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    ふたくら

    @ftkr_2LDK

    那須熊が好きです。

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    ふたくら

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    那須隊バレンタインの話。
    本編時系列(B級ランク戦)の一幕です。
    那須隊、皆でいっぱい楽しいことしてくれ〜!
    ※後半那須熊

    チョコレートは酸っぱくない/那須隊 手作りお菓子の期限は短い。
     2月14日。その日が近づいて来ると、ボーダーもランク戦の真っ只中ではあるけれど少しだけ浮つきはじめる。友達同士の交換の方が多いみたいだけれど、その中に時たま本命チョコの話も混ざっていて、皆ちょっぴりそわそわしている。
     そんな中で、私は苦い記憶を思い出す。
     小学生の頃、クラスの友だちにあげようと手作りしたチョコレート。バレンタイン当日からしばらく発作で行けなかった学校。ごめんなさいと謝りながら、事前にラッピングしていたそれらを捨てたこと。お母さんが、ごみ箱の前で泣く私の背を撫でてくれたこと。手作りお菓子の期限は短くて、機を逃すとそれらはすぐ行き先を失ってしまう。その年から、私はチョコレートを準備するのをやめた。当日調子が良ければ買いに行って、お父さんや友達にあげたり、それだけ。それだけの一日だった。
     けれど今年はそうはいかないかしら。目の前の、大きな瞳をきらめかせる茜ちゃんを見ながら思う。
    「うちも皆でバレンタインしたいです!」
     珍しく四人ともボーダーに集まった昼下がり、食堂の机の上に両手をついて、回り道なしのストレートな訴え。うちも、ということはどこかの隊ではチョコレートを交換し合ったりするのかしら。遥ちゃんからのチョコレートがびっくりするくらい美味しいのだと、木虎ちゃんが言っていたのを思い出す。他にもいくつか思い浮かぶ人はいるけど、茜ちゃんが言ってるってことは、玉狛支部のことかも。
    「バレンタインって……チョコの交換とか?」
     くまちゃんの言葉に、そうですそうです!とうきうき声で答える茜ちゃん。甘いものが大好きな彼女のこと、チョコが飛び交う行事となれば、それはそんな声にもなるだろう。
    「買ったやつで良ければいいけど……」
    「私も」
    「やったー!ランク戦の打合せの後に交換しましょう!」
     とんとん拍子で進んでいく楽しそうな催しの前に、少し尻込みしてしまう私。私は手作りしますよー!という茜ちゃんの声。皆の笑顔を曇らせたくない、けど。行き場を無くしたチョコレートのことを思い出す。
    「あの……」
     おずおずと手を挙げると、皆が一斉にこっちを見る。言わなきゃ。
    「もし、私がその日元気じゃなかったら、そのときは三人で交換してね?」
     嫌だ、楽しそうな皆にこんなことを言うなんて。けれど皆もしきっと私が当日参加できなかったら、私が元気になるまで待ってくれる。そのこと自体はとても、とても嬉しいことだけれど、それがいつになるのかは私にも分からないのだ。
     明日の約束さえできない、それが私の身体だ。
     茜ちゃん、しょんぼりしてるかしら……そう思って正面を向くと、茜ちゃんは真っ直ぐ私を見ていた。怒ってるみたいな顔で。
    「嫌です!!」
     突然の大声、風圧さえ感じるほどの。吃驚して彼女を見つめる。
    「那須先輩がいないならやりません!当日じゃなくたって……日付なんてどうだっていいんです!四人で楽しくなきゃ意味ないです!」
     その言葉は私の胸に、きれいな火花を散らしながら飛び込んだ。今にも涙がこぼれそうに潤んだ葡萄色の瞳に、あぁ、私が間違っていたと素直に思う。
    「ほら、茜落ち着いて。注目されてるし」
     くまちゃんが、茜ちゃんの肩を叩いて座らせる。周りを見ると、突然の大声にびっくりした人たちがこちらを見ている。揉めごとかと思われたかしら。でも、私今とっても嬉しいの。
    「でも、私も茜に賛成。四人じゃなきゃさ」
     くまちゃんの優しい瞳。きっとくまちゃんは私の逡巡を分かっていて、けどこんな風に背を押してくれる。楽しい方に、嬉しい方に。
    「……私もそう思います。那須先輩、あんまりさみしいこと言わないでください」
     ぽつりと小さな声で紡がれた言葉は、茜ちゃんの大声に負けないくらいの驚きを私に与えて、つい隣を見る。小夜子ちゃん、優しさを内側に抱いた子。その彼女の優しさがこんなに素直にこぼれるのが珍しくて。
    「……なんでそんなに見るんですか」
     私の視線に、ふいと反対側を向いてしまうけど、頬が少し染まっているのは、ここからでも丸分かりだ。
     私、馬鹿ね。こんなに大事にしてもらっているのに、勝手に先回りして諦めようとした。
    「ごめんなさい。勝手なこと言っちゃったわね」
     小さく頭を下げると、皆口々に大丈夫だと伝えてくれる。情けなさと申し訳なさより、くすぐったいような喜びが勝ってしまう。
    「でも実際、日付変わるかもしれないし手作りって難しいよね」
    「むむむ……そうですね……。」
    「というか茜も買っちゃえば?」
    「うーん……それでもいいんですけど、もっとこう、わーっと楽しい感じになりたいんです!手作りだったら準備の時間もわくわくするかなーって……」
    「難しいこと言うわね……」
     二人並んで首をひねる茜ちゃんとくまちゃん。その様子がなんだか可笑しくて笑ってしまいそうになるけれど、確かにそれは由々しき問題だ。
     と、少し黙っていた小夜子ちゃんが口を開く。
    「あの……チョコフォンデュとか、どうですか?これだったらその日買い出しに出てすぐに始められるし」
     チョコフォンデュ。
     私たち三人は、まじまじと小夜子ちゃんを見つめた。
    「えっ、私、変なこと言いました……?」
     私たちが揃いも揃って黙り込んでいるものだから、小夜子ちゃんの瞳に不安の色。ううん、違うの。変だなって思ってるわけじゃなくて。
    「それですよーーーっ!」
     食堂に、またしても茜ちゃんの大声が響き渡る。
    「こら茜っ!声大きいってば!でも私も賛成!」
    「私もよ」
    「ちょっと食いつき凄すぎませんか⁈」
     身を乗り出さんばかりの私たちに、やや引き気味の小夜子ちゃん。だってしょうがないじゃない、そんな素敵な提案されちゃったら。
    「わたっ、私マシュマロ買いたいです!あと苺と、バナナと、あっパイの実にチョコかけたりもしたいです!」
     夢中で指折り数える茜ちゃんを見て、こうなったら止まらないからねと、くまちゃんが私に目配せをする。そんなに食べられるの?という小夜子ちゃんの問いに、余裕です!と茜ちゃんがピースを返す。
    「那須先輩は何食べたいですかっ?」
    「私は……」
     チョコレートに合いそうなものを思い浮かべる。桃、オレンジ、キウイ、ワッフル、いろんなものが浮かんでは消える。選択肢は、ありあまるほどにある。
    「いっぱいありすぎて、選べないわ」
     初めてのチョコフォンデュ。それは甘くときめく響きだった。




