乙女の恋心の話「おい、足元気を付けろよ」
「はい、有難うございます、ジル」
今日はリゼル、ジル、そしてイレヴンの三人で迷宮に潜っている。
冒険者ギルドで依頼を受けてやってきた迷宮だが、何気に段差が多く、その段差がなかなかの高さになっている。ジルやイレヴンは身軽に上ったり下りたり出来るが、リゼルには難易度が高い段差になっている時がある。
その時はイレヴンの前でジルの後ろを付いて行っているリゼルを振り返って、ジルが手を差し伸べる。その度に背後からかすかに見えるリゼルの耳の先がほんのり朱に染まっているのを確認して、イレヴンは口元を緩めた。
近頃、どうやらリゼルはジルへの恋心を自覚したらしい。イレヴンに言わせれば「え、やっと!?」なのだけれど、当の本人にすれば予想外だったらしく、珍しく狼狽えたように目を泳がせている姿は常のリゼルらしくなく、随分と可愛らしく見えたものだった。
差し出されたジルの大きな手にリゼルがそっと手を重ねると、ジルはリゼルの手を握って段差を越えさせる。その拍子にバランスを崩したリゼルを事もなげに抱きかかえたジルに、イレヴンは「あちゃー」と顔を覆った。
―― ニィサン、何してンの……。
ほっそりとしたリゼルの躯を抱きかかえた瞬間、ぱっとリゼルの頬に朱が散って、びしりと固まってしまったのだけれど、ジルに気付いた様子はなく、あっさりとリゼルを下ろした。
「大丈夫か?」
「っ、は、はい。大丈夫です。有難うございます」
こくこくと何度も頷きながら、リゼルはパッとジルから距離を取る。リゼルのへにょりと下がった眉と、むぐむぐと何とも言えない笑みを浮かべる口許、何よりほんのりと染まった頬とうっすらと潤む目がどうにも目のやり場に困ってしまう。
依頼自体はあっさりと終わったのだけれど、どうにも遅い初恋にがちがちになっているリゼル一人が疲れ果てて宿に戻る事になったのだ。
「ニィサンも罪作りッスよね」
夕食を終えた後。
別の理由で疲れてしまったリゼルを宿の部屋に残して、ジルとイレヴンは行きつけの静かな酒場でグラスを傾けていた。
しみじみとしたイレヴンの呟きに、ジルは器用に片眉を上げる。
「何がだ?」
「どうせ解ってンでしょ?」
あれ程素直に恋情を見せるのだ。百戦錬磨な目の前の男が気付かないはずがない。
ちろりとイレヴンに半目で睨まれて、ジルは楽し気な笑みを見せながら煙草を咥えて火を点ける。
「今しか見れねぇからな」
ジルを意識して一々反応して一々赤面して一々がちがちになるリゼルなど、今しか見れないのだ。
……どうせ。
「その内我慢出来なくなって、ニィサンががっつり捕まえちまうからッスか」
「正解」
低く笑ったジルに、リゼルもとんでもない相手を好きになってしまったものだと、イレヴンは小さくため息をつく。
「手加減してやってよ」
「あいつ次第だなァ」