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    SuuZuu_0789

    @SuuZuu_0789

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    SuuZuu_0789

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    どうしてもアツム夢を書きたかった。3/30の朝10時。突如電車に乗っていたら、天からネタが降ってきたのでメモ代わりの冒頭部分です。半端なところで終わりますが、そのうち続きますたぶん。

    #HQプラス
    hqPlus
    #hq夢

    いつか書ききりたい夢小説の冒頭注意
    ・ネームレス
    ・夢主の自我設定強め(まだ冒頭なのでそこまで強くないですが、話が進むにつれて家族設定とか出てきます)
    ・メモ代わりなので推敲してません。悪しからず。
    ・エセ関西弁です
    ・なんでも許せる人向け



    「あかん!!」
     宮侑は筆箱の中身を眺めて絶叫した。
    「消しゴムがない!!」
     筆箱の中身を全部取り出して、空になったそれをひっくり返す。バタバタ振ってみるが小さなカスが落ちてくるだけである。
     机の上にはシャーペン二本、シャー芯のケース一個、全然使わないマーカーとボールペン。やはり、消しゴムの姿はない。
     侑は必死になって消しゴムを探す。そんな必死な侑を、クラスメイトが面白そうに眺めていた。
    「次英単語の小テストやんな」
    「終わったな、侑」
    「ちゅーかなんで今さら消しゴムないん気づくん? もう次四限やぞ」
    「アイツ、一から三限まで爆睡しとったから」
    「自業自得やんな」
     ケラケラと笑い声が聞こえる。侑はカッとなって叫んだ。
    「お前ら!! 他人事みたいに言っとらんではよ消しゴム貸せや!!」
    「実際他人事やん」
    「頼み方が気に食わん」
    「俺らもテスト受けなあかんし」
     正論を三連撃喰らって血反吐を吐きそうになる。
     今回の英語の単語テストは点数が低ければ追加で課題を出される。その課題提出をバックれれば、稲荷崎高校バレー部大将北信介が召喚されてしまう。先生の言うことをまったく聞かない侑が唯一姿勢を低くして従うのが北信介という男。彼に言えば侑はなんとかなるということを先生たちが学習してしまったのだ。
     つまるところ、英単語のテストは絶対に合格しなくてはならない。なのに消しゴムを忘れてしまった。いや、間違えたら二重線で消して新しい答えを書けばいい。答案は汚くなるが、答えが合っていれば先生だって大目に見てくれるだろう。先生だって人だ。北さんではあるまい。
    「……これ、使う?」
     ふと、かすかに聞こえた、女の子の声。一瞬どこから聞こえたのかわからなくて、侑は教室を見渡して、見つけた。
     小さな手のひらの上に乗った消しゴム。まだ全然使われていないのか、少し角が削れただけのそれ。持っているのは、自分の隣の席の女子だった。
     その女子とはほとんど話したことがなかった。新学期が始まって数週間、授業の間のグループワークやペアワークで話したことがある程度。しかも侑は基本寝てばかりでろくにワークに参加しない。
     話しかけられたことすら、記憶になかった。もしかしたら本当にはじめてかもしれない。
    「……ええの?」
     確認すると、彼女はこくりと頷いた。
    「ちょうど新しいの用意してたから」
     彼女は空いている左手で自分用の消しゴムを見せてきた。侑に差し出したのと同じくらい、ほぼ新品だった。なんて用意のいい人間なのだろう。
    「ありがとぉ!! この恩は一生忘れへん!!」
     差し出された消しゴムを受け取り、頭を下げると後ろからガヤが飛んできた。
    「俺お前にノート見せたり、宿題の範囲教えたりしたけど、恩返されたこと一度もないわ」
    「せやから貸さんでええよ、お隣さん」
    「侑甘やかしたら終わりやで」
    「お前らうっさいわ!!」
     振り返って野次馬らを怒鳴りつける。チラリと隣の席の女子に視線を戻すと、彼女は男子に慣れていないのか、急に複数人に声をかけられて困惑しているようだった。
    「ちょっとそこのうっさくて恩着せがましい男子ィ! お隣さんが困っとるやろ! せっかく優しくしてくれてんねやから余計なこと言うなや!」
     侑が叫ぶと、クラスメイトは彼女に「すまんな」とは言いつつも侑をボロクソに言うのはやめなかった。
     やいのやいの言い合っていたらいつの間にかなり終わっていたチャイム。
     教室にはすでに先生がいて、号令を合図に授業が始まる。「今日は小テストから始めんでー」と先生がプリントを配る。
     一番端の一番後ろの席までプリントが行き渡ったことを先生が確認し、「はじめ」と言う。
     プリントを裏返した瞬間、侑は思った。
    (……そういや、そもそもテスト勉強しとらんかったわ)
     ポンコツム。片割れの声で脳内再生されてなお腹立たしい。お前かて、テスト勉強はロッカーから置き勉してる教科書を出す、以上。知ってんねんやぞ。
    (まじわからん)
     英単語から日本語訳を書くものと、日本語訳から英単語を書く問題がそれぞれ十問ずつの計二十問。ありがたいことに英単語を書く問題は最初のスペルが一字だけ書いてある。もしかしたらわかる問題があるかもしれないとひと通り目を通してみる。
    (しぐにふぃきゃんと。知らん)※significant 意味:重要な
    (喜び……dで始まる『喜び』って意味の単語? ハッピーでええやん。あかんハッピーはhや)※delight 意味:喜び、歓喜
     まったく歯が立たなかった。
    (終わった……北さんに怒られる……)
     絶望を感じて侑は遠い目をする。このまま時計の秒針でも眺めていようか。
    (あ、北さんもう卒業しとったわ)
     思い出して、ポンと拳を打つ。新学期が始まってまだ間もないせいか二年生の頃の感覚が抜けきっていないようだ。
    (……ほんならええかあ)
     回答を諦めて机に突っ伏す。テストが簡単すぎて早く終わるのではなく、わからなすぎて爆速で終わるやつだ。暇である。
    (結局、借りたコイツ使わんかった)
     角がほんの少し削れただけの、ほぼ新品の消しゴムを手に取って眺める。あまりにも暇でとうとう手遊びを始めた。ゴムの触感を確かめたり、突いたり。楽しくもない。
     次に、消しゴムのカバーをずらしてみる。
     新品の消しゴムの、カバーを外したところのゴムのあのサラサラとした感覚が好きなのだ。心底暇だからその感触で遊んでいようと思ったのだが。
    ――なにか書いてある。
     プライバシーへの配慮とか、そんなものは一切頭を過らなかった。なんか書いてあるなあ、くらいのコンマ程度の思考の末。

