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    sirokuma_0703

    @sirokuma_0703

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    sirokuma_0703

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    この後全部ばれて☕️🌟になる(?)アオヤギスプリングロード×🌟です

    「ごめんね、司」

    そう言って、母さんは悲しそうな顔をした。

    「どうして謝るの?オレ、一人でも平気だよ!」

    オレが笑うと、父さんは困ったような顔をした、

    「…ごめんな」
    「だから、平気だって」
    「お兄ちゃん…あたしのせいで、ごめんなさい」
    「咲希…」

    大粒の涙を零す咲希と、がんがんと鳴り響く「ごめんなさい」の大合唱。オレがどれだけ大丈夫だと言っても、鳴りやむことは無かった。怖くて、なんだか気味が悪くて、でもそれ以上に悲しい。目を覚ましたオレは、自分が汗をぐっしょりとかいて、情けなく涙を零していることを知った。涙と汗をぬぐい、身体を起こす。母さんたちに会いたくなって、部屋の外に出た。

    「あれ…?」

    廊下に出て、その景色がいつもと違うことに気付いた。さっき見た悪夢が脳裏によみがえる。視界がぼやけているし、オレはまだ夢の中にいるのだろうか。そんな不安に駆られた時、目の前のドアが開いた。驚いて、思わず肩が跳ねる。オレの前に、大きな影が立ちふさがった。薄暗くて、それがなんだかわからない。怖くなって後ずさると、不意にその影は小さくなった。オレの目にも全身が見えるようになって、ようやく正体がわかった。オレの弟分である、冬弥の父親。有名な音楽家でもあり、冬弥にすこぶる厳しいと評判の、青柳春道さんだった。けれど、どうして春道さんがオレの家にいるのだろう。混乱して、頭の中が真っ白になる。

    「おかあさん」

    結局オレの口から出たのは、そんな弱弱しい一言だった。春道さんは目を丸くする。それはそうだ、だって春道さんは、オレの母さんじゃない。

    「…眠れないのか」

    オレはまたなんと言えばいいのかわからなくなった。さっき見た夢のせいか、身体はとても疲れている。寝ようと思えば、すぐにでも寝られそうだ。だけど何故だか、そうしたいとは思えない。だから春道さんの問いには、頷きを返した。

    「来なさい」

    春道さんが背を向け、明かりのついた部屋に入っていく。眩しさに目を細め、その後に続いた。そこがリビングだと確認できたと同時に、この家が自分の家ではないことを思い出した。ここは青柳家だ。咲希の体調が悪化して、父さんと母さんは病院に泊まることになってしまった。それで、オレだけがここに預けられたのだ。

    「そこで待っていなさい」

    端的にソファを指し示され、オレはそれに従った。春道さんは何も言わず、キッチンへと消えていく。このころにはもう、オレの眠気は吹き飛んでいた。そうして自分の置かれた状況を理解しようと努め、それができずに苦戦していた。怖いと噂の春道さんは、一体何をしているのだろう。まるでわからなくて、心臓がばくばくしていた。しばらくして、ちんっという音が鳴った。電子レンジの音だろう。それからすぐに、両手にマグカップを持った春道さんが戻ってきた。

    「ホットミルクだ。今飲んでもよく眠れる保証は無いが、気休めにはなるだろう」

    片方のカップを渡され、オレは驚いた。まさか春道さんが、こんな優しさを見せてくれるなんて思わなかったのだ。とても恐ろしい人だと思っていたから、その分オレは安心した。心の底が、じわりと暖かくなるのを感じる。

    「ありがとうございます」

    カップに口をつけると、優しい甘みが口いっぱいに広がった。

    「美味しいです」
    「…そうか」

    春道さんは少しだけ口角を上げた。その顔が冬弥と重なって、やっぱり親子なんだなと思った。春道さんはオレの前に腰を下ろし、同じようにホットミルクを啜っている。

    「家族と離れるのは寂しいか」

    同情の響きが籠った問いに、少しだけ身体が強張る。似たようなことを聞いてくる大人は、今までにたくさんいた。頷いたらどんな顔をするかも知っている。だからオレは笑顔を浮かべて首を振った。

