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    海猫🌊

    @UMI33_73

    さねぎゆのSSや小説を書きます✍︎(^ω^)カキカキ
    どんなCPも読むのは好きです😍

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    海猫🌊

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    さねぎゆ(社会人🍃×DD🌊現パロです)
    タイトルのシャノワールはフランス語で黒猫を意味します。🍃が愛した黒猫とは…

    #さねぎゆ

    シャノワールに口づけを①~⑱運命の糸はどこにつながっているか、誰にも分からない。後になって気付くことも決して少なくないだろう。ただ、強く思うほど導かれるように、運命の糸は不思議とつながっていくのだ。

    不死川はITの会社を経営している、26歳の若き社長。本業のほかにも趣味で酒とダンスが楽しめるナイトクラブと、バーテンダー1人を置くこじんまりとしたバーの2軒を都内で営業していたが、不死川がオーナーであることはトップシークレットだった。

    趣味の延長線上で、自分の息抜きのためだけに始めた事業だったが、不死川は普段忙しくてなかなか店に行くことが叶わない。

    自分の代わりにこれら2軒の店を見てくれている副社長からある日「最近すごく綺麗な子が店に来ている。ダンスも飛び抜けて上手だから、彼目当てに来てる客も相当数いる」という話を聞かされた。
    (お忍びで芸能人も来るような店で、彼らより目立つ一般人か…どんなヤツだァ)

    その時は気になったものの、ビジネスに関わりのない人間にほとんど興味がない不死川は、その渦中の人物のこともいつの間にか忘れていた。

    けれど運命の糸に手繰り寄せられるように、ある夜、二人は出会うべくして出会う。

    近くで本業の打ち合わせを終えた不死川は、スマホに入っていた、いくつかのメッセージに目を通す。
    そのうちの一つに『いいお酒入ったのでお店まで来れませんか』という副社長からのメッセージがあった。腕時計を見ると22時を少しすぎたところだ。
    (まだ明日の仕事に差し支える時間でもないな)
    商談が上手くいったことを乾杯するつもりで『今から行く』とメッセージを返し、彼の待つナイトクラブに足を向けた。

    店は今夜も大盛況だった。
    耳をつんざくようなアップテンポな曲の大音量に、不死川は眉をしかめた。
    店長が彼を見つけて小走りでやって来て頭を下げる。
    「いらっしゃいませ、副社長とお約束ですか?」
    「おう」
    「奥でお待ちかねです。どうぞ」
    「一人で行くから案内はいいぜ。あと、もう少し音量落としてもいいんじゃねぇか?これじゃ隣にいるやつとも会話が成り立たねェぜ」
    「分かりました」
    店長はもう一度、不死川に向かって深々と頭を下げた。

    彼はそのまま目立たぬように、奥にあるVIPルームへと歩き始めた。
    歩きながら広いフロアに視線を移す。踊る群衆の激しい動きに合わせ、天井近くまで浮かんだ微塵物にシャンデリアの光が反射し、まるでコバルトブルーやパープルの雲母が漂っているかのように煌めいて見えた。

    突然フロアがざわめき始めたので、不死川もそこで足を止めた。

    今の今まで縦横無尽に好きなように踊っていた客たちが円を作り、遠巻きにして見守る輪の中心に、一人の人物が踊っているのが見える。

    長い黒髪が激しく揺れながら顔を覆っていて、こちらからは表情までは見えない。
    スリムな体形は、男性のようでも、背の高い女性のようにも見えた。
    (ブレイクダンスでもない、ヒップホップでもねェ…オリジナルかァ?)

    音楽に合わせて長い手足が、早いリズムを刻みながら、とても切れの良い動きを見せている。膝立ちの姿勢から腹筋の力だけで立ち上がった時は、女性客から悲鳴のような歓声が上がった。

    (男か──。だろうな)

    それにしても上手い。速い曲に全く遅れることなく合わせているが、無駄な動きが微塵も見られない。
    男の洗練された全身の律動が、見つめる不死川の血を、細かいアワのように沸きたたせた。

    曲のフィニッシュに合わせて、うつむいていた頭が天井のミラーボールを仰ぐようにして後ろに倒れると、黒い髪が蝶の羽のように背中に広がり、鼻筋の通った仄白い顔が現れた。
    芸能人と言われても何ら不思議では無い、至極整った顔に、目を見張ったのは不死川だけでは無かった。
    集まっていた客たちが皆、床をふみならしたり、鳴り止まない拍手で彼のダンスのすばらしさを讃え、完璧なまでの容姿に口笛を吹きたてた。

    「ステキ!あの人プ口のダンサーかな」
    「じゃない?だって見せるところ心得てるもん」
    「ここによく来る人なの?」
    「え?!最近来るようになったの?いつもいるわけじゃないんだ?会いたかったら毎日来るしかないのね」
    「なら来るっきゃないよね!」

    不死川は目の前にいる興奮冷めやらぬ女子達の会話を聞くともなく聞いていて、副社長が言っていた『最近店に来るようになった、ダンスが飛び抜けて上手い綺麗な子』の話を思い出した。

    (アイツがそうか)

    フ口アに視線を戻すと、その『綺麗な子』がじっと自分を見ていた。不死川も視線をそらさなかった。
    2人の視線は絡みあい、離れがたくもあったが、次の曲が始まると、男は再び踊りの輪の中に吸い込まれるように消えていった。

    不死川もVIPルームに入って重厚な木の扉を閉めた。
    「お待ちしてましたよオーナー」
    2m近い身長の美丈夫が嫣然(えんぜん)と笑って迎えてくれる。
    「前にお前が言ってたヤツに今そこで会ったぜ」
    「あ、冨岡君来てたんだ?」
    「名前まで知ってんのかよ」
    「彼、まぁまぁ有名だからね。少なくともこの店では」
    「ふーん」
    「興味持った?」
    「んでだよ」
    「彼目当ての客が多いって言ったろ?あの子ある意味、この店のドル箱だぜ。儲かりそうな話も人間も、お前なら逃がさねぇだろ?」
    「人を金の亡者みてぇに言うんじゃねェわ。この店は潰れない程度に俺を楽しませてくれればいいんだから、客に優劣なんて付けねぇよ」
    「あ、そう。真面目だねぇ。知り合いの芸能プ口にでも紹介して、それからもこの店にも来てもらえば一石二鳥かと思ったのによ」
    「んなことするんじゃねェゾ」

    俺もビジネスには鼻が利く方だが、この宇髄は俺の比じゃねェ。ありとあらゆる方法を使ってビジネスチャンスを広げていく天賦の才を持っている。
    その気になれば自分で芸能プロダクションの一つぐらい立ち上げそうだが、今は不死川の右腕になって献身的に働いてくれている。そして不死川も宇髄に全幅の信頼を置いている。

    「これ、言ってた酒」
    「マッカランの限定品かァ。よく手に入ったな」
    「俺様を誰だと思ってんのよ。これは俺からのお祝いね。長い間かかってた案件うまくいったんだろ?」
    「ああ」
    「派手に褒めてやるよ、俺の会社のためによく頑張った」
    「バァカ、俺の会社でもあるだろがァ」

    重くもなく軽くもない適度な賞賛が心地いい。そして酒もすこぶる美味い。

    案件についての詳細を語り合い、ロックのグラスを三杯空け、身体がほんのりと温まってきた不死川は
    「テメェ、たまには会社に顔出せよ。副社長だろがァ」
    と笑って手を振る宇髄に釘を刺し、VIPルームを後にした。

    まっすぐ出口に向かっていた不死川だったが、例の『冨岡君』がフロアの奥で、男の客に執拗に絡まれているのを見つけて帰れなくなった。
    無表情ではあるが、美しい眉間に深いしわが刻まれている。
    「俺と遊ぼうよ。お金はいっぱいあるんだ。別の店で飲みなおそうよ」
    「いやだ」
    「つれないなぁ、どうせ一人で来たんでしょ?」
    「俺は踊りに来ている」
    「またまたぁ、男誘いに来たんじゃないの?」

    そう言いながら『冨岡君』の手首を掴んだ男の手を、不死川は捻り上げた。

    「ここでそんなことされたら困るんですよ、お客さん」

    大柄で筋肉質な体躯。黒っぽいスーツを身に纏い、顔に大きな傷が走る不死川はどこから見ても店の用心棒だった。

    「ち、違う!この子が色っぽい目で誘うから・・・」
    「そういうのはハッテンバでやってくれねェか。ここでこれ以上ごねるならどうなるか──」
    「いえ!あの!すみませんでした」

    獲物を残して、男は転がるように店を出て行った。


    その姿を見送りながら、『冨岡君』は不死川を睨んだ。
    「あんな奴、自分でなんとかできた」
    「なんとも出来なかったじゃねェか」
    「そんなことない!俺は」
    「自分の尻拭いも出来ねェガキが、ウルセェよ!テメェももう帰れ」

    不死川は冨岡を店の外に連れ出した。
    タクシーを止めて冨岡を押し込み、自らも乗り込んだ。

    「家はどこだ?」
    「え・・・」
    「送ってやるから言えよ、もう終電ねェだろが」
    「帰りたくない」
    「あ?」
    「俺、朝まで踊り明かそうと思って来たんです。家に帰りたくなくて」
    「ほんまもんのガキかよ。いい加減にしろよ」
    「それなら貴方の家に泊めて下さい」
    「なんで俺が見ず知らずのお前をウチに泊めなきゃならねェんだ」
    「ホテルに泊まるお金無いんです。学生だから」