    『好きなことが見つかりますように』

     は、と出かかった声を慌てて飲み込んだ。もしかしたら、息くらいは漏れていたかもしれない。
     止めとはねが弱めの、丸みを帯びた丁寧で小さな字をもう一度よく見る。

    『好きなことが見つかりますように』

     心の中で唱える。何回か繰り返す。間違いない。『好きなことが見つかりますように』と書いてある。
     突っ伏していた身体を少し起こして、消しゴムを貸してくれた彼女を見る。というかガン見。横目で見るとかのレベルではない。顔がしっかりと隣の席に向いている。
     彼女は小テストに真剣に向き合っていて、一定のペースでシャーペンを動かしていた。
    (あ、今こっち見た)
     あまりにも侑が凝視しすぎたからだろうか。彼女はテストに顔を向けたままだったが、一瞬だけ黒目がこちらを向いた。すぐに逸らされてしまったけども。
    「こら! 侑! お前カンニングしとるんちゃうやろな!?」
     先生が怒鳴りながらツカツカとこちらへやってくる。
    「し、してないです!」
    「さっきから隣ガン見しとったやん!」
    「見てましたけど、カンニングじゃないです!」
     慌てて弁明する。ふと、先生の視線が侑の空欄だらけの答案に移る。侑はハッとした。
    「ほ、ほら! カンニングしとったら今頃ちゃんと答え書けてますやん! でも今真っ白やもん! せやからカンニングしてません!」
    「カンニングしてないんはわかったけど、堂々と言うことちゃうからな! 他所見せんとちゃんとやれ!」
    「……はい」
     侑は不貞腐れたように答える。クラスの何人かがくすくすと笑うなか、いつもだったら苛立っていただろうに今回だけは、あの文字に完全に思考を奪われてしまった。




