賑わう街中、とあるCDショップに掲げられているイーゼルがふと目に入り思わず足速に近寄ってしまう。
悠仁、恵、宿儺の3人で形成された人気上昇中のアイドルグループだ。
「あ〜〜!宿儺様がいる〜!かっこ可愛い…」
「あんた本当好きね。宿儺サマってどの子だっけ?」
この子、と私が指差したのは淡く霞んだ桃色の短髪をオールバックにした顔や身体に刺青のある強面の青年だ。
「…失礼だけどこの人社会に出て大丈夫な人…?」
「アイドルしてるくらいだから大丈夫だと思うよ。まあコンサートでも意地でも踊らないしファンサもしないけど」
「アイドルとして成り立ってるのそれ…?」
「…所属はしてるから…?」
そう思われるのも仕方がない。
しかし宿儺様には初見では分からない魅力が数えきれない程詰まっている素敵な人なのだ。
そう語ってもピンと来ないであろう事は私も経験済みである。ファンの子が言っているのを聞いても、実際に見るまでは良さに全く気付かなかったのだから。
しかしファンならば布教はしたいもの。彼女に円盤の視聴を勧めれば二つ返事で了承してくれたので、私が持っているそれを2人で観る事となった。
数時間後、買い物や食事を済ませた足で私の家へ来た友人にお茶やお菓子を出し、万全の状態でテレビの前へ座る。まだ数える程しか発売されていない円盤の内、最もフリートークで盛り上がりを見せたものを選ぶ。彼らの事をよく知ってもらうには、これが一番だろう。
画面に映し出されたコンサートホールはトップアイドルと比較してしまえば小さいものの、満席で賑わっている。その賑わいは何度も観た私の期待感ですら高めさせ、カウントダウンが始まるにつれ落ち着きが無くなってしまう。
3、2、1…
0とスクリーンに表示されたと同時に開いたセンターの扉からイヤモニを付けた3人が歌いながら登場した。
「は〜〜〜かっこいい〜〜〜!左が悠仁くんで右が宿儺様、真ん中が恵くんだよ」
「へー、宿儺サマ以外はちゃんとアイドルっぽい…あれ?悠仁くんと似てない?」
「うん、双子だからね。顔の造りしか似てないけど」
「確かに、悠仁くんニコニコしてるのに宿儺サマはずっと無表情だね」
「そこも魅力の一つなんだよねー」
なるべく多くのファンに応えようとコンサート内を駆け回る悠仁。恵も小走りで手を控えめに振って回っているが、宿儺は依然としてポケットに手を突っ込んだまま棒立ちで歌っている。
Aメロ、Bメロ、サビと曲が流れたところで隣の友人が口を開いた。
「…ねえ、悠仁くんと恵くんのソロはあったのに宿儺サマのソロだけ無くない?もしかしてソロも歌わないとかなの?」
「んーん、そこは大丈夫、聴いてて聴いてて」
緩やかな曲調のまま2番を終え、Cメロ。ほぼアカペラではないかと思える程にメロディーが静まり、宿儺の歌声だけが響いた。
「え、うま。嘘。」
「美声だよねー、耳が浄化される…」
「これはギャップだわ…」
とは言え歌声は宿儺のギャップの序章に過ぎないのだが、この歌声で心掴まれる人は少なくないだろう。それ故曲にソロの見せ場が作られているのだから。
一曲、二曲と終わり一旦短いフリートークが挟まれる。
『皆ー!今日は来てくれてありがとね!いっぱい楽しんでって!』
天真爛漫、元気ハツラツ、といった言葉が似合う挨拶をするアイドルらしいアイドルの悠仁。
『同じになるけど、来てくれてありがとうございます。良い思い出になるように、楽しみましょう。』
ホールに向けて深々と頭を下げ丁寧な挨拶をする恵。
『特に無し』
通常運転の宿儺。
『だからそれやめろって!ありがとうくらい言えよ!』
『はあ…ウザ。来るという選択をしたのはコイツらだろう。コイツらの勝手な選択に礼もクソも無い。』