    不死川は余計な口出しをしたことに、心の底から後悔した。
    深い海の色のような瞳が、すがるように不死川を見つめた。

    ◇◇

    不死川は苦虫をかみつぶした顔でマンションのカギを開けた。

    「入れよ」

    明かりをつけると冨岡は不思議そうに周りを見回している。

    「ひとりなんですか?」
    「ったりめぇだろ、じゃなきゃ家になんか入れるかよ」
    「・・・」
    「お前さ、こんな簡単に、知らねェ奴にノコノコついてくんじゃねェよ」
    「でも」
    「でもじゃねェ。オカシな奴は世の中に一杯いんだぞ。テメェさっき絡まれてたばっかだろが」
    「・・・よかった」
    「はぁ?なにがだ」
    「そんな事言ってくれる人は『まとも』だ」
    「チッ」

    説教なんて柄じゃないが、こいつの無防備ぶりには呆れた。
    (痛い目みねぇとわかんねェのか)
    一瞬その『痛い目』をみせてやろうかとも思ったが、(やっていいことと悪いことの境界線が曖昧になるなんて、俺も疲れてんな)と首を振った。

    「もう遅いからそこのソファで寝ろ、毛布しかねぇぞ」
    トイレと洗面所の場所を教えて寝室に引っ込もうすると
    「ありがとう…あの…名前聞いてもいいですか」
    「え、ああ、不死川だ」
    「しなずがわさん…俺は冨岡っていいます」
    「冨岡君ね(知ってっけどな)。朝になったらすぐ帰れよ」
    「はい。おやすみなさい」
    「おやすみ」

    誰かにおやすみなんて声を掛けて眠るなんていつぶりだろう。
    今夜はいろいろありすぎた。興奮してるのかなかなか寝付けない。無理にでも眠らないと明日の仕事に差し支えると思うが、身体の奥でじっとしていない何かが内部から邪魔をする。
    下着の中に手を忍ばせて、冨岡の顔を思い浮かばながら自慰をした。「人のこと言えねェな」そう思いながら手を止めることは出来なかった。射精が済むと不死川はいつの間にか眠りの中に落ちて行った。

    朝になって、リビングに顔をだすと冨岡はいなかった。
    綺麗に畳まれた毛布の上には『ありがとうございました』と書かれた手帳の切れ端が置かれていた。

    「猫かよ」

     置き手紙を手に取って眺めながら、突然現れて心の中に入り込み、するりと消えて目の前からいなくなった男のことを考えた。
    (まぁもう会うこともねェだろ。あんな思いしたんだ、店にも来ねぇよな、普通なら)

     シャワーを浴び、スーツに着替え、会社に着くころには不死川の頭の中は今日の仕事のことで一杯になっていた。社長としてやらなければならないことが山積みで、時間はいくらあっても足りなかった。
    いつもリモートで会議に参加していた宇髄が久しぶりに社に顔を出した。
    やはりこの男がいると社内の雰囲気が引き締まる。いい意味で、皆彼に畏敬の念を抱いている。
    不死川も宇髄から飛び出す突拍子もないようで緻密に練られた、彼が言うところの『譜面』に刺激を受けて、行き詰まっていた案件が二つも片付いた。

    社員が全員退社して二人きりになって、やっと不死川は張りつめていた心の糸を解いた。

    「お前さぁ、頑張りすぎじゃねえの?顔が怖いもん」
    「うるせぇわ。俺はもともとこんな顔だァ」
    「ま、俺様がいれば何事も心配いらねぇよ」
    二人でこれまでいくつも修羅場を乗り越えてきた。確かな経験で裏打ちされた自信が自分たちにはある。

    「今日も一杯やってくか?クラブじゃなくてバーの方でさ」
    「いや、今日は帰るわ。たまには家でゆっくりしてェし」
    「健康優良児か。まぁいいや、ところで冨岡君どうしたんだよ、お前『お持ち帰り』しただろ?」

    突然冨岡の名前を出され、記憶が昨日の夜に引き戻される。

    「変な言い方すんじゃねェ。終電が無くなって泊めてやっただけだ」
    「へぇ、お前んちに?いたいけな子猫ちゃんを?」
    「言っておくが何もねェからな。もういいだろが。帰んぞォ」
    まだ何か言いたげな宇髄を残し、不死川はオフィスの入ったビルを後にした。

     マンションに着いて、エントランスにいる冨岡に驚かなかったと言えば嘘になる。

    「ここで何してやがんだ。ストーカーか、テメェ」
    「俺を使ってもらえませんか?」
    「は?」
    「不死川さんのお店なんですよね、あのクラブ。俺働きたくて…家帰りたくなかったのは俺の学費で姉と揉めて…というか、姉にこれ以上迷惑かけたくないんです」

    「なら店に電話しろ。あそこには別に店長がいる」
    「でも、俺すぐにでも働きたくて」
    「テメェ世の中の舐めてんのか?つか、俺を舐めてんのかァ?」
    「俺、これまでアルバイトもしたことなくて、でも貴方の店で働きたいって思って。俺、ダンスが好きだから──」

    「さっきから聞いてりゃあ、テメエの都合ばっかだよなァ?それで?俺に何の得があるんだよ」
    「得?」
    「テメェは自分を俺に売り込みにきたんだろがァ?これはビジネスだ。お前の価値を説明しろつってんだよ」

    理詰めで追い返そうとした。

    が、ふいに冨岡の両腕が不死川の首に回った。止める間もなく押し付けられた柔らかい唇に、不死川の胸に憤りに似た感情が込み上げてきた。

    「ガキが大人を舐めてんじゃねぇぞ。──来い」

    冨岡の手首を掴んで、半ば引きずるようにして部屋まで連れてきて、寝室のベッドに転がした。馬乗りになり、さっきから抑えつけていた怒りを吐き出した。

    「いつもこんなことしてんのかァ?痛い目見ねェとわかんねぇなら、俺が見せてやるぜ」

     (俺はどうしちまったんだ。純粋だと思っていた美しい生き物がそうじゃないと知って、勝手に失望して、勝手に腹を立てて、コイツの『過去』を塗りつぶそうとしている)
    ナイトテーブルの引き出しからローションを取り出し、警鐘のつもりでヘッドボードの上にわざと音を立てて置いた。
    (昨日『優しい大人』と思っていた男に豹変されて、さぞかし冨岡も怯えてんだろ)

    怖がらせて終わるつもりだった。
    当然抵抗すると思っていたから。

    ところが冨岡はじっとしたまま動かない。それどころか、怯えの欠けらも無いまっすぐな目を不死川に向けてきた。

    「不死川さんは俺をどうしたいですか?」
    「なに?」
    「俺を恋人にしてくれますか」
    「───」
    「俺、ずっと不死川さんのこと好きでした」
    「テメェ、取ってつけた嘘つくんじゃねぇ」
    「嘘じゃない。貴方をあの店で見かけてからずっと気になっていた。でも貴方はたまに店に来ても、踊るどころか別の部屋に入ってしまって出てこない。友だちに聞いたら、貴方が多分店のオーナーだって教えてくれた。人に対してこんな気持ちになったのは初めてなんです。俺は貴方が好・・・」
    「俺の何を知ってるって?」
    「あの・・・」
    告白を遮られて、冨岡の動揺が手に取るようにわかる。
    「なぁ、お前はいったい俺の何に惚れたって言ってるんだ?俺の事なんか何も知らねぇだろうが!」

    思い知らせてやろうと思った。
    お前は狙われやすい男なんだと。
    その美しすぎる顔も、涼やかな声も、滑らかに動くその四肢も。
    男だからといってお前より力のある男に狙われない保証なんてどこにもないのだと。
    お前が簡単に『好き』を口に出来るように、有無を言わさず、性の捌(は)け口に出来る男が世の中には五万といることを。

    「男とシたことあんのか?正直に言えよ?」
    「無い・・・です」
    「お前、俺がどうしたいって聞いたよな。俺はお前のケツに突っ込んでイクだけだ。恋人も要らねぇしな」
    吐き捨てるように言った。
    (諦めろ。幻滅して帰ると言え)
    心の中で念じながら最後通告を口にした。

    「今なら逃がしてやってもいいぜ」
    ──それなのに───
    「恋人じゃなくてもいい。俺は貴方に愛されたい」
    (コイツ)
    なぜ昨日会ったばかりのガキに、俺がこれほどまで心揺さぶられなければならないのか。

    だが、これ以上もない純粋な気持ちを真正面からぶつけられ、この男を手に入れたいのは誰でもない『自分自身』なのだと気付かされる。
    このまま恋人という名の檻の中に閉じ込めてしまおうか。
    駄目だと止める理性が簡単に遠のいていく。

    冨岡のスウェットのスボンに手をかけ、下着ごと一気に引き下ろした。
    「アッ・・・」
    ゆるく立ち上がっていた自分自身が恥ずかしいのか、冨岡は横を向いた。
    柔らかな耳たぶを唇で食んでから
    「どうなっても知らねぇからなァ」
    目の前の形のいい耳に吹き込んだ。
    冨岡の青い目が見開かれ、白い頬が耳まで赤く染まる。
    「自分で・・・準備してきました。でも初めてだからどこまでしていいかわからなくて・・・。全然足りないかもしれない・・・けど」
    「うつぶせになれよ」

    宇髄が言うところの『いたいけな子猫』にそこまでさせたのは悪いと思う。本当は優しく抱いて、自分から離れられなくしてやりたかった。
    だがそうすることは、未来に続く真っ当な道を、コイツに踏み外させることになる。

    (何も知らないガキが、俺なんかに溺れんのは違ェだろ)

    酷い目にあわされたと印象付けるために、不死川は下だけ脱ぎ、素直に従ってうつ伏せた冨岡の脚の間に割って入った。

    (ここにセックスシーン入ります。同じポイの中にありますが、フォロ限です。読まなくても続きに支障はないですが、読んでいただける方はお手数ですが、こちら↓の部屋まで一旦ご移動願います。)
    #poipiku https://poipiku.com/2313736/10025723.html


    (さて・・・っと、これからどうするよ・・・)