    「これありがとぉ、使わんかったけど」
     四限の英語の授業を終えて昼休みに入ってすぐ、侑は借りた消しゴムを隣の席の女子に差し出した。
     彼女は「どういたしまして」と小さな声で言って、手を伸ばしてくる。その細い指先が消しゴムに触れる瞬間、侑は「あ」と思い出した。
    「自分、好きなもんないん?」
     ピタリと固まる細い指。あれー消しゴムとらへんの? なんて呑気なことを考えながら顔を上げると、彼女は目を丸くして侑を凝視していた。侑と目が合ったおかげか、彼女は息を取り戻したような顔をして、消しゴムを奪い取った。
    「そういうん信じるんやな」
    「……違うよ、そういうのじゃないから」
     蚊の鳴くような声だった。俯いたまま、絞り出すような声。
     彼女は逃げるように椅子にまっすぐ座り直して俯いてしまったし、降ろされた髪が顔を隠してしまって横からでは表情がわからない。
    「おまじないやろ、それ。小学生がよくやるやつ」
    「…………ほんと、そういうのじゃなくて」
    「え、じゃあなんなん?」
     侑は首を傾げた。
     どっからどう見てもあれは消しゴムに願い事を書いて、その消しゴムを使い切ったら願いが叶うという類のおまじないである。誰にも使わせちゃダメとか、落としちゃダメとか、そういうルールがあったりなかったりするやつだ。
     彼女は答えようとこちらに向き直るが、閉口する。なにか言おうと目を泳がせながら必死に言葉を探しているのがわかった。
    「別に言いたくないんなら言わんでええわ」
     侑が言うと、彼女はホッとしたように緊張で縮こまった肩を緩めた。それでも、侑が返した消しゴムをキュッと両手で握ったままだった。
     侑は席を立って、すぐ近くの仲のいい友達の席まで向かう。
    「なあ消しゴム貸して」
    「無理。一個しか持っとらん」
    「別にええよ」
    「いや俺がよくないわ」
    「ええから貸して、午後の授業受けられへん」
    「ろくに受けたことないくせに……あっ、勝手に盗んなや!」
     侑は机の上にあった消しゴムをひょいと手にとって、容赦なく千切った。
    「はあ!? お前一個しかないからって強引に二個にするアホがどこにおんねん!」
    「俺はアホとちゃうからどこにおるんやろなぁ、そんなヤツ」
     友達は当然のようにキレるが、侑はどこ吹く風で「借りるわぁ」と返す。友達も諦めて「返さんでええ、ついでに絶交や」と冷ややかな眼差しを向けてきた。
     千切れた小さな消しゴムの破片を手に自分の机に戻る。すると、隣の席の彼女が少し困惑していた。彼女は千切れてしまった消しゴムを気の毒そうに見つめていた。
    「使うならまだ貸したのに」
    「あー、あれやん」
     どれ? と言うように彼女が首を傾げる。
    「そういうの、他人が使ったらあかんやつやん」
     彼女は瞳を大きくした。そしておもむろに口を開く。
    「……信じてるの?」
    「いや全然。願いごとは自分で叶える派」
     侑があまりにもキッパリ言うからだろうか。彼女は少し面食らった顔をしていた。
    「でも、腹痛いときは神様仏様にお願いするし、縁起がええとか悪いとか、ゲン担ぎとか、そういうんあるやん。それと一緒。俺のせいで叶わなくなった思われたら嫌やもん」
     おまじないとかそういう迷信じみたものは基本信じない。でも、ごく稀に本当なんじゃないかと疑うこともあるし、おみくじは悪いより良いほうがいい。腹が痛いときは神様仏様にすがったり、「俺なんか最近悪いことしたんかなあ」なんて考えたりはする。だが、特段意味はない。都合がいいように超越的な存在を利用しているだけだ。
     だから、本当に今の侑の言動において深い意味などないけれど、なぜか彼女は「ありがとう」とほんのりと眉を下げた。