    「もう慣れてるから、平気です!それに、今日は冬弥とたくさん遊べて、楽しかったです!」

    妹の咲希は生まれてからずっと病弱で、頻繁に入退院を繰り返していた。両親が付き添いになることも珍しくはない。そんな生活が10年続けば、いやでもそれが日常になる。慣れているのも、冬弥といられて楽しかったのも本当だ。

    「…泣きたいなら泣くと良い」
    「え?」
    「その方が、きっとよく眠れる」
    「…」

    急に喉の奥が痛くなった。どうしてだろうと思っていると、みるみるうちに目頭が熱くなってきた。頬を生ぬるい液体伝い落ちる、ぽたりという音がした。オレは今泣いているのだ。それを認識した瞬間、頭が真っ白になった。オレがこんな風に泣いたと知ったら、母さんたちをまた謝らせてしまう。どうにか涙を止めようと目元にやった手を、やんわりと押さえつけられてしまった。

    「擦ると赤くなる。…今は好きだけ泣きなさい。ご両親には言わない」

    オレは驚いた。考えていたことを見透かされたみたいだと思った。大して話したこともないのに、どうしてオレのことをわかってくれるのだろう。

    「ひっく…ぐすっ…」

    無言のまま、大きな手がオレの頭を撫でてくれた。慣れていないことがよくわかる、不器用でぎこちない手つきだ。それなのに、何かが満たされていく感じがした。オレはずっと、こうして欲しかったんだと思った。春道さんはオレの願いを叶えてくれた。胸の奥がきゅうとする。なんだか春道さんに飛びつきたくなって、必死でその衝動に耐えた。オレが初めての恋を知った、特別な夜だった。


     春道さんを好きになったと気付いたとき、「初恋は実らない」は真実なんだと痛感した。オレの場合は、オレ自身の経験不足というよりも、相手に問題があったのだが。なにせ妻子持ちの既婚者で、オレより一回り以上も年上の男だ。どうしたって叶いようがない。それでも、どうしてもあの夜のときめきを忘れることはできなかった。四年経って中学二年生になった今でも、オレは春道さんに恋をしている。もちろん告白なんてできるはずもない。オレにできるのは精々、冬弥の家に行った時に会えることを期待したり、春道さんのインタビューが載っている音楽雑誌を買って眺めるくらいだった。いつかこの恋を捨てて、他の誰かを好きになるのだろうか。将来のことを思い浮かべてみる。高校、大学…スターになるのは当然のことだが、結婚したりもするのだろうか。

    「結婚…」

    ぼやけた未来像に、くっきりと春道さんの顔が浮かんできた。春道さんはテーブルについて、新聞を広げながらコーヒーを飲んでいる。そのコーヒーはオレが淹れたもので、オレはキッチンで朝食の準備をしている。春道さんが何を食べるのかは想像できなくて、フライパンの中身はもやもやしていた。

    「良い匂いだな」

    声をかけられて、オレは答える。

    「もうすぐできますから、待っててくださいね」

    そう言ったのに、春道さんは立ち上がって、オレの隣に並ぶ。

    「皿くらい出そう。これでよかったか」

    オレでは取るのに苦労しそうな高さにある皿を、春道さんは簡単に棚の中から取り出した。

    「ありがとうございます」

    春道さんの手がオレの頭に伸びてくる、そこまで想像してオレは叫んだ。

    「いや、駄目だろう!!!!」

    ベッドにダイブして、じたばたと暴れる。思いの外ちゃんと想像できてしまった自分が、とてつもなく恥ずかしかった。

    「消えてしまえ…!オレの中から出て行くんだ…!」

    オレの身体に居座る恋心を、どうにか追い出そうとした。悪魔祓いみたいだ。

    「司ー、何騒いでるのー?お母さんもう出るよー!」
    「いっ、今行く!」

    母さんに呼ばれ、オレは慌ててリビングに降りた。母さんはキャリーバッグを持って、もう上着も着こんでいる。出発する準備は万端らしい。

    「じゃあ、行ってくるね」
    「あぁ。咲希に伝えてくれ!今回は行けないが、いつでもお前のことを考えていると!」
    「…うん」

    玄関のドアの前に立って、母さんは困ったように笑った。

    「ごめんね、司」
    「オレはスターになる男だぞ!留守番くらい、なんてことはない!夜には父さんも帰ってくるしな」
    「…うん。いってきます」
    「いってらっしゃい」