    汗ばんだシャツを脱ぎ、見事な胸筋をさらして、不死川は座ったままヘッドボードに背中を預けた。
    射精の後の気だるさが、全身を薄い膜のように包んでいて心地よい。
    タバコに火をつけて、隣に眠る人形のような冨岡の顔を見下ろす。
    こいつに危機感を与えるつもりが、久しぶりにしたセックスの快感に、危うく自分が溺れそうになってしまった。

     (なぁ、俺の方こそテメェに夢中になりそうで怖ェよ)

     長いまつ毛が蝶の羽のようにゆっくりと瞬(またた)いて、青い瞳が覗く。

    「朝まで寝とけよ」
    「はい…」

    掛け布団にくるまり、背中を丸くする冨岡は、まんま猫のようで可愛い。

    「不死川さん───」
    「なんだ」
    「俺、やっぱり不死川さんの恋人にはなれませんか?」
    「しつけぇな」
    「どうして?──俺が学生だからですか」
    「俺はガキに興味はねェし、恋愛ごっこに潰す時間もねェからだ」
    「大人なんですね」
    「フン」

     会話が途切れて、不死川はフゥーっと紫煙を吐きだした。

    「カッコイイな」
    「あ?」
    「タバコ吸う姿も、スーツ姿も、身体じゅうの傷も、全部カッコイイ」
    「そりゃどうもォ」
    「全部好き」
    「───」
    「もうこんなふうに会ってもらえないなら…」

    目の前のシャノワール(黒猫)が身体を起こして上のパーカーを脱ぎ捨てた。
    「お願いです。もう一度抱いてくれませんか」
    冨岡の雪のように白い身体から誘うように甘い香りが漂う。

    「出ていけ」と追い出すこともできたはずなのに、不死川はそれをしなかった。
     タバコの火を消して、不死川は冨岡と見つめ合う。

    「お前、俺の話聞いてたか?」
    「恋人になってとは、もう言いません。ただ、抱いてほしいんです」

    身体の奥底に燻っていたものが、自分ではどうすることもできないくらい、燃え上がるのを感じた。

    冨岡をシーツに横たえ、不死川はふたたび冨岡を抱いた。今日が最初で最後なのだと自分に言い聞かせながら。

     ◇◇◇

    それからも冨岡は時折クラブに顔を出した。ごくまれに不死川が冨岡を見かけることがあっても、二人が言葉を交わすことはなかった。相変わらず冨岡の人気は絶大で、彼のダンスを見たい客は日増しに増えていると宇髄から聞かされても
    「へぇ」
    と不死川の反応は薄かった。

    「ところでさ、人気の冨岡君に彼氏ができたみたいね」
    「───」
    「宍(しし)色の髪の、これまたハンサムボーイでさ。今日も一緒に来てるみたいだけど?」
    「なんでわざわざ俺にそんなこと報告する必要があるんだァ?」
    「お前には聞かせといたほうがいいと思っただけだよ。ところで不死川、お前今すっげぇ怖い顔してるよ?」
    「いつもと一緒だろがァ。今日はもう帰るわ」

    冷静を装いVIPルームのドアを閉め、フロアから見える出口に向かった不死川だったが、そんな時に限ってフロアの真正面で冨岡たちと鉢合わせる結果になった。

    一緒にいた宍色の髪の少年が挑むように不死川を睨んでくる。

    「不死川さん」
    憮然とした表情の隣の男に反して、冨岡は露を含んで咲き崩れようとする、花のような笑顔を見せた。
    はかないほどに美しい。『あなたが好き』と今でも顔に書いてある。

    (そんなふうに思わせるくせに、わざわざ男を同伴して俺に見せつけに来るんだな)

    胸に何かを突き立てられたようなたまらない感覚。だがそれを冨岡にぶつけるわけにはいかない。なぜならこいつを遠ざけたのは他の誰でもない、自分なのだから。

     「よお、久しぶりィ。来てたのか」

    適度な距離感であいさつをしたつもりでも、これは明らかに一緒にいる奴に対するけん制。

    「はい。…あ、今日は大学の友達と」
    「鱗滝です。初めまして」
    派手な宍色の髪。意志の強い射抜くような眼差しが不死川に向けられたかと思うと、おそらく男の中に憤りとなって溜まっていたものが、言葉となって吐き出された。

    「貴方ですか、義勇を苦しめているのは」
    「は?誰が誰を苦しめてるって?」
    「なにを言っているんだ、錆兎?」
    「お前は黙ってろ。俺はこの人と話してる」
    「苦しめた覚えはねェがな」
    「割り切っているのは貴方だけなんじゃないですか?こいつはそんなに強くない。義勇の心だけ奪っておいて、あとは知らん顔ですか」
    「錆兎!待って、不死川さんはそんな人じゃない!」
    「義勇は朝帰りしてきたあの日からずっとおかしい。ハイになったり落ち込んだり、かと思えば心ここに有らずで、ずっと遠くを見ている。貴方がこいつの身も心も、滅茶苦茶にしたせいなんじゃないですか?」

     冨岡のことを何もかもわかっているような口ぶりに、勃然として焼くような嫉妬が胸の中に押し寄せてきた。

    「なぁ、だからってそれが、お前になんの関係があるんだよ」
    「あーちょっと待った待った」

    頭の上からよく通る声が降ってくる。
    ふいに不死川の後ろから銀髪で大柄の男が現れた。

    「そこのカワイ子ちゃんとイケメン君、ここは踊りを楽しむところよ?ケンカする場所じゃない。不死川、お前も自分の店でなにやってんだ?冷静になれよ。子ども相手にムキになるな」
    「子どもじゃありません。俺たちまだ学生ですが、ちゃんと成人しています」
    「じゃあ、大人のキミにお願いしてもいいかな。この凶暴なツラの男と冨岡君にほんの少しだけ話し合う時間をくれないか?こいつらどうも派手に思い違いしてるみたいだからよ」
    「宇髄、テメェも関係ねぇだろがァ!」
    「いいから、行けよ。ごめんな、イケメン君には好きなもの奢(おご)るから、悪いがそれ飲み終わるまで、こいつらのこと待っててやってくれねぇかな」
    「いいですよ、一杯だけなら」
    「十分だよ、なぁ?不死川」

    ウインクを残し、宇髄たちはカウンター席へと消えた。
    不死川は険しい表情のまま、今出てきたViPルームへと踵を返した。
    黙ってついてきた冨岡を、閉めた木製のドアの内側に押し付ける。

    「テメェどういうつもりだ?!男つれてきて俺を煽ってんのかァ?」
    「そんなんじゃない。錆兎は本気で俺のことが心配で付いてきてくれただけです」
    「おめでたい奴だな、あいつがお前を自分のモノにしたがってるのが分かんねぇのか?」
    「錆兎は…幼馴染で親友です。それ以上でもそれ以下でもない。俺が…俺が好きなのは、不死川さんだけです。あんなにハッキリ言われても諦めきれない。あなたのことがどんどん好きになって、ずっと逢いたくて…。俺…すみません、ここに来たら、いつかもう一度話せるんじゃないかって…あっ…」

    冨岡の頬を一筋の涙が伝う。
    その瞬間、張り詰めていた糸がプツリと音を立てて切れるのを不死川は感じた。

    「ごめんなさい。泣いて困らせるつもりとかじゃないんです」
    「わかってるよ。謝んじゃねェ」

    不死川は親指の腹で冨岡の涙を拭った。
    (俺もお前と同じ気持ちだから、泣きたくなるの分かんだよ)

    青い目の奥を見つめながら、柔らかな唇を奪う。
    触れ合い、絡まり合う舌が、ゆっくりと二人の体温を馴染ませていった。

    唇を離した途端、膝から崩れそうになる冨岡を、不死川は背中に回した腕一本で支えた。
    耳元で「冨岡」と名前を呼び、至近距離でもう一度見つめ合う。

    「大丈夫か?」
    「すみません。不死川さんのキスが気持ちよすぎて、俺…」

    歯の浮くようなセリフも、コイツが言うと純粋な告白になる。
    このままだと俺は冨岡を自分の籠の中に閉じ込め、骨抜きにして、この先ひとりでは飛び立てなくしちまうんじゃないか。本気でそう思ったし、それだけは避けなければならなかった。
    『あなたが義勇の身も心も滅茶苦茶にした』
    さっきコイツのツレに言われた言葉が、頭の中を駆けめぐる。身体を離して不死川は冨岡と距離を取った。

    「そんなセリフは、いつかできるお前の本当の恋人のために取っとくんだな」
    「不死川さん?」
    「期限付きなら、お前の『恋人ごっこ』に付き合ってやってもいいぜ?そうだな…お前が大学を出るまででどうだ?」
    「どうして、そんな」
    「嫌ならこれまでだ」

    とっさに思いついたことではあるが、不死川は心底自分のズルさに辟易とした。選択肢を与えているようで、冨岡が選べるのは一つきりだ。
    聡明な冨岡がそれに気付いて、自分から離れる可能性もゼロではないが。

    「どうするよ」
    「貴方は酷い人だ」
    「だよなァ、お前も悪い大人に引っかかったと思って、早く忘れた方がいいぜ」
    「俺の気持ちは変わりませんから」
    「───」
    「聞こえませんでしたか?どんな条件でもいい。俺は貴方のそばにいたいんです」

    「──上等じゃねェか」
    こうして卒業まで1年半を切った秋の季節に、二人の期限付きの恋人関係は始まった。

    不死川の仕事が早く終わった夜は一緒に食事をしたり、休日には冨岡の行きたい場所に付き合ったりもした。
    大学生の好む店は、総じて賑やかなところと相場が決まっていると思っていたが、冨岡は最初に出会った時の印象そのままに、こじんまりとした居酒屋や、街中にあるギャラリーや、景色の綺麗な静かな場所へ行きたがった。

    冨岡のアパートに泊まったこともある。学生らしく専門書が並んだ本棚と、机と布団しかない質素な部屋だったが、不死川の大学生時代も似たようなものだったから、とても懐かしく思った。

