深く暗い闇の中。
此処は妙に居心地が良い。生得領域とは謂わば心の中、自分自身の精神世界。それならば居心地が良くなるのも納得だが、今の俺には多少都合が良かったのかもしれない。
津美紀が死んだ。
殺したのは宿儺…羂索…いや、廻り回って俺が原因なのかもしれない。実際、肉体を殺したのは宿儺だ。だが自我を乗っ取られた時点で死んだも同然と考えれば羂索。それ以前に俺が力をもっと付けていれば津美紀が呪われる事も無かったのかもしれない。
それでも、肉体が死んでいなければ宿儺が虎杖から俺に移った様に津美紀の中から術師を取り除けた可能性もある。それも宿儺を抑えきれず交渉にも届かなかった俺の力不足。
そんな事ばかり考えていた。
逆を言えば、それ以外を考える必要もない。
宿儺によって沈められた俺は、もう力を抑える事すらも敵わなくなっていた。
もう術はない。
このまま誰かが俺ごと宿儺を殺すまで、此処で眠る。
宿儺は天使を、来栖を殺しきらずに放っていた。アイツも五条先生を復活させる気でいたのかもしれない。
結局はすべて羂索と宿儺の掌の上だった。
仮に俺が外に出られたとして、またいつ宿儺に乗っ取られるかわからない。それなら出ても自死する他ない。それで良い。五条先生がいるなら大丈夫。乙骨先輩も帰ってきた。一番守りたかったものも俺にはもうない。だから、それで良い。
あれからどれ程経っただろうか。
暗い暗い闇の中、僅かに声が聞こえた気がして瞼を上げた。耳を澄ませれば徐々に声が鮮明に聞こえてくる。俺を呼ぶ声だ。虎杖、五条先生、狗巻先輩、真希先輩、パンダ先輩、…釘崎も。良かった、元気になったんだな。
けど戻った所で、俺の中に宿儺が居る限り死ぬ他無い。最後の言葉なんて残す方が苦しめるだろう。良い、このまま殺してくれて良い。
「おい、呼んでいるぞ。」
その声と共に暗闇から突然浮力によって抜け出させられる。この数十日、よく聴こえていたこの声は。何で。何で今更、何が目的で。
そう混乱している内に全身に痛みが走った。痛み?そんなの体が無ければ…。
重い瞼を抉じ開け広がった景色は、慣れていたあの暗闇ではなく光、俺を呼ぶ久方振りの仲間の顔。
アイツは何故今更体を明け渡したのだろう。否、そもそもアイツの気配を内に感じる事が出来ない。
「…宿儺…?」
数十日振りに発した掠れた声で出たのは"ただいま"でも"ごめん"でもなく、奴の名だった。
「うーん、居るっちゃ居るね」
「は?」
その答えに即刻自らの首を落とそうと呪具を影から取り出す。と、五条先生に遮られた。
「待って待って、話は最後まで聞きな。」
そう言われ渋々呪具を影に戻す。
あれから月日が経ち、漸く通常の業務に加え高専の復興作業に手を付けられる程になった。
あの日戦闘不能状態まで追い込まれた宿儺は俺に自らの術式を植え付けて沈んだ。ご丁寧に使い方まで脳に残して。
「恵の最深部に居るって感じだね。もう宿儺の意思でも恵の意思でも、宿儺は表には出られないんじゃない?」
自分自身、宿儺の気配に気付かない程だ。六眼でも目を凝らさなければ視えない程らしい。俺に術式を与えて、自分は出られない程の最深部に。こんなに都合の良い事があるだろうか。呪いの王の考える事は分からない。
「まあ、無償の何トカって言うしね。」
「…?何ですか。」
「ヒミツ♡」
そう言って憎たらしく人差し指を口に当てた担任を睨んだ。
『ケヒッ…、俺の負けだ。全て捧げてやろう、但し。コイツは殺すな。』
終