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    cozuch710(辻子)

    @cozuch710(辻子)
    夢小説などの文章を書いています。
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    cozuch710(辻子)

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    にのみやまさたかと飲みに行きおどろきの展開に。お試し投稿。

    #WT夢
    #すきまをすくう
    pullAGap

    すきまをすくう 一 久しぶりに飲みに行くといっても、相手が二宮くんであれば大丈夫だろうと呑気に構えていた。鋼鉄の男、二宮匡貴はボーダー内の活動においても、またプライベートにおいても隙がなく、卆がなく、揺るぎない存在だと思っていたのだ。
     ちなみにこの場合の「大丈夫」とは、様々な意味合いを含む。私が酩酊しても二宮くんが共倒れすることはないだろうし、鋼鉄ではあるが冷徹とまではいえないので凍死するまで外にほおっておかれることもないだろう。家まで送ってもらったとしても、彼との間に何かが起こることは考えづらい。
     何しろこの男はほろ酔いの加古望に間近で炒飯レシピを説かれても、眉ひとつ動かさない人間なのだ。私の知る女性の中で一番刺激的である加古ちゃんに耐性があるならば、私が全裸で迫ったとしても微動だにしないだろう。
     そのような楽観のもと、普段は飲まないショートグラスをぱかぱかと五杯ほど空けたところまでは覚えている。「飲みすぎじゃないのか」と言った二宮くんもまた、珍しく目尻を赤くしていた。甘いお酒を飲まない印象であったのに、私が頼むカクテルに対し「同じものを」と言い続けた彼がどれくらい酔っているのかはわからなかった。けれど私は前述のような先入観により、彼を完全無欠の潔癖人間であると思い込んでいたのだ。
     