    「今日は俺が手作りします」
    はりきってそう言うから一緒にスーパーに買い物に行った。

    「何作るんだ?」
    「鮭大根です。食べたことありますか?」

    正直食べたことは無かった。それを知った冨岡は張り切って食材を選び始めた。
    瑞々しい大根と大ぶりの鮭の切り身。外食では得られない貴重な時間がそこにはあった。

    「口に合えばいいですが」

     そういいながら下ごしらえを始める、はにか
    んだ笑顔が可愛いくて、狭いキッチンに立つ冨岡を後ろから抱きしめた。

    「不死川さん…あの」
    「作んの、もうちょい後でもいいんじゃねェの?」

    宵闇が外を暗くし始めたぐらいだから、隣の部屋からは普通に生活音が聞こえてくる。
    薄い布団を敷き、声を殺して交わった。
    防音が整った不死川の部屋やホテルでは味わえないスリルと緊張感に溺れ、結局鮭大根は次の日までお預けになった。

    (もう、無かったことにはできねェなァ)
    不死川もまた、このなにげない日々と冨岡がくれる幸せに、かけがえのない心の安寧を得ていた。

    ──そう、あの日が訪れるまでは。

    「最近調子良さそうだな、不死川」
    「調子ィ?」
    「ああ、顔色いいもんお前。タバコも本数減ってるだろ?」
    「そおかァ?メシ家で食うことが多くなったからかな。タバコは──」

    指に挟んだまま火を点けていないことに気が付いた不死川は、タバコを箱に戻し、スーツの胸ポケットに仕舞ってカップのコーヒーに口をつけた。
    宇髄はうまそうに紫煙をくゆらせる。花曇りのように曇った喫煙室の室内を、天井の大型空調機が瞬時にクリーンに変えていく。
    経営者二人だけの、始業30分前の平穏な時間。まもなくくぐる扉の向こう側には戦場が口を開けて待っている。

    「禁煙でも始めんの?」
    「そいつはねェな」
    「だよな。お前みたいなヘビー(スモーカー)が出来るとしたら、地球が終わるときだな」
    「テメェはいちいち言うことが大げさなんだよ」

    タバコは副流煙がアイツの身体に悪いから、自然と本数が減る。口寂しい時はアイツにキスしてやる。
    最初の頃はビックリする顔が可愛かったが、最近は慣れてきたのか顔を近づけると長いまつ毛を伏せて美しいキス待ち顔だ。

    メシも・・・冨岡と食う飯は単純に美味い。外食もいいが、やはりどちらかの家なら余計な気を遣わなくて済む。
    あいつと行く買い出しや、一緒に食事を作ることも思った以上に楽しいし、家にいればアイツのことも好きな時に欲に沈められる。

    一人でいた時には考えられない時間の過ごし方だ。忙しいのは今まで通りでなんら変わらないが、二人でいるための時間を作ろうと、身体が勝手に仕事の効率化を図っているのかもしれない。

    冨岡のことを考えていたら、知らぬ間に口角が上がっていたらしい。目ざとい宇隨がそれを見逃すはずもなく
    「なになにぃ~?朝から恋人のことでも考えてんの?ウチの社長もまだまだ若いねえ」
    と突っ込まれる。
    図星だから言い返すコトバも無いが、それこそ大げさに溜息をつき、
    「んなわけねェだろが。テメェと一緒にすんじゃねェよ」
    飲み干したコーヒーカップをダストボックスに捨て、不死川は透明な箱を出て、自分のデスクに向かった。
    (やばいな、最近アイツにウエィト置きすぎてる。マジで気ィ引き締めねぇと、、、)
    自戒しながらも『期限付きの恋人』は、不死川の殺伐としたこれまでの生活に間違いなく潤いを与えていた。

    もちろんそれは冨岡も。
    (週末に不死川さんに会えるだろうか。一緒に見たい映画があるって言ったこと、覚えてくれてるかな)
    大学の講義を一コマ終えて、図書室に向かう。次のコマまでそこで時間を潰すつもりだったが、後ろから聞きなれた声が冨岡を止めた。

    「義勇」
    「錆兎?今の講義聞いてたのか?」

    同じ部屋から出てきたのだから、いたのは間違いない。錆兎はこれまで同室にいるときは大概、冨岡と並んで講義を聞いていた。それが最近、いると知っているのに離れた場所に座ることが多くなっていた。今も自分より、はるかうしろの席にいたのだろう。いることに気付かなかった。
    錆兎が自分を避ける理由を、分かってはいても冨岡は淋しかった。
    それこそ子供の頃からの幼馴染みだったから。困った事でも錆兎に言えないことは無かったし、いつも的確なアドバイスをくれた。遊ぶ時もいつも一緒だった。口下手な俺を錆兎はいつも自然に友達の輪に溶け込ませてくれた。

    「義勇、もうやめとけよ」
    「なに…を?」

    言われることはわかっている。

    「あの人に遊ばれてるんじゃないのか?」
    「そんなことない」
    「あの人にとってお前と付き合うメリットってなんだ?悪いがお前は若いってだけで、あんな大きなクラブを経営する人と対等に渡り合える、なんの武器も持ってない。ただの捌け口にされてるだけじゃないのか?」
    「違ッ・・・」
    「違わない。おかしな世界に引き込まれる前にやめるんだ」
    「心配いらない。不死川さんはいつだって俺の時間を優先してくれるし優しい」
    「バカ!いつかひどい目にあってからじゃ遅いんだ」
    「錆兎、そんな日は来ない。だってこの恋は一年後に強制的に終わるんだから」

    自分の放った一言で、その場の空気が凍りつくのを冨岡は肌で感じた。
    「なんだ?…それ」
    「それが条件なんだ。俺が卒業するまで…それまでなら付き合うって」
    「あの人がそう言ったのか」

    錆兎は込み上げてくる怒りをかろうじてこらえているのだろう。右手のこぶしが今にもギリギリと音を立てそうなほど、力を込めて握られているのが冨岡にも分かった。

    「けど、それでもいいと言ったのは俺だ。強制されたわけじゃない」
    「だとしてもなんでお前が自分を安売りしなきゃならないんだ?あの人はお前の事、なんだと思っているんだ?人一倍 自分に懐いてくる、ペットか何かだと思ってるのか?!」

    「違う!だって不死川さんも俺の事──」
    『愛してくれている』と言いたいのに、言葉が出なかった。
    愛される行為と、言葉で好きと気持ちを伝えてくれるのは同じじゃない。

    「かわいい」はよく言われる。キスするときも、抱かれるときも。あの耳触りのいい声で「かわいいな、お前」と囁いてくれる。
    そのあとは行為に翻弄(ほんろう)され、溶けるほど幸せな気持ちにさせられて、もうそれ以上を望む必要が無かった。

    これまで『好き』や『愛してる』を、一度も言われたことが無くても、始まりがあんなだったから自分も言ってはいけない気がして、口にしないようにしてきた。それがここに来て、恋人と呼べない自分たちの曖昧な関係を露呈する形になってしまっている。
    錆兎には誤解してほしくなかったが、自分でもこの関係をうまく説明することができなかった。

     「わかってるのか。そんな付き合い方されて、お前だけが傷つくんだぞ、義勇」
    「錆兎、心配かけてごめん。でも俺、後悔したくないんだ。自分で決めたことから逃げ出したりもしない」
    「……目に余ったら黙ってないからな」
    「うん」
    「どうにもならないことが起きたら、今までみたいにちゃんと話せよ」

    怒りに満ちた錆兎の険しいまなざしは、幼い時から守り続けてきた想い人を、この先も見守り続けると決めた優しい親友のまなざしに変わっていた。


    ◇◇◇
     「なんかいいことでもあったのかァ?ご機嫌だな」

    胸の上の黒髪を撫でてやると、顔を上げた冨岡の青い目が弧を描いた。

    「友達…っていいなと思って。不死川さんには友達いますか」
    「俺をボッチだとでも思ってんのかァ?お前よか友達は多いと思うぜェ」
    「あ、すみません、悪い意味じゃないんです。不死川さん一匹オオカミの印象があって」
    「あながち間違ってねぇけどな。社会に出たら一匹オオカミの方が都合いいことの方が多いからなァ。で、お前の友達がどうしたって?」
    「錆兎が、今日俺たちのこと…っていうか、俺が不死川さんを一方的に好きなこと、認めてくれました」
    「別にあいつに認めてほしいとは思ってねぇけどな」
    「俺の好きな人のことは、親友にも認めてほしいんです」
    「親友ねェ…」
    「またおかしなこと考えていませんか?錆兎は俺の大切な友達です」
    「ふぅん、じゃあその友達からお前に『俺といる時は他の男の話しねェよう』に忠告してもらうかァ」
    「ごめんなさい…俺、不死川さんのこと怒らせるつもりじゃ…」
    「怒っちゃいねェよ。いや怒ってるな、俺の機嫌治す方法一つしかねェけど知りてぇか?」
    「難しいことですか」
    「いや至極簡単。たった今から俺のことも名前で呼べよ、義勇」
    「!」
    「どしたァ」
    「いま、義勇って」
    「文句あんのか?!」
    「あ…りません、ふふふっ、不死川さん、たまに子供っぽい所ありますよね」
    「不死川さんじゃねェだろ」
    「あ…あの、…さ、さね…み、さ…ん」

    耳まで真っ赤になって、消え入りそうな声で名を呼ぶ冨岡を、不死川は心から愛しいと思い、一糸まとわぬその身体を力いっぱい両腕で抱きしめた。
    「可愛い俺の義勇」
    「あん…アッ、さね…みさん」
    後ろから激しく揺さぶられ、呑まれていく意識のどこかで冨岡は、(今のままじゃダメだ)と思い始めていた。
    錆兎に言われて気が付いた。実弥さんにとって俺と付き合うメリットってなんなんだろう。
    たぶんただの気まぐれ。期限があって飽きたころに後腐れなく別れられる手軽な関係。
    「好き」も「愛してる」も言わないのは、これ以上自分に踏み込ませないための防御壁。

