『ロマンチックとはほど遠い』 「祭り行くぞ」
「は?」
ドアを開けるなりそう言って、腕を引き、有無も言わせず連れだそうとするブラッドに、思考が追いつかないなりにどうにか理由を問いただそうと制止をかけた。
「いやいや、待てって、何で?」
「何でって、なんとなく?祭りがあってっから」
「今から行くのか?」
「おう。お前そのままでも出れるじゃん」
「いや、寝間着だし」
「甚兵衛だろ。寝間着かどうかなんてよその奴に分かりゃしねぇよ」
「それは……そうだけど」
「ほら、いくぞ」
いつも唐突だが、今日は一段と楽しそうにしている。気持ちは既に祭りに向かっているのだろう。全く、こちらの意見などいつも聞いていないのだから……。
「……はぁ。分かった。財布と携帯取ってくるから待ってろ」
「おう」
ブラッドから離れよう、真面目になろうとしても、こうしてコイツの誘いを断り切れない自分のなんと甘いことか……。それでも、楽しそうなコイツがいるだけで、許してしまうのだ。
「乗れ」
「バイクかよ」
「そのが気持ちいいだろ」
そう言って、愛車を撫でる。言われるままに後ろに乗ると、大きな音を立てて発進した。祭りの会場まではそう遠くないため、程なくして駐輪場へ到着する。
「よっしゃ。なんか食おうぜ」
「おぉ」
「あ、焼き鳥食いてぇ」
屋台を見るなり行く先々で食べ物を買う。焼き鳥、イカ焼き、焼きそば、人形焼き、はし巻き、等々、相変わらずよく食べる。見てるだけで満腹になるようだ。自分の料理じゃないのが少しだけ、なんとなく嫌だけれど、お祭りはこの雰囲気込みのものだからしかたがない。たまに食えよと渡されるのもさっきから何も買わないからだろう。
「あー。食った。しばらく食えねぇ」
やっと満足したのか、少し開けた川縁で寝転ぶ。
「食ってすぐ横になったら牛になるぞ」
「心配すんな。俺様は牛になったとしてもかっこいいからな」
「なんだよ。それ」
馬鹿らしい会話をして、二人して笑った。なんだか久しぶりにこんなに笑ったきがする。高校に入って大きなチームになる前から、幼なじみだからということ以前に、コイツといて楽しかったから一緒にいたのだ。それを今まですっかり忘れていたきがする。
「やっと笑ったな」
「え?」
「最近えらい難しい顔ばっかしてやがったろ?」
「……」
「お前は笑ってろよ」
「ブラッド……」
「別に俺はお前が好きなようにしたらいいと思ってる」
「そっか……」
「おぅ」
そう言った瞬間に、向こう岸から花火が上がりだした。大きな音と共に夜空に大輪の花が咲き誇る。間を置かず打ち上がるそれに紛れるように、小さく、告げた。
「……ありがとな」
伝わってなくてもそれで良かった。伝えるつもりもなかったから。
そのまま花火に目を向ける。久しぶりにこんなに近くで見たかもしれない。前に来たときもこの場所で、隣にいたのもブラッドだった。懐かしく思いながら見上げていると、寝転がっていたブラッドが起き上がる気配がした。
と、思えば急に頭を抱き込まれる。
「好きだぜ」
耳元に静かに声が届くと、そのまま頬に柔らかく暖かなものが触れる。
一瞬理解が追いつかず、時も音も何もかもがなくなった。口づけられたのだと気づいてから、とっさに頬を押さえてブラッドをにらみつける。そういえばリップ音もしたような気がする。
「な、お、まえ!」
「ふ。誰も見てねぇよ」
イタズラが成功した後のような楽しそうな顔に言われるまま、回りを見回せば、確かに回りは皆花火に夢中で、上しか見上げていない。むしろ濃厚なキスをしているカップルすらいた。が、そういう問題ではない。顔に集まる熱に、これから帰るまでどういう顔をしていいのか分からないのだ。嫌じゃなかった自分がなによりも困る。冗談で済ますには悪ふざけが過ぎるし、こういう冗談をいう奴ではないと思っているから混乱するのだ。その証明かのように手が絡んでくる。
「花火終わったら、答えくれよ」
「~~っ!」
言葉にならない声と共に、恐らく真っ赤だろう顔で思い切りにらんでやった。どうせ分かっているのだろう。この手がふりほどかれないことも、答えがどうかなんてことも。そういうところがいつもずるい。いっそのこと「好きではない」とでも言ってやろうかと思ったが、そう言ったところですぐにボロを出してしまいそうな自分に情けなさを感じる。
そうこうしているうちに音楽が終わりに近づいていた。ひときわ大きなしだれ柳を最後に、一瞬の静寂の後、ぱちぱちと拍手が湧き起こる。三千発とか言われていた花火は全て咲ききって、返答の猶予と一緒に夜空に消え去ってしまった。どこか遠いことのように感じながら、繋がれた手を見つめるが、時間は待ってくれない。
「で、どうよ」
「……花火、全然見れなかったじゃねぇか。馬鹿」
「はぁ?」
「お前のことでいっぱいになって何も考えられなかったって言ってんだよ」
「はは。いいじゃねぇか。花火からお前が奪えたなら成功だな」
「もっと……、考えて告白しろよな」
「ロマンチストなお前にあわせてやったんだよ」
「なっ。まぁ、確かに……。そうかも」
「満足だろ」
そう言われて、少し考える。確かに、昔来ていた祭りに参加し、久しぶりに笑って、告白されて、受け入れて、そこそこ満足だが、一つだけ足りていない。多分俺にとって一番重要だ。今日はまだ、俺の作った飯をまだブラッドは食べてない。
「満足じゃねぇ……。買い物して帰るぞ」
「は?」
「俺が美味い焼きそばつくってやる」
「お、マジか! ネロの焼きそば!」
「食えるだろ?」
「おぅ、当たり前よ」
ニヤリと笑ったその顔は、美味い飯を食べた時と同じで、どうしてかこの顔が大好きなのだ。早く帰ってもう一度その顔が見たくなる。
ロマンチックとはほど遠い、でも、俺とブラッドを繋ぐ何よりも強いもの。
これからもきっと、関係が変わってもずっと、続いて欲しいと、唯一願うもの。
終