あかいろ ポーン と、適当に触った鍵盤が適当な音を響かせた。長らく触られていないだろうと思っていたけど、きちんと調律はされていたようで、淀みのない透明な音が響いた。指の動くまま意味の無い音を羅列させて、それらしい旋律を奏でる。もう二度と弾けない今夜だけの曲。
「それ、なんて曲」
「知らない」
久々に発せられた少し掠れた声に返事をした俺の声は、まるで突き放すように冷ややかだった。ちらりと横目で見た彼はほんの少し眉をひそめて、またぼんやりと窓の外を眺めた。あーあ、俺の馬鹿。違うのに。優しく、したいのに。
誰もが眠りにつくような時間。使われていない旧校舎の音楽室。とうの昔に学生の称号を剥奪された華やかなスーツを着た男が2人。その中で音を鳴らすピアノだけが正確で、むしろ異質だった。
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