美味しそうな香りの話 同じ宿に泊まって、同じ風呂場で同じ石鹸を使っている。
何だかんだ宿のシーツだって同じものを使って洗濯をしてくれているはずなのに、
「……美味そうな香りがすンな」
「ひゃっ!?」
ベッドに腰を下ろしているジルに真っ直ぐに伸びた背を向けて椅子に座り、本を手に持って静かに読書をしているリゼルの後姿。
少々俯き加減の所為か、さらりと流れる髪の隙間から見える無防備な項。日中とは違う緩められた襟がゆるりと細い首からなだらかな肩を覆っている。ページをめくる度にさらさらと揺れる柔らかな髪を飽きずに見ていたジルは、ふと腰を上げると、音もなくリゼルの背後に立つと、そのまま腰を折って無防備な項に鼻を擦り寄せたのだ。
ばさ、と手から本が滑り落ちると同時に、リゼルは弾かれるように背後のジルを振り返ろうとして。
さらりとジルの指先がリゼルの項にかかる髪を払い、露わになったそこにちゅ、と唇を押し当てられて、喉の奥でくぐもった悲鳴を上げた。
「じ、ジル……っ!」
「同じモン使ってるのに、何か喰いたくなるな」
「ばかッ! 君、何言って……、!」
項に唇を押し当てたまま、低く囁かれる声にびくびくと敏感に躯を震わせていたリゼルは、不意にちり……、と項に歯を立てられた衝撃に大きく目を見開いた。噛み付かれた項から一気に指先まで走った痺れに二の腕鳥肌が立って、追いかけるようにカッと体温が上がる。
「ッ、なに、飢えてるんですか」
「俺はいつでもお前に飢えてるぞ」
「馬鹿……!!」
いつもはそんな甘い台詞なんか言わないくせに!
背後のジルは低く笑いながら項に歯を立て、宥めるように舌が舐め上げて、ちゅ、と唇で吸い上げてくる。
いつの間にかリゼルの手は縋るようにテーブルの端を握り締め、襟首から見える肌は熱を帯びてうっすらと赤みが差し始めてた。
同時にふわりとリゼルから香る甘い香りに、ジルはうっそりと目を細めた。同じものを使っているのに、リゼルから感じる匂いはいつだってジルの欲望を刺激する。
「……ホント、お前は美味そうだよな」
「馬鹿ですか!」
それでも、口では文句を言いつつ、リゼルは抵抗をする事なくジルを受け止めて受け入れる。それだけで堪らない優越感と興奮を呼び起こされるのだ。
結局リゼルの存在がジルを刺激するのだと自覚して、ジルは今度こそ真っ赤に色付く項に噛み付いた。