    (自分が今のままじゃダメなんだ)
    そう思ったところで、突然自分の何かが変わるわけじゃない。欲しいものは全て持っているであろうこの人に、自分が与えられるものなんて何もない。
    このままこうやって愛玩動物のように可愛がられながら、『その日』が来たら「じゃあなァ」と去っていくこの人を引き留めることもできない。

    「こっち向けよ、義勇」
    仰向けにされて温かい唇を受け止め、ふたりで絶頂を迎える。自分にのしかかる背中に腕を回して(離れたくない)と心の底から願った。
    その時、ある考えが冨岡の頭の中に浮かぶ。今の自分のスペックを考えると現実的では無いと打ち消したくなるが、その後もその考えは熾火(おきび)のように冨岡の胸の奥で燻り続けた。

     ◇◇◇◇
    「あれ?今日もひとり?」
    宇髄に声を掛けられ、冨岡は薄く笑いながら頷いた。
    二週間近く不死川に逢えない日が続いていたが、その寂しさもこの割れるような大音量に呑み込まれながら踊っていればその瞬間だけは忘れられた。

    「あ~今、不死川デカい山抱えてるもんなぁ。片付くまではいい子でお留守番だな」

    錆兎以外に自分たちの関係を知っているのは宇髄さんだけだ。つかみどころのない人だが、なぜかこの人に言われると不思議な安心感が広がる。

    「俺ももう帰ろうと思ってたところだから、冨岡君このあと時間あるなら、飲みに行くの付き合ってくれない?」
    「飲み、ですか?」
    「うん、不死川のバー。行ったことある?」
    「ありません。あの、不死川さんのバーって…」
    「あいつこのクラブとは別にバー持ってんだよ。聞いてなかった?」
    「…はい」
    「不死川らしいな。あいつ君を夜の店に引っ張り回すのヨシと思ってねぇから。じゃあ止めとく?」
    「いえ、行きたいです」
    「OK。じゃ一杯だけつきあってよ」

    ◇◇◇◇
    通りから目立たない場所に建つバーのドアをくぐる。
    店内は天井が低く、キャンドルの照明が長い時を経たようなカウンターの木材や壁の漆喰を程よく照らしていた。ヴォリュームを絞ったジャズピアノが、水底に沈んでいるような心地よい空気をはりめぐらして、少ない先客はその雰囲気をほどかないようにそっと小声で話し合っている。

    「いらっしゃいませ」
    初老のバーテンダーが二人に微笑む。先にカウンターに腰掛け、宇髄は冨岡に隣の席を促した。

    「マスター、俺、ウオッカ・ギムレット。この子にはマスターのおすすめのカクテル、何か作ってあげて」
    「わかりました」
    シェーカーを振る手は慣れていて、バーテンダーとしての誇りや熱い思いを酒に込めているのが自然に伝わってくる感じの良さだ。霜のついたグラスに、注ぐ先から細かに泡立ち混ざりゆくブルー。

    「どうぞ。『青の洞窟』です。海のような美しい目の色をしておられるので」
    目の前に置かれた澄んだ青のカクテルには、爽やかなグレープフルーツが添えられている。
    「冨岡君にピッタリだな」
    宇髄が満足そうに笑う。
    「乾杯」
    小さくグラスを鳴らして、ひとくちを口に含む。
    「おいしい」

    この店も、従業員も、不死川の洗練されたセンスそのものだった。『桁外れにすごい人だ』と思うと同時に自分が『こうすればもしかしたら』と考えたことが、早くも無謀なことだと突きつけられた気がして、冨岡は小さく息を吐いた。

    「不死川は大丈夫だよ、あいつ超忙しくしてても、とんでもなく頑丈だから。仕事にのめりこんだら周り見えなくなる悪いとこたまにあるけどな、冨岡君のことも忘れてるわけじゃないぜ?」

    宇髄さんは、この恋が期限付きだということは知らない。実弥さんのこと一番よく知っているこの人に自分の考えが正しいか聞いてみようか───。

     そう思って顔を上げたとき、重厚なドアを開け一組の男女が入ってきた。
    華やかで雑誌から抜け出てきたような綺麗な女性の隣に立つ、匂い立つようないい男を見て、青い目が大きく見開かれる。
    「さね…みさん?」
    愛する男の名前が冨岡の口から、こぼれて落ちた。

    「少し、ここで待っていてください」
    隣にいた女性を奥のボックス席に通して、不死川は踵を返し、ワックスがけされたフローリングの上を、コツコツとかかとを鳴らしながら無言でまっすぐ宇髄のところに向かって歩いてきた。
    「ここで何してやがる」

    ゆらりと揺れた白い前髪の下で、激しい怒りが眉の上を這っている。冨岡が不死川のこんな怖い顔を見たのは初めてだった。

    「あぁ悪いな、冨岡君と一杯飲みに寄ったんだよ。お前がいるかと思ってな」
    宇髄は悪びれもせず、ニコリと笑った。
    (え?)
    冨岡は驚いた。
    (宇髄さんは、俺を実弥さんに会わせようとしてくれたのか)

    「こいつはそんなこと頼んじゃいねェだろが」
    「さ、ねみさん…俺がここに来たいって宇髄さんにお願いしたんです」
    「アァ?嘘つくんじゃねェよ。お前はこの店のこと知らねえだろうが」
    「冨岡君、いいよいいよ、こいつに下手な嘘は通じないから」
    「とにかく義勇は帰れ。ここはテメェみたいなガキの来るところじゃねェ」
    「・・・・・・」
    「不死川、もうちょい優しく言えねぇの?」
    「俺が邪魔ですか」
    「なに?」

    「ねぇ不死川さん、どうしたの?お知り合い?」
    焦れた女i性が後ろから来て声を掛ける。その目が宇髄に気づいて好色そうな笑みを浮かべた。
    「あら、あなた副社長さんよね」
    「はい、覚えていただいていて光栄です、赤井社長」
    椅子から立ち、卒なく答えるが宇髄は自分の名を名乗らなかった。
    「そちらの黒髪の美しい男性も社員さんなの?」
    「違います。こいつは俺のツレでしてね」

    宇髄はそう言いながらさりげなく体の向きを変え、赤井と呼ばれた女性から冨岡への舐めるような視線を遮った。
    「そうなの?残念ね。不死川さんとの商談がうまくいけば、社内でもお見かけできるかと思ったのに」

    それには答えず、不死川は手のひらを上に向けて女性の手を取った。
    「お待たせしてすみませんでした。さあ向こうで飲みなおしましょう」
    エスコートの仕方があまりに自然で、間近でそれを見ていた冨岡は胸が苦しくなった。
    女性は満足そうに手を引かれて不死川と並んで歩いていく。マスカラを塗りたくった分厚いまつ毛で縁どられた目は、もう不死川しか見ていない。
    (仕事関係の人みたいだけれど、なんだろう、それだけじゃない気がする)
    漠然とした不安が暗雲のように冨岡の心に拡がる。

     「あの人は、さっき不死川が抱えてるって言ってたデカい山の実権を握る人」
    「宇髄さんは行かなくていいんですか」
    「いいのいいの、あの女は最初から不死川が目当てだから。あ、でも心配いらないよ、そんなの不死川は歯牙にもかけないからさ」

    (そうだと信じたい…でも)

    宇髄の背中越しに、ボックス席をそっと盗み見る。

    不死川は飄々とした普段通りの表情を崩していない。でも女性の方は違った。ト口ンと蕩けるような目で不死川を見つめていたが、にわかに真っ赤なマ二キュアの塗られた手を不死川のスーツの腕に置いて、紅い唇を開いた。
    読唇術など持ち合わせてはいないはずなのに、冨岡にはそれがハッキリと読み取れた。

    『二人きりになりたいわ』

    ガタッ
    冨岡が跳ねるように椅子から降りた。心臓がただ事ではない音を立て始め、息をするのが苦しい。
    「帰ります。宇髄さん、ありがとうございました。これ…」
    ワンショルダーから財布を取り出そうとしたのを宇髄が止める。
    「悪かったな、俺が誘ったばっかりに。送るよ」
    「いえ、大丈夫です。子供でも女性でもないので」
    後半は不死川と宇髄に対する精いっぱいの抗いのつもりだった。
    (馬鹿だな、こんな事にムキになってるのが子供の証拠じゃないか)

    「マスター帰るよ。これ二人分」
    宇髄が席を立ったので、それに気付いた不死川が顔を上げてこちらを見た。その顔に向かって宇髄は中指を立てて「ベッ」と舌を出した。

    「本当に送らなくて大丈夫?」
    「はい。ありがとうございました」
    心の中はグダグダだったが、ひとまず礼を言えたことに安堵して、冨岡は宇髄と店を出たところで別れた。

    外の気温は5月にしては少し涼しかったが、耐えられないほどの寒さじゃない。
    冨岡は不死川のマンションへ行き、ドアに寄り掛かるようにして不死川の帰りを待った。
    明け方近くなると睡魔に勝てず、そのままズルズルと座り込んで膝を抱え少し眠った。ポケットの中のスマホのアラームの振動で慌てて目をさまし立ち上がったが、結局朝まで不死川は帰ってこなかった。


    (こんなところでずっと待ちぶせしてるなんて…)

    ただ実弥さんに逢いたかった。ちゃんとごめんなさいと伝えて…伝えて、それから──。

    (綺麗ごとを言うな。俺はここにきて実弥さんに抱かれたかっただけだ。
    あの女の人に実弥さんを取られたくなくて、もしかしたら実弥さんが俺を追いかけてきてくれるんじゃないかと期待までして──。

