抗心にこの関係を利用されるのであれば、私だって穏やかではいられない。着地場所を見失った私の問いに、二宮くんは斜め下へ落としていた視線を上げた。
    「太刀川じゃなくても、面白くはないな」
     こくりと一つ、息を飲む。どうしてこんなに泣けるのかはわからないが、私の中の熱はとうとう重力に負け、一粒落ちる。
    「二宮くんが私を好きなら、すごく嬉しい。それが私の気持ち」
    「……どうして泣く?」
     彼は困ると怒ったような顔になるのかもしれない。定かではないがそういうことにして、私は右手を差し出した。
    「よろしくね」
     思いのほかしっかりと握り返されて、私の手のひらは彼の大きなそれに包まれる。まるで何かの交渉が成立したかのような絵面だが、考えてみれば恋人同士の付き合いだって一般化された契約のようなものだろう。ビジネスと違うのは、互いの誠意でのみ継続が保証されるところだ。
     素面で彼に触れるのは初めての気がして、ずいぶんな始まり方をしてしまったものだと改めて思う。二宮くんはしばらくのあいだ私に触れさせていた手を、不意に離しポケットに入れる。
    「帰るぞ」
    「うん」
     どこへとは言わないが、おそらく彼は今日、私の家へ来る。百年前から付き合っているような顔をして、リビングの椅子に座るのだ。今のところ、私はこれ以上の言葉を欲していない。けれどいつか欲しくなったら、意地でも言わせてやろうと思う。私のことが好きで好きでたまらないと。
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