     侑にとって好きなことと言ったら言うまでもなくバレーボールである。バレーのない人生なんて考えられないし、考えたくもない。
     バレー以外に好きなことと言えばなんだろうか。うまい飯を食べるのも好きだ。友達と話すのも好きだ。
     バレーが一番好き。だからと言って他のことが嫌いなわけではない。好きなものは程度が違えどたくさんある。
     ゆえに、『好きなことが見つかりますように』はあまりにも漠然としていて意味不明だった。好きなことなんて、探せばいくらでもあるだろうに。なぜそんなことをわざわざ願うのだろうか。
    「なあ、ホンマに好きなもんないん?」
     だから、聞いた。
     昨日の昼休みに「言わんでもええわ」とか言っておきながら、また聞いた。どストレートに、無遠慮に、配慮もなく。
     勉強をしていた彼女が顔を上げる。次に、ゆっくりとこちらに首を回す。対峙した彼女の目はうるみ、眉はキュウと八の字になっていて、顔は真っ赤だった。
    「……お願いだから、忘れて」
     彼女が泣きそうな声をしていたって侑は容赦しなかった。
    「なんでなん? ええやん、教えてくれたっても」
    「……だって、恥ずかしいから」
    「別に恥ずかしくないやん」
     侑が事もなげに言うと、彼女はちょっとびっくりしたような顔をする。
    「そう、かな?」
    「そら好きな人の名前とか、そういうん見られたら恥ずいんとちゃう?」
    「……そう、かも?」
    「まあ、小学生みたいなことすんねやとは思っとったけども」
     侑はニィッと口角を上げてみせる。穏やかな色に戻りつつあった彼女の顔が再びボンッと一気に赤くなる。口をわなわな震わせて、シャーペンを机に放り投げた小さな手で小さな顔を覆ってしまった。
    「……っ意地悪!」
     ほんの少し手をずらして、手と前髪の隙間から彼女は恨みがましそうな視線を向けてくる。侑にはなんのダメージもない。片割れのプリンを食べたときのあの恐ろしい目と比べればなにも怖くない。
    「なあ、ホンマに好きなもんないん?」
     まだ聞いてくるのか、と彼女は眉根を寄せた。思ったよりも感情が顔に出やすいのだろうか。
    「…………はぁ」
     降参、根負け、ありとあらゆる諦念を煮詰めたようなため息。彼女は小さな手を膝に戻し、頷く。
    「ない、と思う」
    「ほんなら、それは?」
     侑が指をさしたのは、彼女の机の上にある問題集とノート。世界史だろうか。風刺画のようなものが載っている。
    「めっちゃ勉強しとるやん、いつも」
    「これは好きとはちょっと違うかな。それに受験生だからね。勉強はしなきゃ」
     ふ〜ん、と自分から聞いておきながら侑は適当な相槌を打つ。
    「嫌いではないよ。いい点数を取れば褒めてもらえるし、そういうときは嬉しいって思うから」
    「せやけど好きなもんとちゃうんやろ? なんやめんどいなあ、もうそれが好きでええやん」
    「……うーん、ちょっと違うんだよなぁ」
     自分でも答えがまとまらないのか、なにかわかりやすいたとえでも探してくれているのか、彼女は困ったように眉を下げながら言う。
    「えっと、宮くんにとってのバレーボールみたいなのが欲しいの」
    「俺にとっての、バレーボール?」
     うん、と彼女は頷く。
    「好きだよね? バレーボール」
    「うん」
     侑が食い気味に答えるものだから、彼女は微苦笑する。
    「宮くんにとってバレーってどんなのもの?」
    「んーー? え〜〜〜っあ〜〜〜?」
     侑は唸りながら考える。自分にとってバレーはどういうものなのかを言葉でぽっと表すには難しい。散々唸った末に侑が絞り出したのは「人生」。
    「そういうの、いいなって思うの。私にはないから」
     彼女はそう言ってやるせなさそうに微笑む。なぜ口角を持ち上げているのだろう。全然楽しそうにも、嬉しそうにも見えないのに。
    (ようわからんヤツやな)
     そうは思いながらも、侑は頬杖をつきながら言った。
    「じゃあバレーでええやん」
    「え?」
    「バレー好きになればええやん。ちゅうかバレーのない人生なんて人生のほとんど棒に振ってるのと同じやで。大損や大損」
    「そんな極端な……」
     彼女は侑の極端な発言に呆気にとられてしまっているようだ。その証拠に口が半開きの状態で固まっている。しかし、やがてふっと息をこぼして「いいかもね。宮くんがそこまで言うなら」と笑った。
     たぶん、それが侑がはじめて見た彼女の楽しそうな笑みだった。