     
    「茶色のタオルを借りた」
     上から三つ開けたボタンを、首元まで留め直しながら、二宮くんは言った。
     そういえば明け方に寝返りをうったとき、いつもよりベッドが狭いとは思ったのだ。けれど頭痛と眩暈が抜けきらず、私は深く考えずに壁際へと寄った。夢の中で、増殖したモールモッドと両手に餅つき用の杵を持った太刀川慶に追いかけられていたこともあり、私の脳みそはあまりうまく回ってくれなかった。きっと模擬戦で太刀川相手に六連敗したことがトラウマになっているのだろう。奴はハンデと言って自分の利き手の親指と人差し指を斬り落としたが、その発想自体が戦闘狂のそれであり空恐ろしく、今思えば戦う前から飲まれていた。そんなわけで夢見が悪く、熟睡できず、にじむ汗に唸りながら目を覚ましたのは九時を回った頃だった。
    「タオル、タオル? ああ、茶色のなら使ってないからどうぞ」
     私はなんとかそう返し、背を起こす。乱れた髪をとっさに整え、化粧は落としているだろうかと頬に手をあてる。その間、二宮くんはタオルの大きさについてくどくどと何らかの意見表明をしていたが、もちろん私に返答能力はなかった。
    「フェイスタオルにしては小さすぎるし、ハンドタオルにしては大きすぎる。なぜこういう中途半端な規格のものを買い揃える?」
     二日酔いに苛まれている人間にそんな難しいことを聞かないでほしい。そもそもタオルなんて水気が吸収できて不潔でなければなんでもいいだろう。私は投げやりな気持ちで「よく覚えてない」と返し、布団から出た。いつのまにかパジャマに着替えているが、いつどのようなタイミングで着替えたのかはそれこそよく覚えていない。私は動揺を隠していたが、目の前の男にそういった様子は見られない。そのことに、少し安心していた。彼がいつも通りの塩対応であるならば、それは翻って何もなかったという証拠だろう。
    「送ってくれてありがとう。昨日はだいぶ飲みすぎた」
    「そうだな」
     若干の探りを含んだ礼に、簡潔な一言を返し、二宮くんは椅子の背にかけられていたジャケットを羽織った。私はとりいそぎ自分の顔と体のコンディションを確かめるため、そそくさと洗面所へ向かう。意外にも化粧はしっかり落としていて、化粧水のキャップが開いていることから普段通りのルーティンをこなしたことが窺えた。着ていた服は洗濯機に入れられ、胸元に手を当てれば下着をつけていない。思い出せそうな何かが頭によぎり、首をかしげたところでリビングから名前を呼ばれた。
    「バターどら焼きはどうするんだ」
    「バターどら焼き?」
    「どうしても明日の朝食べたいと言って、コンビニで離さなかっただろう」
     朝からずいぶんと重いものを選んだな、と他人事のように思いながら、いったい他にいくつ醜態をさらしたのやらと不安になる。
    「いくつあるの?」
    「二つ」
    「じゃあ、二宮くんもどうぞ。今お茶を淹れるね」
     そう言って私が紅茶の缶に手を伸ばすと、二宮くんは椅子を引き素直に座った。
     軽い朝食を摂るあいだ、彼は三門市の人口推移の話をし、ランク戦の順位に言及し、太刀川慶の悪口を二言ほどこぼした。
    「じゃあ、また本部で」
    「ああ」
     立ち上がり、ジャケットの前を留めた二宮匡貴はすっかりいつも通りの姿である。彼が部屋から去り、一呼吸したのち、私は頭をかかえ己の酒癖を戒めた。
     鋼鉄の男、二宮くん相手とはいえこれはあまりにデリカシーを欠く行為だろう。酩酊し、コンビニで駄々をこね、家まで送ってもらい、一人呑気にパジャマに着替え──。
     そこまで振り返ったところで、さきほど思い出しかけたとある記憶が、再びよぎる。一人呑気にというが、私が顔を洗い着ていた服を洗濯機に放り込んだとき、隣には確かに二宮くんがいなかったか。彼もまたうっとうしそうにシャツのボタンを外し、珍しく緩んだ表情を引き締めようと顔を洗っていた。私はそんな彼に中途半端な大きさのフェイスタオルを手渡して「大丈夫?」と覗き込んだのだ。彼は大丈夫だと頷きながら、ほどんど裸のような格好をした私のキャミソールの肩紐に、指を──。
    「あわ」
     一度思い出せば、なぜ忘れていたのかという容量の記憶が脳内になだれ込んで、私の頭はショートした。ぐるぐるとおでこの内側に熱が渦巻き、その熱は頭から顔、顔から体へと広がっていく。何も起こっていないなどと、なぜ根拠もなく思えたのだろう。私が二宮匡貴の行動原理をどれだけ理解できているというのか。それにしても、それにしたって、彼はどこまで覚えているのだろう。
    『二宮くん、昨夜のことなんだけど』
     いてもたってもいられなくなった私はメッセージアプリにそこまでタップして、送信を迷いながら部屋をうろついているうちにスマートフォンを落とした。拾ってみれば文字列はあっけなく送信されており、しかもすでに既読がついていた。私はもう一度落としそうになったそれをしっかりと握りなおし、汗のにじむ指で続きの文章を打っては消す。
    『昨夜がどうした』
     ひっとホラー映画を観ているときのような声が喉から漏れ、私は途中まで打ち込んでいた『お会計はどちらが』という付け焼き刃のはぐらかしを消す。彼は大抵、返事が早いけれど、それにしたってこの速度で返してきたのなら誤魔化しは逆効果だろう。
    『私たちって、何かあったよね?』
     なんだこの質問はと自分に呆れながらも、私は床に座り込んだまま間抜けな言葉を送信する。これに対して二宮くんがどのような返答をするのか皆目見当がつかず、私はしらを切られるパターンと、無視されるパターン、両方を想像して泣きたい気持ちになった。プライドが高く合理主義で貞操観念も堅そうな男が、酔った勢いで友人と寝るなど一生の不覚であるにちがいない。
    『何か? 寝たことを忘れたのか?』
     しかし返ってきたのは思いもよらずどストレートな反応だった。今度は「ほぁ」と声のような息のような感嘆が口から漏れ、すぐさま既読をつけてしまったことを後悔した。彼の心理状態がまったくわからず、私は画面に指を乗せたまま途方にくれた。すべてを覚えていて尚、彼は今朝、あのような態度をとっていたというのだろうか? 酔った勢いで寝た女に、開口一番タオルのサイズの文句を言い、バターどら焼きの確認をして、人口推移とランク戦の話をして帰る男がこの世にいるものだろうか? 情報が処理しきれず思考停止におちいった私は、今できる最善の返答をふきだしに乗せ、飛ばす。
    『明日すこし、話しましょう』
    『わかった』
     やはり彼の返事は早かった。躊躇いや戸惑いといったものを感じさせないテンポである。こうまで落ち着き払っているのは彼の心が鋼鉄だからか、それとも私など歯牙にもかけていないからか、はたまた──。
     最後の選択肢を思い浮かべる前に打ち消して、私は心の防御体勢をとった。いつでも最悪を想定して備えることは有事における基本だ。二宮隊と戦うときにはその必要性が顕著である。私はベッドの上にへたり込みながら、昨夜ここで起きたことを思い返し思わず横に二回転した。床へ落ちたが受け身をとったため問題はない。明日受ける衝撃に備え、私はその後、二度ほど受け身の練習をした。
     
