ピアスホール こないだ歳を聞いたら、もう三十五歳だよって言われた。もう? わたしにとって三十五歳はそんなに歳上には思えない。確かに、新卒のわたしからしてみたら、ひとまわり以上も上なわけだけど、そんなことはどうでもいい。だって目高さんは他のひとたちと違って、若々しいのにほどよく歳上のひとって感じで落ち着きがあって、とってもカッコいい。教え方も優しくて、わたしは大好きだった。
時代が変わったからねって言う目高さんの隣、滅多にない打ち上げみたいな飲み会で、一生懸命確保した。昔はもう少しこういうことも行われていたらしい。いいな。こういう場でもないと、仕事以外の話ってそうそうできない。雑談ばかりしているひとたちもいるのに、目高さんはいつも無口だった。話しかければきちんと返してくれるのに、なんというか、物静かなひとだった。
せっかく隣になれたのだからなにか話しかけようとふと隣を見ると、普段は髪の毛で隠れて見えない耳が、見えていた。アフターファイブの様子で掻き上げられた髪の毛から覗くその左耳、目高さんの普段の様子からは考えられないほどのいくつもの穴。びっくりして思わず口に出してしまった。
「えっ、目高さんって、そんなにピアス…、開いてたんですか…?」
「ん~若い頃にね、でも今も休日に刺してる穴はひとつだけだよ」
「あっ…そうなんですね…、でも、休日はピアスとかされるんですねっ…!」
「穴開けてくれたやつのためにね」
「えっ…? 穴、」
「そう、開けてもらったの、その穴だけ今も塞がらないようにしてるだけ」
「……へえ~~、なるほどお」
「好きなやつに開けてもらえるの、いいよ」
「はあ……、」
聞くんじゃなかった。目高さんのこんな嬉しそうな笑顔、今まで一度も見たことない。っていうかこんな風に笑うんだ? 会社で一度も見たことない。そりゃ当たり前か。これはもう、決定的だった。聞かなくたって分かる。その穴を開けたひと、目高さんのとっておき中のとっておきだってこと。
あーあ。告白どころか、目高さんのこと知る前に失恋かあ。でもこんな素敵なかっこいいひと、こんな風に射止めるなんて一体どんな綺麗な女のひとなんだろう。新卒のペーペーのわたしなんかじゃ足元にも及ばないような、美人で、なんでもできて、めちゃくちゃ素敵なひとなんだろうなあ。
「……それって、」
「君の思ってる通りだと思うよ、高校のときからずっと好きなんだ」
「そう、なんですね…」
「でもこんなに穴、開いてることは内緒にしといて」
しーっと指を立てた目高さんはやっぱりかっこよくて、もっとファンになってしまった。しかも高校生の頃からずっと一途に想い続けている相手がいるだなんて、とびきり素敵だと思った。でもそのひと、やっぱほんと羨ましいなあ。こんな目高さん、毎日拝めるなんて。いいなあ。わたしも素敵な恋がしたい。
◇
お昼休み、昨日のことを思い出す。
美味しそうな定食を前にウキウキの気分で、仲の良い同僚に心の内を吐き出した。
「……目高さんさあ、なんかめちゃくちゃ好きなオンナいるっぽい」
「え、そうなの? アンタ狙ってたのに残念だったねウケる」
「だって、ピアス、穴、開けてもらったって」
「は…? なにそれ…?」
「わたしと同じこと思ってんね」
「いや、え?」
「勝てねえ~~そんなん勝てねえ」
「…次いこ、次」
わざわざピアスホール開けてもらうオンナにはそりゃ勝てないっしょ! 豪快に笑い飛ばしてくれる同僚兼友人の笑顔に感謝した。ほんとは結構好きだった。叶わぬ恋だと分かっても、これからも眺めていたいくらいには。
──ピアスホールのその相手が、信じられないほどの美形だってことは、のちのち目高さんの机に飾られることになる写真を見て判明する。写真なんて、とてもじゃないけど飾りそうにない目高さんが、唯一たった一枚だけ、大事そうにパソコンの横、貼り付けているのを見かけてしまった。
二人で寄り添う笑顔の写真。あんまりにも絵になりすぎてて焼き増ししてください! って言いたくなった。女のひとではなかったけれど、たぶんあのひとが目高さんの大切なひと。だって写真の中の目高さん、見たこともないほどのとびきりの笑顔だったから。隣で微笑む超美形のそのひとは、この世の美をぜんぶ詰め込んだみたいな顔して笑ってた。素敵だった。
これからもお二人が幸せでありますように~! 心の中で願う。次はお相手の話、もう少し聞いてみよう。目高さんはきっとなんだかんだ言って、あのひとのことならば嬉しそうに話してくれる。そんな気がした。