    でもきっとあの人はこんなふうに求めちゃいけない人なんだ。
    恋人のようでいて、期限付きの自分に、あの人を縛る権利なんてない。

    冨岡は膝に埋めていた顔を上げた。
    (たぶん俺は今、ずいぶんひどい顔をしてるんだろうな)

    立膝を付き、ゆっくりと立ち上がる。抱えていた体温が一度に逃げていき、背中がゾクリと震えた。駅へ向かう道を歩きながら、見上げた灰青色の空に掛かる半透明の三日月は、悲しいくらいに美しかった。

    ◇◇◇◇
    「なぁ、まさかあのあと『お持ち帰り』なんてしてねえだろうな?」
    「あ?なんの話だ」
    「とぼけんなよ、あの女社長、ずいぶんとお前に色目つかってたじゃねぇか。てっきりアフター誘うか、誘われてんのかと思ったぜ」
    「宇髄、てめぇ本気でそれ言ってんのかァ?」
    「顔こっわ!冗談だよ。お前の机の上見たら朝まで仕事してたの一目瞭然だしな。けど、こんな急ぎでなにやってたんだよ」
    「んー、K社との契約書とその時出すプレゼンの資料をちょっとな。昨日、赤井社長がやっと首を縦に振ったから、俺としては時間空けずに一気に畳み掛けてェ」
    「おいっ!それこそ冗談じゃないだろうな不死川。あのK社とうちとのタイアップが現実になるって言うのかよ?俺、夢みてるんじゃねぇよな?」
    「夢じゃねェよ。そしてこのタイアップは会社同士は対等だ。吸収じゃねェ」
    「ほんとかよ!ますます願ったり叶ったりじゃねぇか。俺たちの会社がもっとデカくなるための足掛かりができたってわけだ」
    「だなァ」
    「おまえってほんっとすげぇ奴だわ。あの難ありの女社長、どうやって攻略したんだよ」
    「いい男をアクセサリーみたいに欲しがる癖はいただけないが、あのデカイ会社を背負ってんだ。間違いなく経営能力には長けてやがる。
    あっちがウチのスキルを喉から手が出るほど欲しがってたのはお前も知っての通りだ。ちょっと条件整えたら一も二もなく飛びついてきやがった。だからこれは純粋な『技術提携』だ。変な誤解すんじゃねェぞ」

    「俺じゃなくてさ、それは冨岡君に言ってやれよ」
    「────」
    「わかってんだろ?昨日のアレで、どれだけ冨岡君が傷ついたか」
    「甘やかす必要はねえだろ」
    「なにそれ、恋人って甘やかすためにいるんじゃねぇの?甘やかして甘やかされて、なんの見返りも求めない。そこにいるだけで派手に幸せをくれる、唯一の存在だろ」
    「・・・」
    「まあいいや、俺もプレゼンの資料作るの手伝うし、さっさと終わらせて、不死川は定時で帰れ。働きすぎで会う時間も無かったんだろ?昨日のこともついでに謝ってこい」
    「クソがァ、知ったような言い方してんじゃねェ!…けど、まぁ今日は目途が付いたら早めに帰らせてもらうわァ」
    「なに照れてんだよ」
    「うっせェ!」
    ふたりの笑顔を照らすように、ビル街の窓には朝の明るさが加速度を増して広がっていた。

     ◇◇◇◇
    (風邪だろうか。帰ってから悪寒が止まらない)
    学校に行く準備をしていて、冨岡の背中をゾクゾクする寒気が這い上がってくる。
    (熱…測らないと)
    体温計をわきに挟んでベッドに座った途端、割れるような頭痛が襲ってきた。
    「痛ッ」
    頭を押さえながら体温計を取り出す。
    (39℃…そこそこあるけど今日の講義は2コマ目からだし、それまで少し横になっていれば下がるかもしれない)
    ベッドだと本格的に眠ってしまいそうで、🌊は毛布一枚をかぶってソファに横になった。


     「…み、おか…とみ岡!」

    自分の名を呼ぶ声と繰り返し押される呼び鈴の音に、うっすらと目を開ける。
    「さね…み…さん?」
    熱のせいで幻聴が聞こえてるのかもしれない。
    ふらつく足で壁を伝いながら玄関のドアにたどりつく。
    「義勇、いるのか?」

    今度こそはっきりと聞き取れた。ドアを開けたと同時に、冨岡は不死川の胸に頽(くずお)れた。

    「おい!義勇?!」
    ──体が火のように熱い──
    「さね…みさん、…俺、学校…に…行かない…と…」
    「何言ってやがる、いま夜だぞ」
    不死川は冨岡の背中を支えながら顔色を確かめた。いつもの整った顔は熱に浮かされて林檎のように頬が赤く染まり、額には汗をかいていて息も荒い。

    「…ヨ、ル?」
    自分がこの時間までどういう状態だったかが分かっていないのか、その言葉の意味を理解しようと、冨岡は不死川言葉を反芻した。

    「とにかく、ベッドに──」
    不死川は身体の向きを変えようとしたが冨岡の手がスーツの襟元を掴んで離さない。
    「どうした?こんなところにいたら身体冷えんだろ」
    「さね…み…さん」
    「なに?」
    「実弥…さん、俺、実弥さん…に、…逢いたかった…」

    潤んだ瞳で見上げられ、愛しさに胸が潰れそうになる。

    「俺もあれからお前の事が気になって、仕事が半分も手に付かなかったぜ」
    「しご…と?」
    「ああ、どうしても急ぎのな。昨日は悪かったな、連絡もしねぇで」

    (俺の方がよほど義勇に甘えている)と不死川は思った。
    こいつを放っておいても、こいつが俺の元から離れていくことは無いと思っているから、俺はこんなに傲慢でいられたんだ。
    (年下に甘えるとか、とことんダセェな)
    今になってやっとそんなことに気づくなんて、どれだけ恋愛偏差値低いんだよ、俺ェ。

    「逢いたかったの、お前だけじゃねェから」
    しがみつく腕ごと冨岡を抱きしめ、キスを落とす。唇までが熱を持ち、とても熱い。
    口を開けろと舌先で合図を送るが、手のひらが胸を押し返す力を感じて、
    「どしたァ?苦しいか?」
    唇を離して顔を覗き込む。
    ふるふると首を振った冨岡が
    「実弥さんに…移るから」
    と小さくつぶやいた。
    不死川がふぅと息を吐く。
    (こんなになってるのに俺の心配なんかしやがって)
    片方の腕を冨岡のひざの裏に通し、
    「よっと」
    力の入らない冨岡の身体を横抱きにして、そのままベッドの上まで運んだ。
    猫のようにシーツの上に丸まる冨岡に
    「どうせ朝から何も食ってねぇんだろ?待ってろ、喉越しのいいもんと薬買ってくるから」
    ソファーにあった毛布と上掛けを掛け、不死川はアパートを出た。

    必要なものを買い揃え、急いで戻り、温かくて消化の良い たまご粥を作って食べさせた。
    「すごく、おいしい」
    食べ終わる頃には、冨岡の声も、来た時よりは出るようになってきた。

    「でェ?」
    「?」
    「いつからこうなったァ?」
    「朝…頭が痛くて…少し横になれば治ると思って…」
    「なんで俺に連絡しねェ」
    「実弥さん…あの女の人と一緒にいるんだと思って…」
    「あれは契約を纏めるための仕事の延長だァ。っつっても信じらんねぇか」
    「俺、宇髄さんに実弥さんが大きな仕事を抱えてるって聞かされてたし、あの女の人がその相手の偉い人だっていうのも知ってたのに。それなのに実弥さんのこと疑って、本当にごめんなさい」
    「義勇が謝る必要はこれっぽっちもねェだろ。宇髄も同じようなこと言ってやがった。誤解させた俺が全部悪りぃ」
    「俺も…働くようになったらわかるのかな、そういうの」
    「かもなァ。こればっかりは学生の世界に無いことだからな」
    (実弥さんのお店で働きたいと言ったらまた叱られるんだろうか)
    宇髄に相談しようと思っていた事が冨岡の喉元まで出かかったが、錆兎に言われた『今のお前には何も無い』という言葉が頭を掠める。
    結局は不死川に渡された薬と一緒に、言いたい事を飲み込んでしまうしかなかった。

    空いたコップを受け取った不死川に
    「実弥さん…着替えたい…です。汗が冷えてきて──」
    と伝えた。
    「おう、そのほうがいいな。引出し開けていいかァ?」
    冨岡が頷くのを確認して不死川は中からスウェットと下着を取り、ベッドに戻って冨岡が着ていたものを脱がせ始めた。

    上半身が裸になったとき、なすがままだった白い腕がふいに不死川の首に回った。
    「義勇?」
    「ダメ…ですか?」

    青い目にひきずられそうになるのを不死川は理性で押しとどめた。
    「ぶっちゃけ俺は昨日の穴埋めするつもりで来たけどよ、今日はおとなしくオネンネだな」
    「嫌です」
    「お前なァ、まだ熱あんだろ。んな負担かけられっかよ」
    Tシャツとスゥエットを頭からかぶせ
    「早く下も履き替えろ。朝まで一緒にいてやるから」
    と言い聞かせる。

    しぶしぶ着替えた冨岡の隣に入ると、まだなんだか不満顔だ。
    「早く治せよ、俺も溜まってんだからなァ」

    ストレートに言えるところが、男同士は楽だ。胸の上に置かれた美しい顔の顎を持ち上げ、おやすみのキスをする。今度は薄く開いた唇から舌を差し入れて熱い舌を絡め取った。

    冨岡はもう「移るから──」とは言わなかった。

     ◇◇◇◇
    ずいぶん長く眠った感覚があり、身体全体が心地よくまどろんでいる。

    手の甲で目をこすりながら冨岡は上半身を起こして隣を見た。寝入るまで自分が頭を乗せていた逞しい胸も、背中を包んでくれていた温かい腕もそこには無くて、ハッとする。

    「実弥…さん?」
    不安が頭をもたげる。
    (まさか全部夢じゃないよな)