    ドアが閉まる。車のエンジンがかかって、走り去る音。家の中が静寂に包まれた。オレも外に行こうと思った。このままここにいたら、気が滅入ってしまう。


     空は灰色に濁っていた。雨が降るだろうとは思ったが、外に出るという決意は変わらない。傘があればいいだろう。じめじめした空気が、オレと身体を余すところなく包み込む。オレは考える。何か用事があるわけではないし、どこへ行けばいいだろう。とりあえず、ショッピングモールに行けばいいか。あそこに行けばなんでもある。気になっていた映画は、もう公開していただろうか。赤ペンのインクがそろそろ切れるから、ついでに買わなければ不便だ。ディナーはどうしよう。家にあるもので、何か作れただろうか。母さんはどうしてオレに謝るのだろう。オレが怒っているように見えるのだろうか。怒ってなんかいないのに。咲希は誰かのせいで病気になったわけじゃない。全部仕方のないことなのだ。

    「…はぁ」

    母さんに謝られると辛くなる。オレがどうにもならないことで怒っている、器の小さいやつだと思われているみたいで。そんな風に疑ってしまう自分に、嫌気がさして。


     見たかった映画はやっていなかった。明日から公開らしい。惜しかったな。仕方なく別の映画を選んで、1000円を払った。結論から言うと、その価値がある内容だとは思えなかった。収入のない中学生にとって、1000円はなかなかに大金だ。それをどぶに捨てたと思えば、とてつもない虚無感が襲ってくる。他のところに遊びに行く気力も根こそぎ奪われてしまった。もう帰ろう。カレーの材料くらいなら家にあるはずだ。とぼとぼ歩きながらショッピングモールを出ると、ざあざあと雨が降っていた。想定していたよりも大雨だ。傘を広げて歩いていると、強風が吹いて傘の骨をへし折った。近くにはコンビニも、雨宿りできそうな場所もない。

    「なんなんだ、もう」

    今日はなんだかついていない。風邪をひくとわかっていても、走ることすらしたくなかった。特に急ぐこともせず、それまでと同じペースで歩き続ける。不意に、後ろから車が走ってくる音が聞こえた。黄色いタクシーがオレの横を通り過ぎ、そのまま停止する。こんなところになんの用だろうと首を傾げていると、その窓が開いた。そこから顔を出した人物を見て、オレは腰を抜かしそうになった。それはオレが焦がれて止まない、春道さんその人だったのだ。

    「ひぇっ…は、春道さん!?どどど、どうして…!?」
    「君の方こそ、なぜこんな雨の中傘もささずに歩いているんだ」
    「あっ…えっと、傘は壊れてしまって…」

    オレは無残な姿になった傘を持ち上げ、春道さんに示す。久々に会ったというのに、恥ずかしいところを見せてしまった。きまり悪くて目を逸らす。

    「ひっくしゅん!」
    「…乗りなさい」
    「えっ」

    聞き間違いだろうか。勢いよく顔を上げる。

    「そのままでは風邪を引く。うちに寄っていくといい」
    「で、でも」
    「早くしなさい」
    「…はい」

    有無を言わさず、オレは車内へと引っ張り込まれてしまった。車が濡れないようにと、春道さんのジャケットの上に座らされる。

    「ありがとう、ございます」

    春道さんは小さく頷いただけだった。雨に濡れて寒いはずなのに、身体はどんどん熱くなる。心臓がどくどくと音をたてていた。


     青柳家には、明かりがついていなかった。まさかと思いつつ、春道さんに尋ねてみる。

    「今日、ご家族は…?」
    「妻と冬弥は、妻の方の実家に行っている。長男は海外にいるが、次男は夜に帰ってくる」

    春道さんの言葉をよく咀嚼して理解する。つまりこういうことだ。今ここには、オレと春道さんの二人しかいない。

    「大丈夫か?顔が赤いが…」
    「大丈夫です!」
    「そ、そうか。体調が悪くなったらすぐに言いなさい。まずはシャワーを浴びるといい」
    「シャワー⁉」
    「なぜいちいち大声を出すんだ…?とにかく、身体を温めたほうがいいだろう」

