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    まちこ

    twst/ジャミ監が好き rkrn/di先生が熱い 好き勝手書き散らす場所にします みんな幸せになれ

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    まちこ

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    ジャミルと監督生と異世界カレー

    「私の世界では固形のルーというものがありまして・・・」



     図書室の本を必死に書き写したというレシピを見ながら恐る恐るスパイスを準備する彼女の背中を眺める。


     「いつもお世話になっているので!」と突然彼女が両手を握って言ってきたかと思えば俺は誰もいない厨房へと強制的に引っ張られた。なんでも俺のためにカレーを作ってくれるらしい。でもその手はたどたどしく不安が募っていく。


     確かにいつも面倒を見ている。だけどそれは嫌々だとかそういうわけではなく、俺がしたいからしているだけなのだが、そんな俺の気持ちに気づいてない彼女は“面倒見がいい先輩”として慕ってくれていた。下心なんてあるわけないと信じ切っているわけだ。
     男子校の中で浮いている華奢な体なんて簡単に捕まえられるのに、そうしないのは理性があるからだと気づいてほしいような、気づいてほしくないような、複雑な気持ちで最近悩まされている。

     スパイスを準備し終わって、鼻をすすりながら玉ねぎの皮をむく彼女はしょぼつく目を擦りたいのに擦れない状態がもどかしいのかその場で足踏みをしている。



    「大丈夫か?」

    「大丈夫です・・・これもジャミル先輩のため・・・!」



     真っ赤な鼻と目で玉ねぎに奮闘する彼女に思わず小さく笑ってしまった。



    「それにしても急に引っ張られてきたから何事かと思ったよ」

    「それはすみません・・・」

    「まさかカレーを作ってくれるとはね」

    「異世界のカレー、食べたくないですか?」

    「・・・まあ、食べてみたいけど」


     確かにいろんな地方のカレーは食べられても、異世界のカレーは彼女が作らないと食べられない。そんな特別を俺のためだけに作ってくれるなんて、嬉しい半面、慕ってくれている気持ち以外がないとも分かっているからやっぱり複雑だ。

     玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、豚肉、俺が普段作るカレーとはまた少し違う具材をざっくり切って鍋で直接炒める。そんなに大雑把でも大丈夫なのか、興味が出てきてじっくり見つめる。ただたどたどしさがやっぱり不安でひやひやした。



    「くぅ・・・固形ルー・・・」

    「・・・そのさっきから言ってる固形ルーってなんなんだ?」

    「スパイスとか調合しなくても入れて溶かすだけでカレーになる便利なものがあるんですよ」

    「ほう?」

    「こう、小さな四角で、チョコみたいな・・・」



     空中で指を振って一生懸命伝えようとする彼女が面白い。



    「これを溶かして、あら不思議。もう完成!・・・まあ、もっと味を調えたい人はコーヒーとかケチャップとかソースとかいろいろ入れるんですけど」



     ぐつ、とお湯が煮える音がして慌てて鍋の方へ向き直った彼女は中をぐる、と一度大きくかき混ぜる。いい香りが厨房に漂って、部活後ということもあってか控えめに腹が鳴った。

     誰にも言えない秘密は日に日に大きくなって苦しくなるけど、彼女が笑ってくれたらそれも一瞬だけ軽くなってしまうのも本当だ。完全に振り回されている。そんな自分が改めて恥ずかしくて口元を手で隠してテーブルに肘をついた。



    「・・・よし」



     皿に盛られるのは白い米。そこにかけられるカレー。ごろごろの具材がルーの中で転がっている。



    「出来上がりました!異世界カレーです!」



     よく考えたら俺のためだけに作られた料理を食べるのはあまりにも久しぶりだった。いつも自分で作るかカリムが食べる料理の毒見ばかり。俺のためだけ、そんな現実が甘く広がる。



    「・・・いただきます」



     目の前に置かれたスプーンを握ってカレーを掬う。とろみがあるルーが皿の縁に垂れてしまう前に口に運んだ。いつも自分が作るカレーより甘くて、なんとなく懐かしい味がする。にんじんはまだ少し硬かったけど、まあ、言わないでおこう。



    「どうですか?」



     水が入ったコップを近くに置いて向かい側に座った彼女がにこにこ機嫌よさそうにつま先を鳴らしながら俺の顔を見つめた。



    「愛情はたっぷり込めたんですけど」

    「・・・まあ、俺が作った方がうまい」

    「それは言わないでくださいよ・・・」



     唇を尖らしてそっぽを向いた彼女がかわいらしくて自然と顔が綻んでしまった。



    「うそ。おいしいよ」



     次々とカレーを口に運ぶ俺を手のひらに顎を乗せたまま見つめて嬉しそうに彼女は吐息を漏らす。


     本当においしかった。今まで食べたどんなカレーよりおいしかった。・・・もっと素直にこの気持ちを伝えられればいいんだろうけど、生憎その素直さは持ち合わせていない。



    「ジャミル先輩」

    「ん」

    「いつもありがとうございます」



     最後の一口を口に運んだ時だった。



    「大好きです」



     突然の一言にカレーが変なところに入って思わず大きく咳き込んでしまった。しばらく止まらない咳に慌てて差し出された水を勢いよく飲む。半分ぐらい飲み干してむせると彼女は心配そうに俺にハンカチを握らせた。咳はなかなか止まらない。



    「なん、だ、急に!」

    「なんか自然と口から出てて」

    「自然とって・・・」



     ようやく咳が止まって荒くなった呼吸を整える。



    「・・・簡単にそんなこと言うな・・・」



     ああ、どうして素直になれない。



    「ジャミル先輩にしか言いませんよ」



     テーブルに置いていた手の甲に彼女の指先が触れる。



    「私、小心者だから、これぐらいのきっかけがないと言えなかったんだもん」



     顔をずるずると伏せた彼女の髪の隙間から見えた耳が真っ赤になっていた。

     あーもう!



    「・・・俺だって小心者だ」

    「え・・・」

    「君に言われないと自分からこんなことも言えない」



     手の甲に置かれたままだった指に指を絡めると、小さく俺を見上げた彼女から思わず目をそらしてしまった。



    「好きだよ」



     消えていたはずの咳が戻ってきて小さな咳払いをする。もう彼女なんて見れなくて、片手で顔を伏せてしまう。ああ、かっこ悪い。



    「・・・ほんと?」

    「・・・この状態で確認をする必要があるか?」

    「すみません、夢、かと・・・」



     ぎゅっと握った手の力を入れれば照れくさそうに彼女は笑った。
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