     土日が開けて、月曜のとある休みの時間。
     侑は一枚のDVDを隣の席の彼女に差し出した。例の如く勉強中だった彼女は、顔を上げて、不思議そうにDVDを見つめていた。
    「こ」
    「バレーの試合のDVD。俺のイチオシ」
     おそらく「これはなに?」と聞こうとしてくれていたのだろうが、侑がそれよりも先に答える。そして、ずいと差し出す。彼女は「えっと」と困惑しながら侑とDVDを交互に見ていた。
    「申し訳ないけど」
    「見んかったら、あのこと言いふらす」
    「あ……の、……こ、……」
     彼女は心当たりを探すように斜め上に視線を向けて、そして気づく。
    「消しゴ」
    「うん、わかってるから、言わないで、お願い」
     今度は彼女が侑の声を遮った。理解の早い彼女はDVDを大人しく受け取り、机の横にかかった鞄の中にしまった。
    「見たとか嘘ついてもわかるからな、俺それ何百回も見てんねんからな」
     侑は逃すまいとじっとりと彼女を見下ろす。すると彼女はほんの少し不服そうな顔をしながら顎を引いた。
    「でも今日は塾があるし、勉強もしなきゃいけなくて、あんまり時間がないから一週間もらっていいかな?」
    「………………ええよ」
    「あんまりよくなさそうな間だったよ?」
    「おん、せやから明日までに見て」
     本音を言えば、彼女は「え」と声を発した。
     ゴリ押しできる。侑はそう直感した。
     きっと彼女は押しに弱く、人から頼まれたことを断れない性格だ。
     だからこそ、今の彼女は心底困っていることだろう。
     受験生でただでさえ時間がないというのに、今日は塾があるのならばDVDを見る時間など夜更かしでもしない限り作れない。そんなこと侑にでもわかるのだから、嫌なら断ればいいものを、どうしようどうすればいいのかな? と縋るような眼差しを向けてくる。なんだか自分で決めろと言いたくなってきた。
    「あー! ツムが女子いじめてるー!」
    「はあ!? いじめてへんし!!」
    「困っとるやんー、サイッテー」
    「ふざけとらんと要件を言え!」
     聞こえてきた気怠けで棒読みで胡散臭い声に脊髄反射で怒鳴り返す。「あー!」の時点でこの声が誰だかわかってしまうのは、相手が自分の片割れ――治だからだ。
     治は教室の後方の入り口の前で、腕を組んで立っていた。
    「現文の教科書」
    「人にモノ頼む態度ちゃうぞ! 『貸してください。お願いします』くらい言えや!」
    「はあ? アホちゃう? お前に貸した俺の教科書返せって意味やぞ、アホ。はよ返せアホ」
    「アホアホうっさいねん、アホ!」
     待てよ。そういえば現代文の教科書どこにやったっけ。
     そんなことが頭を過って、侑は「もうなんでもええからとりあえず見て」と早口で彼女に言ってロッカーへ向かった。
     そんなこんなで彼女にはDVDの視聴期間にそれなりの猶予を与えてしまったから、どうせ一週間後、つまるところ次の月曜くらいに返されるのだろうと思っていた。
     ところが土日に入る前の金曜に「見たよ」と彼女がDVDを返してきたから驚いた。――というか、疑った。
    「……ホンマに見たん?」
     こく、と彼女の顎が動く。
    「セッター、何番やった?」
    「え?」
    「スパイカー誰でもええから言ってみ」
    「え?」
    「お前ホンマに見たん?」
     こくこく、と彼女は必死に頷いた。
    「……勝ったんはどっち?」
    「ブラジル」
    「ホンマに?」
    「え、違かった?」
     彼女は不安そうに眉を八の字にした。
    「正解」
     侑がそう言った瞬間、八の字眉がふっと緩む。本当に表情が顔に出やすい人間だ。
    「何回見たん?」
    「一回だけど……」
    「はあ? 一回じゃ見たとは言えんやろ」
     侑の低い声に威圧されてびくっと揺れる薄い肩。そして戸惑いの表情。「えっと」と口籠るその声は明らかに動揺していた。
    「たしかに、何回か見るべきだったかも……。ボールが速すぎて全然目で追うのもやっとなくらいだったから、」
    「せやんな!? えぐい速いよなあ!?」
     侑は思わず前のめりになった。そのせいで彼女は身を後ろに引く羽目になった。