    ささやかな抵抗など通用せず、今度はバスルームに放り込まれてしまった。少しの間放心するいや、大した話ではないのだ。春道さんは濡れ鼠になったオレを見かねて、親切にしてくれているだけだ。決していやらしい意味などないし、そもそもオレのような子供を相手にするわけがないのだ。

    「だから落ち着いてくれ…!」

    心臓がずっとうるさい。そわそわして、冷静でいられない。とにかくシャワーを浴びよう、もうそうする他ないのだ。

    「ふぇっくしゅん!」

    覚悟を決めると、寒気が襲い掛かってきた。服を脱いで、バスルームの中で絞る。水がたっぷり溢れてきた。しばらくは乾きそうにない。どうしようかと思っていると、ドアの外から声が聞こえてきた。

    「濡れた服は洗濯機に入れておいてくれ。タオルと替えの服はここにおいておく。ゆっくりするといい」
    「は、はひ!」

    声が裏返った。オレは裸で、この一枚ドアを隔てた向こう側に大好きな人がいる。心臓が飛び出るかと思った。じっとして、春道さんがいなくなるのを待つ。影が消えて、オレはようやく動けるようになった。指示通りに外に出て、洗濯機に服を入れる。服とタオルが置いてあるのを横目に、もう一度バスルームに入った。それで、今度こそシャワーを浴びることができた。


    「君はそんなに小柄だったか」

    春道さんが真顔で放った一言が、オレの心を突き刺した。春道さんが持ってきたのは冬弥の服だろう。この家では、冬弥が一番オレの体格に近い。だが、その冬弥の服ですらオレには大きかった。昔のオレ達の記憶しかない春道さんには、それが意外だったのだろう。

    「…冬弥が大きくなったんです」
    「そうか」
    「ですが、オレもすぐに大きくなります!」
    「…そうか」

    春道さんの口角が上がる。笑ってくれた!今の会話には、特に笑いどころは無かったはずだが!それでも、好きな人が笑ってくれるのは嬉しい。オレの頬も緩んでしまう。

    「座りなさい」

    促されるままソファに座る。その光景に、既視感を覚えた。

    「懐かしいな。昔此処で、君とホットミルクを飲んだ」
    「あ…」

    頬がかっと熱くなった。覚えていてくれたのだ。オレが1人きりで大切にしていたはずのそれを。どうしようどうしよう!物凄く幸せだ!

    「す、好きです…」
    「なに?」
    「っ」

    身体が凍りつく。オレは今、何を口走った?春道さんは目を丸くしている。オレの心の声は、完全に漏れていたらしい。

    「あう…」

    頭の中で、いっぺんに沢山の言葉が溢れた。どうしよう。どうやって誤魔化そう。いや、誤魔化してしまっていいのか?いっそのこと告白してすっぱり振ってもらった方が、この不毛な恋にも諦めがつくのでは?とにかく何か言わないと。

    「あの」

    それなのに、言いたいことがまとまらない。指先が冷たくなっていく。不意に春道さんが立ち上がった。追い出されたらどうしよう。

    「そんな顔をするな。私はホットミルクを入れてくる。君はその間に、言葉をまとめるといい」
    「はい…」

    春道さんはいつかのようにキッチンへと消えていく。なんだか大人の余裕を感じてしまった。やっぱりオレみたいな子供の告白なんて、本気にしていないのだろう。悔しいが、どこかほっとしている自分もいた。緊張がほどけていく。もう言ってしまおう。それで、オレの初恋は終わりだ。