     
    「何の話だ」
     二宮くんは会うなり単刀直入にそう聞いたが、昨日のことを思えばおかしな切り出しである。まるで何の問題も存在しないといった彼の態度に、私はやはり戸惑い、半歩よろめく。作戦室の並ぶ西側のフロアから二つ廊下を曲がった先、人通りの少ない休憩スペースの端で私たちは向き合っていた。話題が話題なだけに、ボーダーの敷地外で話した方が良いのではと提案したにもかかわらず、移動が手間だとこの場所を指定したのは彼だ。
    「何のって、その、昨日は予期せずああいったことがあったから……ちゃんと話した方がいいんじゃないかと」
    「……」
     私がごく順当な意見を口にすると、彼は少し間を空けて考えるそぶりをした。
    「昨日の朝は何も言わなかったのに、突然どうした」
    「あのときは記憶が飛んでいて……でも思い出したからには、なかったことにはできないし」
    「覚えてなかったのか」
    「逆に、覚えてたのに人口の話とかしてたの!?」
     私が一番聞きたかったのはそこだ。一線を超えたのだから話すべき事柄、変わるべき関係があるだろうに、彼は昨日の朝から今に至るまで私の知る二宮匡貴からぶれず、そのことがかえって私を混乱させた。目の前の男と、酒に浮かされた目でまるで普通の男のように私に触れてきた彼とが、乖離を起こし心身にうまく落とし込めない。私はこのまま本部の壁にめり込んで消えたい気持ちを押し殺し、なんとか彼の顔を見上げた。二宮くんの鳶色の目がまっすぐこちらを見下ろしている。
    「昨夜寝た相手とは、何を話すのが一般的なんだ? 事実確認と今後の進退か?」
    「今後の進退って……政治家?」
    「有責ならしかるべき対応をする。そのために呼んだんだろう」
    「有責って……裁判?」
     彼の口にする単語はどうにも男女の事情にそぐわない。けれど悪気はないようである。きっと根っからこのような性格で、彼なりに真摯になろうとしているのだ。
    「あの、真面目に考えてくれるのは嬉しいけど、もう少しフランクにお願いできますか」
     私がそう提案すると、彼はやはり少し思案してからスラックスに入れていた手を出した。そうして先ほどからそわそわとおぼつかない私の体勢を支えるように、二の腕を掴む。
    「わかった。今日も家に行く」
     どうしてこう極端なのだろう。まるで百年前から付き合っているような口調でそう言って、二宮くんはなぜか「それでいいだろう」という顔をした。私はすべてのことが解決した錯覚におちいり、ぼんやりと頷く。
    「それからおまえ、寝ながら太刀川の名前を呼んでたが何かあるのか」
    「太刀川を? ああ……」
     私は一昨晩の夢を思い出し、ぞくりと背筋を震わせる。できれば思い出したくない悪夢だ。
    「模擬戦で負けまくってから、定期的に夢に出てくるの」
     私がそう言うと、彼は眉を寄せて見たことがあるようでないような顔をした。苦虫を噛まずに飲み込んだようなこの表情はいったい何を示すのだろう。
    「このあと暇か」
    「どうして?」
    「模擬戦だ。ハンデは腕一本でいいだろう」
     彼はいつだか同い年のライバルを自分と正反対の男と称していたが、私からすれば共通点も多い。そしてもう一つ気づいたが、彼自身は案外単純なところがあるのかもしれない。加えて意外にも──。
     私は昨日、自室で切り捨てた三つ目の可能性を思い浮かべ、とっさに顔を覆った。本当は廊下を横向きに回転したかったがなんとか堪え、息を吐く。
    「五本勝負が限界だよ」
     恋人になるかもしれない男を相手に、悪夢を見ることは避けたい。
     大股で前を歩く彼の背を見て、私に触れた彼の目を思い出し、その二つのあいだを埋めるのにどれくらいかかるかと考えた。想像もつかないが、受け身の練習は今後もした方がよさそうだ。トリオン体においても、生身においても。
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