    あたりを見回して、半分開かれたカーテンのむこうのベランダにいる人影に気が付いた。
    青白い煙が陽ざしの中をゆらぎながら立ち上っていく。白いシャツから透けて見えるしなやかな背中の筋肉が美しい。

    ベッドから降りてそちらへ行きかけたとき、不死川が振り向いた。

    「おう、起きたか?」
    「お…はようございます」

    煙をまとう、精悍な顔にしばし見とれてしまう。

    「はよ。熱は下がったみてぇだな」
    「え?」

    指に挟まれていたタバコを咥えなおして、吸い込んだ煙を不死川は細く吐き出した。

    「身体、昨日ほど熱くないだろ?」

    不死川は甘い笑みを浮かべ、手にした携帯型の灰皿にタバコの火を押し付けて消し、部屋に入ってきた。

    「ここで吸えばいいのに」
    「俺が嫌なんだよ」
    寝起きの恋人に、触れるだけのキスをして不死川は椅子にかけられたネクタイを手に取る。
    (タバコの香りのするキス…好きなのに)

    けれどそれは言わない。
    不死川が自分の前で極力吸わないようにしているのを知っているから。

    「朝メシ、簡単に作ってあるから。学校行くならちゃんと食えよ」
    「絶対に食べます。あ、本当だ、熱下がってる」
    体温計の数値が、まだ高めよりではあるが平熱の範囲にあることにホッとする。

    「ムリはするなよ。俺はもう仕事に行くが、何かあったらすぐ電話しろ。わかったな?」
    「はい…」
    シュルシュルと滑る音をさせながらシルクのネクタイが不死川の首に巻かれていく。
    「クラブって、こんな朝早くから仕事するんですね」
    「───」
    音が止まった。
    「実弥さん?」
    「あ、いや。まぁな、──片付けとか色々あんだよ」

    ジャケットを羽織り、不死川はドアのノブに手を掛けた。
    「じゃあな。病院にも行っとけよ」
    「実弥さん、お母さんみたいだ」
    「るっせぇ。早く万全に戻しやがれ。いつまでも俺に据え膳食わしてんじゃねェ」

    そこまで言われて冨岡は不死川との情事を思い出し、熱がぶり返したように身体の奥が熱くなるのを感じた。
    ドアを閉め、不死川の足音が階段を下りて遠ざかっていくのを耳で拾いながら、冨岡はこれ以上もない幸せに包まれていた。

    入れ替わるようにドアベルが鳴り、誰かがドアを叩く。
    (忘れ物かな?実弥さん)
    躊躇なくドアを半分開けたところで外側からグイと引っ張られ、冨岡は危うく玄関に落ちかけた。

    はたして外には錆兎が険しい顔をして立っていた。

    「錆兎?どうしたんだこんなに朝早く」
    「どうした?それはこっちのセリフだ!昨日どうして大学を休んだんだ義勇。なぜ電話にも出ない?!」
    矢継ぎ早に問い詰められ、答えられない冨岡が一歩後ろに下がったところに錆兎が乗り込んでくる。

    「心配かけてごめん。昨日俺、熱が出てずっと寝て込んでた。スマホの電源は眠りの妨げになるから切ってた」

    切っていたのはその通りだが、本当の理由は違う。実弥さんとの静かな時間を大切にしたかった。

    「だけど、ほらおかげですっかり良くなった」
    「義勇、嘘つくなよ」
    「嘘?」
    「いままで、あの人がこの部屋にいたんじゃないのか?だって微かにタバコの匂いがする。クラブであの人からした匂いと同じ匂いだ」

    錆兎も俺もタバコを吸わない。吸わない人はタバコの匂いに敏感だから、気付く事は難しくないとはいえ、実弥さんは部屋で吸っていないのに、錆兎の嗅覚の鋭さには恐れ入った。
    「勉強をすっぽかすように言われたのか?俺たちのことをガキ呼ばわりしていたが、自分の欲望に付き合わせてお前の時間を奪うなんて、とんでもない大人だな」
    「誤魔化してごめん、確かにさっきまで実弥さんはここにいたよ。でもあの人は一晩中、俺を看病してくれてただけだ。そういう人なんだ」
    「義勇、そんな優しい人が期限付きの恋人だなんて言い出すと思うか?」
    「…」
    「やっぱりお前は騙されてるんだよ、義勇。目を覚ませ。優しくされればされるほど、傷つくのはお前だぞ。もうやめるんだ」
    「錆兎、何度も言うが、期限付きでもいいと言ったのは俺だ」
    「俺じゃ役不足か?」
    「え?」
    「俺では義勇の恋人に役不足かと聞いてるんだ」

    ふいに引き寄せられて錆兎の胸に冨岡の頬が当たる。背中に回った錆兎の腕が痛いほど強い力で冨岡を抱きしめた。
    「大人のあの人に憧れているだけなんだろ?何もかも持っているあの人は確かにカッコいいよな。だけど俺たちはこれからだ。卒業しても、俺はお前とこれから先の未来を一緒に歩いていきたいんだ。これまでずっとそうしてきたように支え合って生きていきたい。俺は絶対にお前を不安にさせたり、悲しませたりしない。今は幸せかもしれないが、その幸せも全部期限付きで、いわば幻みたいなものじゃないか」

    抱えていた胸の裡(うち)を、錆兎は洗いざらい吐き出した。
    「まぼろし…」
    「残酷なこと言って悪いと思う。でもそうなる未来が確実なら、俺はそんな場所からお前を救い出したい。このまえお前にハッキリ言われて、親友のフリして今まで通り傍にいようと思ったけど無理だ。お前が大切だから、お前が苦しむ姿なんか見たくない」

    抱きしめる腕に力がこもる。冨岡は幼馴染の溢れんばかりの愛情に胸が熱くなった。

    「錆兎…ありがとう」
    「義勇」
    「錆兎はいつだって俺の憧れだった。子供のころから俺はいつも錆兎に守ってもらっていたし、大切にされることも当たり前だと思っていた。錆兎の優しさに甘え続けていた、そんな自分がズルい人間なんだと今ハッキリとわかったよ。だからこそ俺は──」
    青い瞳が潤いをたたえて友を見上げ懺悔する子供のように一気に言い切った。
    「少しばかり痛い目を見た方がいいんだ」
    「あの人をかばうのか」
    「そうじゃない。俺は錆兎と肩を並べて歩きたいんだ。守ってもらうんじゃなくて、対等になりたい。不死川さんの事、好きなだけじゃなくてあの人から学ぶことはたくさんある。どんな大人になりたいか、実弥さんを通してやっと見えてきたんだ」

    憧れ、尊敬、愛情、信頼、それらの崇高な思いが冨岡をここまでの高みに押し上げていることを錆兎はひしひしと感じた。
    たった半年で冨岡を作り変えた男に、今の自分は敵(かな)わないと思った。
    けれど同時に、不死川を超えるという新たな目標が錆兎の心に火を点けた。
    「……いい顔してるな、義勇」
    「え?」
    「お前のそんなキラキラした顔、初めて見た気がする。あの人のおかげっていうのが腹立たしいが」
    錆兎はスッキリした気持ちで冨岡と向かい合った。
    「やってみろ、義勇。俺がちゃんと見届けてやるから」

     ◇◇◇◇
    「冨岡くん、久しぶりだねぇ」
    「宇髄さん」
    「不死川なら上にいるよ、呼ぶ?ってか、降りてきたな。おーい不死川!」

    カウンターにいた美丈夫が、ViPルームから続く螺旋階段を降りてくる、黒いスーツの男に手を振った。

    「義勇?こんなとこで何してる。試験近いくせに、さぼってねェで勉強しねぇか」
    開口一番のセリフに宇髄が噴き出した。
    「不死川お前、恋人じゃなくて保護者なの?」
    冨岡もつられてクスクス笑う。
    「宇髄さん、試験日近いのは本当なんです。実弥さん、俺は今ここに社会勉強しにきています」
    「屁理屈言うんじゃねェ、さぼりに来てるだけだろうがッ」
    「まぁまぁ、不死川。ON・OFFは大切だって、お前もいつも言ってるだろ?大目に見てあげな」
    「一、二曲踊ったらすぐに帰ります」
    「ったりめぇだ」
    「実弥さんも一緒に踊りませんか?」
    「はァ?」
    「こんな大きなクラブ持ってるんですから、踊れないわけないですよね?」
    「冨岡君も言うようになったねぇ。でもこいつ踊れる曲限られてるよ?」
    「それってどんな…」
    「待ってて、いまかけるから」
    「おい宇髄!余計なことすんじゃねぇ!」
    「いいじゃん。まだ時間も早いし、フロアも見ての通りそんな込み入ってねぇし」

    流れていたアップテンポの曲が終わってシンとした直後、場内が暗闇に代わり、その後天井のミラーボールだけが明かりをともした。
    そこに流れ始めるダンスクラブに似つかわしくないバイオリンの静かな音色。

    「ワルツによく使われる曲だよ。『美女と野獣』君たちにピッタリだろ?」
    「ワルツ?」
    「ほら、いけよ不死川。冨岡君も。わかんなくても大丈夫、不死川がリードしてくれるから」
    「宇髄ィ、あとで覚えてろよ」
    「燕尾服、準備してなくて悪りぃな」
    「チッ、んなもん、いらねぇわ!」

    舌打ちしながらも抵抗を諦めた不死川が先にフロアに降りていく。冨岡が慌てて後を追った。

    板張りのフロアのポツンと一箇所照らされた場所に立つ不死川が差し出した左手に、冨岡の右手が引き寄せられた。
    「あ、の…」
    「左手は俺の肘から上に添えてるだけでいい。右手は離すな。足は適当に合わせとけ」