    「終わり…」

    なんて寂しい言葉だろう。

    「言いたいことはまとまったか?」
    「っ」

    突然のタイムアップ宣言に、オレの身体は大きく震えた。マグカップが机の上に置かれる、ことりという間の抜けた音。春道さんが座る。静かな瞳がオレを見つめた。終わりにしなきゃいけないとわかっていながら、喜んでしまう自分のことを、どうしようもなく愚かだと思った。

    「好き、です」

    喉が痛くて、上手くしゃべることができない。春道さんの姿が消えていく。勿体ない。こんな機会、二度とないかもしれないのに。

    「ここでホットミルクを飲んだときから、ずっと。オレは春道さんのことが好きです」

    春道さんは黙ったまま、オレの言葉に耳を傾けてくれていた。

    「っ…うぅ…」

    あの夜が、オレの救いになったんだ。ありがとうございましたと伝えたいのに。オレの口から漏れてくるのは、情けない嗚咽だけだ。春道さんのため息が聞こえる。呆れられたんだと思うと、ますます辛くなった。

    「…来なさい」
    「え…?」

    恐る恐る顔を上げる。両手を控えめに広げる春道さんが目に入って、涙がぴたりと止まった。呆然として固まっていると、春道さんが言った。

    「こういうことでは、なかったのか」
    「そういうこと、です」

    信じられない思いで、オレはふらふらと立ち上がった。春道さんの前まで行くと、その腕が少しだけ広げられた。本当に良いのか?許されるのか?頭の中で葛藤していても、身体は正直だった。春道さんの腕に飛び込んで、首筋に顔を埋める。ぎゅっとしがみつくと、大きな体がオレを包み込んでくれた。

    「良い子だ」

    頭を撫でられ、呼吸が止まる。また目頭が熱くなった。

    「ぐすっ…」
    「君は、存外に泣き虫だな」
    「春道さんの前だけです…」
    「そうか」


     雨が止む。もうすぐ父さんが帰ってくる時間だ。オレも帰らないといけない。

    「本当に1人で平気か」
    「はい。オレ、もう中学生ですよ」

    そう言って笑うと、春道さんは目を伏せた。その理由が何となくわかってしまって、でも気付かないふりをした。今のはオレの失言だ。

    「あの、連絡先、聞いても良いですか…」

    思い切ってそう言うと、春道さんはポケットからスマホを取り出した。

    「メッセージアプリとか入れてますか?」
    「マネージャーに入れられたが…私にはよくわからん」
    「な、なるほど…」

    うぅ、最新技術に弱い春道さん可愛い…!一緒に画面を操作しながら、連絡先を交換する。

    「できました!これで、いつでも連絡できます!」
    「…ふむ」

    実感がわかないのだろうか。ぽかんとした顔で、スマホの画面を見つめている。試しにスタンプを送ると、春道さんは目を丸くした。

    「春道さんも、何か送ってください」
    「何か…」

    困った様子で画面と向き合い、ゆっくりと文字を打ち込んでいく。手の中のスマホが震えて、メッセージが届いたことを知らせてくれた。わくわくしながら画面を見る。

    『こんにちは』

    絵文字も何もない、実に簡素な五文字。なんの意味もないスタンプと『こんにちは』が、オレたちの初めてのやり取りなのだ。

    「ふふふっ」
    「…嬉しそうだな」
    「好きな人と自由にやり取りできるようになったんですよ。嬉しくて当たり前です!」

    そう力説した後で、慌てて付け加える。

    「もちろん、迷惑にはならないように気を付けます…!」
    「いい。好きな時に送ってきなさい」

    濡れた服は、また今度来るときまで預かっていてもらうことになった。青柳家を出て、帰り道を歩く。信号待ちの間に、スマホのアプリを開いた。間違いなく、『青柳春道』の名前が追加されている。あれは夢じゃなかったんだ。口角が上がりすぎて、ほっぺたが痛くなる。不意に大声で叫びたくなった。さすがにそれは駄目だとわかっていて、でも喜びを抑えることはできなくて。

    「やった!」

    拳を握って小さく叫んだ。それからオレは、家まで走って帰った。
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