『宿儺、もう良いから口閉じとけ』
『ケヒッ』
悠仁が怒り、宿儺が毒を吐き、恵が去なす。
定番の流れであるが、初見の友人には刺激が強いだろうか。
「え…酷くない?あんな言われ方してムカつかないの?」
「むしろ言って欲しいまである」
「拗らせすぎでしょ…。私は悠仁くんが好きかなー。」
「分かるー、悠仁くんも可愛いよね」
基本的に他人に興味を示さず正直すぎる宿儺には当然敵も多いが、その堂々とした振る舞いはファンにとっては美徳にも見える。
悠仁と恵が中心となりトークを進めていれば、客席で振られている団扇が悠仁の目に止まったらしく突然手を上げだした。
『ハイ!一番、虎杖悠仁!バク宙します!!』
『急に始めんな!』
恵の声を余所にその場でバク宙を披露する悠仁。体操を真似て綺麗なフィニッシュポーズ付きだ。
客席から歓声が上がる。
『はい次伏黒にリクエストある人団扇上げてー!』
『大喜利かよ…。』
手作りだと思われる煌びやかな装飾が施された団扇が我先にと上がった。
『んー…、…え?宿儺にファンサして…?』
『は?』
「え?」
恵に続き友人からも戸惑いの声が出た。
それもそのはず、コンサートに於ける団扇とはアーティストに向けた愛情表現か、ファンが自分に対してアーティストからのレスポンスを求めるものである。しかもファンサ。それではまるで…
「宿儺サマが恵くんのファン…?」
「実はそうなの」
とあるインタビュー記事。
偶々宿儺の機嫌が良く、返答が返ったものがある。
Q.宿儺さんがアイドルを選んだきっかけは何ですか?
A.伏黒恵が入ると言うからだ。
その応対やライブでのやり取りもあり宿儺が伏黒恵を溺愛しているという事は、ファンには周知の事実である。
『いや駄目だろそんなの、ファンサにならねえ…、』
そう恵が呟いた途端、客席から拍手が響き渡る。団扇に対しての肯定であるが、それは同時に恵の逃げ場を失くす事となった。
『ぐ……』
『じゃあ伏黒が宿儺にする事決めよーぜ!してほしい事団扇上げてー!』
『オイ!!』
恵の制止も虚しく、数々の団扇が上がる。
その内悠仁の目に止まったものが読み上げられた。
『指ハートして❤︎だって!はい伏黒、宿儺に指ハート!』
『オマエ後で覚えてろよ…』
物騒な事を言いつつも恵は宿儺の方へ向く。隣の友人は事の展開について行けないのか、ポカンとしたままだ。何度も観ているとはいえ宿儺のファンとしてこの一部始終は見逃せない為、私も画面に釘付けとなった。
画面の中の恵は感情を全面に出すように眉間に皺を寄せ、渋々指ハートを宿儺に向ける。当の宿儺はその恵の姿を目で捉え数秒固まると、顔を手で覆い座り込んでしまった。
『宿www儺wwwひーwww』
『…オイ動かねぇぞ、どうすんだよ』
「ガチじゃん…」
「この宿儺様たまらん〜!可愛いでしょ」
こくこく、と頷いてくれる。
そう、宿儺最大のギャップとは、普段の唯我独尊と理不尽な発言からは全く垣間見えない、恵に対する溺愛っぷりなのだ。
恵が居なければ雑誌の取材にも顔を出さないし、コンサートでの恵のソロ曲では毎回客席に下り聴く体勢に入っては怒られている。
逆にこれがあるからこそ、普段の彼の言動が可愛く見えてしまうと言っても過言ではない。
そこからトークが終了しても動かない宿儺を恵が引き摺り悠仁のソロ曲が始められ、何とか持ち直したのだろう宿儺も復帰。残りの曲を歌い終えコンサートが終わる頃には、友人はすっかり目を輝かせていた。
「はー、良かったねー。次どうする?」
私がそう問い掛ければ、高揚感に満ちた友人から食い気味に答えが返ってくる。
「宿儺様が可愛いやつで!」
どうやら沼に落とす事に成功したようだ。
終