「あ、いた」
縁側に腰をかけたまま振り返ると、ほんの数時間前に想いと体が通じ合った相手が眠そうに立っていた。
「起きちゃったの?」
「うん、少し暑くてね」
「分かる。俺も寝苦しくて変な夢見た」
そのせいで起きちゃった、と目を擦りながら悠仁が隣に座る。腰に腕を回してそっと抱き寄せると、悠仁が照れたように凭れかかってきた。
「どんな夢を見たんだい?」
「ひみつ!」
「そう。私は怖い夢を見たよ」
「どんな?」
「秘密」
君を月の使者が迎えに来て、攫ってしまう夢を見たよ。
「夏油先輩?」
どんなに高く飛んでも追いつけなくて、それでも君は笑っていたんだ。怖かったよ。
「月が綺麗だね」
私の顔を覗き込む悠仁から目を逸らして、天高く浮かぶ満月を見上げる。二回瞬いて、悠仁も同じように上を見た。
「……死んでもいいわ、って返すんだっけ?夏目漱石のやつ」
「意外だな。知ってたんだ」
「釘崎がこの前言ってたの聞いた」
「なるほど。あの子はおませだからね」
悠仁の腰に添えていた手をするりと滑らせて、桃色の頭をわしゃりと撫でる。
「でも不正解だよ」
「あれ? 違った?」
「合ってるよ。けど、悠仁は不正解」
生ぬるい夜風が頬を掠めて、吊るされた風鈴がちりんと鳴る。
「月が綺麗でも悠仁は死んじゃ駄目だよ」
耳元でそう囁いたら、愛しのあの子は眉をへの字にして笑った。