    美しい調べとともに不死川の足が優雅に滑り出す。冨岡は一瞬よろめいたものの、その足を軸にしてうまく冨岡の動きに合わせ、踏みとどまった。
    不死川が無理のないようリードしてくれるおかげで冨岡は、はたから見れば水が流れるように、よどみなくステップを踏み、二人はフロアの中で縦横無尽に蝶が舞うようにワルツを踊った。

    最初は「え?社交ダンス?しかも男同士?」と物見遊山で見ていた客たちも、曲が進むうちに魂が抜けたように二人に見とれ、「ラストだ。反れ」と不死川に言われて冨岡が背中を反らせた〆のポージングに、客たちは割れんばかりの拍手を送った。

    同じように拍手をしながら、不死川たちに赤井社長が近づいてきた。
    「すばらしいわ不死川さん。わたくしも社交ダンスはたしなみますけども、男性同士のワルツは初めて目にしました。お相手の男性が美しすぎるせいかしら、驚くほど違和感が無くて見とれてしまったわ」
    「ありがとうございます」
    「わたくしも踊っていただきたいけれど、こんな普段着で来てしまったから。そうだわ、私たちの新会社のお披露目パーティで、ダンスをお見せするのも一興ね」
    「これは俺のプライベートの趣味ですので、他で踊ることはありません。それに会社も俺の私物ではないので、皆の同意なく、そのような催しを開くこともないですね」
    「あら、連れないのね。おたくの副社長さんは派手なことがお好みのようですのに」
    「あいつはああ見えて、俺より堅物ですよ」

    「あ、俺の柔和な人柄を否定するような物言い、やめてもらえますか社長」
    カウンターにいたはずの宇髄がいつのまにか隣に立って笑っている。

    「赤井社長、今日はお忍びで遊びに来ていただいたのでしょうか?」
    快活な声が頭の上から降ってくる。
    「遊び?ええ、まぁそれもありますけど、パパートナーになる方の事業内容は、つぶさに自分の目で確かめたい性格ですのよ。『百聞は一見にしかず』と言うでしょう?」
    「賢明なお考えです。ですがこの店は今回の事業とは全く関係ありません。それこそ来られるならプライベートでお願いします」

    不死川はバッサリと言い切った。仕事のことを知らない冨岡にまで、ビリビリとした緊張感が伝わる。
    (実弥さん、怒ってる?)
    愛する男の横顔は、精悍なビジネスマンの顔に変わっていて、冨岡でさえも近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。そんな場面を和ませるのはやはり宇髄だ。

    「まぁまぁ不死川。それで?ご満足いただけましたか?赤井社長」
    「ええ、十分楽しませていただきましたわ。思いがけず素敵なワルツも見せていただいたことですし、今日はもう帰ります。ところで、あなた──」

    鉄仮面の女社長が冨岡に視線を移した。
    「あなたはバーで見かけた副社長さんのお友達でしょう?」
    「友達…ではありませんが」
    「そうなのね。では不死川さんとは親しいご友人でいらっしゃっるのかしら」
    「それは…」
    「うわ~!友達じゃないとか、俺傷ついちゃう」
    割って入った宇髄は、大げさに言ってから、冨岡に向かって人差し指を唇に当てた。

    「宇髄、赤井社長をお送りする、タクシー拾ってもらえるか」
    不死川が畳み掛ける。
    「イエッサー。さぁ社長、行きましょう」
    「わかりました。今日のところは帰ります」
    『ところは』をことさらに強調するようにして、女社長は不死川に向き直った。
    「またいつでもいらして下さい」
    「ええ、もちろん」
    二人がクラブのドアから出て行ったところで、不死川は大きく息を吐いた。

    「お前、しばらくこの店に来るんじゃねェぞ」
    「どうして?」
    「どうしてもだ。試験の間だけじゃねぇ、俺がいいというまでだ。言うことが聞けねぇなら、金輪際出禁にするからなァ」
    「それは困る。でも今日は約束だから、俺も帰ります。帰って勉強します」
    「ちょっと待ってろ、車で送る」
    「信用無いなぁ。ちゃんと帰りますから」
    「いいから。こんな嫌な予感がするときは、ロクなことがねェ」

     ──不死川の嫌な予感は、今まさに現実になりつつあった──

    タクシーのつかまり易い大通りに向かって歩く宇髄の背中に赤井社長が呟いた。
    「ねぇ、副社長さん。私、あの青い目の男の子が欲しいわ。今回の締結の条件に含んでおいてくださらない?もちろん誰にもわからないように。だって不死川さんにも『お相手』たくさんいらっしゃるんでしょう?あんなに素敵な殿方ですもの。一人ぐらい、いいわよねぇ?」

    ◇◇◇◇
    黒のカマロが冨岡のアパートの前に音もなく停車する。

    「実弥さん、今日はとんでもないサプライズをありがとう」
    「あ?すまねぇな、あんなのしか知らなくて」
    「ううん、俺、ますます実弥さんのこと好きになった」
    「そりゃどうもォ」
    「じゃあ行くね」
    「ああ」

    冨岡がドアを開ける前に不死川は冨岡にキスをした。
    「さ、さねみ…さん!
    あんな事やこんな事をしていても、いまだに冨岡は不意をついたキスに弱い。
    「勉強頑張れる、まじないだァ」
    こんな子供だましでも冨岡は、ほころぶように笑い
    「頑張る!」と言って車を降りて行った。

    その背中を見守りながら、いまだ消えない嫌な予感に不死川は眉間にしわを寄せた。

    「不死川に…やっぱ言うべきなんだろうな」
    女社長をタクシーに乗せた後、宇髄は心痛な面持ちでクラブのドアを開けた。
    できることならあいつの耳に入れたくはないが、あの社長の事なら、不死川の返事如何(いかん)によっては、顔色一つ変えず、うちとのタイアップに不利な条件を用意して、逆らえないようにするくらいの事はやりかねない。

    宇髄はあの日、冨岡を連れてバーに行ったことを心の底から後悔した。

    ◇◇◇◇
    大学ではいよいよ就活が本格化しはじめた。これから先の未来を思い描き、会社説明会にいくつも参加し、皆、血眼になってエントリーシートを提出しては、次々と入社試験や面接を受け、自分の夢を叶えていく。
    決まったものは早々と卒論に着手するものも出てきて、校内は慌ただしくも活気に溢れていた。

    「錆兎、おめでとう」
    「義勇」
    「外資系の会i社に決まったんだって?やっぱり錆兎はすごいな」
    「耳が早いな、誰に聞いたんだ」
    「昨日、実家から電話があって。ほらうちの姉さんと、錆兎の母さん仲がいいから。」
    「そこか」
    「うん、姉さんからもおめでとうって伝えてって」
    「ありがとう。そう言われると急に現実味を帯びてきたな」
    「俺は大丈夫かって、すごく心配されたよ」
    「外資系は決まるのが早いからそう思うよな。お前はどうするんだ?院に行くのか?」
    「ん、まだ迷ってる」
    「そうか。もう少し時間あるからよく考えろよ」
    「うん、ありがとう」

     学費でこれ以上迷惑はかけたくないと言っても、姉は聞き入れてくれなかった。
    「あなたの将来の為なら、自分はどれだけでも頑張れるから」と。

    実弥さんにクラブで使ってほしいって言った時、自分の価値を説明しろって言われたな。
    あの時は何も答えられなかった。今も答えられるかというと自信は無いけど、実弥さんの恋人として恥ずかしくないよう勉強は頑張ってきたつもりだ。おかげで院に上がるなら特待制度を利用できる道も開けた。
    それなら姉さんにも迷惑を掛けなくて済む。

    就職課の前を通りかかって、何人もの学生が食い入るようにパソコンを見ているのが目に入った。冨岡も吸い込まれるように中に入っていって、一台のパソコンの前に座った。

    全国の企業を瞬時にリサーチするためのプログラムが組み込まれている、最新のシステムと聞いている。画面を覗くとトップページで、最近国内外で起きた経済に関するニュースも閲覧できるようになっていた。
    つらつらとニュースタイトルをスクロールしていた冨岡の手が止まった。

    『K社とS社、来年春から技術提携をスタート。IT界の更なる革新を目指して』
    (誰もが名前を聞いたことのあるIT企業のパイオニアと新進気鋭のS社の技術提携か…これは凄い)
    もっと詳しく読もうとクリックして現れた画像を見て、冨岡は全身に電流が走ったような衝撃を受け、こぼれんばかりに目を見開いた。

     (これ…実弥さん?それにこの女性(ひと)はクラブで会ったあの人だ)

     画像の下にはK社:赤井社長、S社:不死川社長と書かれていて、二人の関係性と立場を突然目の前に突きつけられた冨岡は、震える指先でプリントアウトの文字を押した。

    ◇◇◇◇
    不死川は、最近宇髄に覇気がないことに気がついていた。思い当たることと言えば、K社との締結に向けた打ち合わせを、彼も多忙を極めているというのに宇髄に任せっきりにしていて、それが重荷になっているんじゃないかということだった。

    「なぁ不死川」
    いつもの朝、いつもの喫煙ブースで二人きり。先に口を開いたのは宇髄だった。

    「俺、お前に謝らなきゃならないことがある」
    「なんだァ?なんかミスったのかよ」
    「ミス…といえば、俺のミスなんだが…」

    宇髄はあれからも打ち合わせの席に赤井社長が現れるたび、冨岡を早く連れて来いとせっつかれていた。それは難しいと断るたびに、「なら帰ってくださいな。契約の話はそれからです」
    と、取り付く島もない。いつか諦めるだろうと思っていたが、いまだに諦めようとしない。

    「不死川…実はな」

    宇髄はあらいざらいを話した。

    「アァ?なんの冗談だ、そりゃあ」
    全てを聞き終えた不死川は、身体じゅうの血潮が逆上するのを感じた。



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