    「サーブとか、ちっさい画面で横から見とるからなんとか目で追えるんやけど、あんなん真正面で食らったらあっという間に目の前やんなあ!? しかも絶対に曲がるで。ぐんって。ボール取りにくいんやろうなあ……ホンマかっこええわあ」
     うっとり。そう表現するのが相応しいくらいの声で侑は彼女に貸したDVDの試合について語る。冗談抜きで何百回も見たので脳内で容易く再生できる。
    「クイックもえぐっかったわ〜、シュンッの次にはバァンッや! ホンマかっこええ、あんな綺麗なセットアップ目指してんねん、俺。今はマイナステンポ練習中なんやけど、そこそこ精度上がってきててな? そんで新しくプラスマイナステンポやってみよう思」
     マシンガントークの最中、侑は彼女がわけがわからないという顔をしていたことに気づき、思わず口が止まる。
    「どしたん?」
    「えっと、ちょっと、わからなくて」
    「なにが?」
    「クイックってなに?」
     侑はひっくり返りそうになった。椅子から転げ落ちなかったことが奇跡なくらいだ。
    「クイックを、知らん……やと!?」
    「そう、だけど」
     侑は弾かれたように立ち上がった。
    「常識やぞ!? なんで知らんの!?」
    「バレーやったことないから」
    「一に一足したら二。火は熱い。地球は回っとる。クイックはクイック。こんなん常識やん!!」
    「そんな無茶な」
    「ホンマ世界史ばっかやっとる場合とちゃうぞ! 今から教えてるからこっち来い!」
     侑は勢いよく椅子に腰を降ろして、さっきの授業の配布プリントを裏返してそこにバレーのコートを上から見た図を勢いよく書く。
    「ええか、これがネッ……おい、なにボサっとしてんねん。座ったままやと見えんやろ」
    「は、はい」
     なぜか改まった口調になった彼女は慌てて立ち上がり、侑の近くまで来て、プリントに目を向けた。
    「ええか、これがネット」
    「うん」
    「そんでネットの真ん中近くにボール上げんのがAクイック」
    「うん」
    「その奥に上げんのがBクイック」
    「うん」
    「後ろ向きすぐに上げんのがCクイック」
    「うん」
    「その奥に上げんのがDクイック、以上。ええな?」
    「うん、大丈夫だと思う」
    「クイックならホンマは横からの映像よりも後ろからのがええねんけど……後ろからの映像でええのは……あるわ。今度持ってくるから見て」
    「あのね、さっきからずっと気になってるんだけど」
    「おん、なに?」
     侑はバレーの話をしていて最高に楽しい。だからどんな質問でも答えてあげる気満々であった。
    「マイナステンポとかよくわからないけど、たぶんプラスマイナステンポはただの普通のテンポだと思うよ?」
     数秒の沈黙。
     あまりにも侑が無反応なので、彼女はなにかまずいことを言ってしまったのかとオドオドしはじめた。
    「……ホンマや」
    「誰も言ってくれなかったの?」
    「言われんかった。『アホちゃう?』って」
    「……言われてるんじゃないかな、それ」
    「……せやな」
     思い出すのはプラスマイナステンポを提案したときの同学年部員の顔。治に角名、銀と全員呆れた顔をして相手にしてくれなかった。侑は納得し、思った。アイツら全員しばこ、と。
     突如、プルプルと小刻みに震えた肩に侑の視線が吸い寄せられた。その視線を少し持ち上げてみれば、手で顔を覆った彼女がいるではないか。絶対に笑っている。
    「なに笑ろてんねん」
    「……ん、ふふふ、ふふ、ちょっと、おかしくて」
    「お、おかしないやろ!」
    「そ、うだ……ふふふ、ちょっ……だめかも、ふふ」
     顔を覆っていた手が少しずつ下がってきて、目が見えるようになった。笑って細くなった目には若干の水分が見える。泣くほど面白いものなのかと心の底から疑問に思った。
    「ごめんね、こんな笑っちゃって……宮くん、面白いね」
    「こっちはおもんない」
    「ふふ、ごめんね」
     そんな笑いながら謝られてもなんの誠意も感じない。侑は口を尖らせてそっぽを向いた。だが、「また今後DVD貸してね」と言われたことが嬉しくて、「任しとき」なんて快く返してしまった。
     バレーは面白いのだからしょうがない。きっと彼女もそれに気づいてくれたのだろう。
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