    後日談:ビタースイートの向こう側/那須熊

    「玲、楽しかった?」
     ベッドに腰掛ける私に、布団を膝下まで被ったくまちゃんが小声で問いかける。その向こうに聞こえるのは茜ちゃんと小夜子ちゃんの寝息。
     くまちゃんが指しているのは、今日のチョコフォンデュパーティーのこと。
    「楽しかったわ、とっても」
     素直な気持ちを、飾らずに伝える。初めてのチョコフォンデュ、そして那須隊の皆と過ごす時間は、私のちっぽけな想像力をはるばる超えるくらい楽しかった。
    「ふふ、ならよかった」
     くまちゃんが微笑む。優しい、情に満ちたとも呼べるような表情。くまちゃんのそんな顔が大好きで、けれど同時に悪戯心がわき起こる。
    なんてったって今日はバレンタイン。少しくらいスリルがあったっていいでしょう?
    「……でも、来年こそは本命チョコを渡せる勇気が欲しいわ」
     するり。くまちゃんの腕に指を這わせる。
    「れ、玲……?」
     くまちゃんが戸惑ったようにこっちを見る、その瞳の奥に、熱。
     そう、私たちお互い気付いてない振りをしてる。今期のランク戦が終わるまでは、見ない振りをすると決めている。
     けれどくまちゃん、だめよ。自分のことを好きな人の前でそんな顔をしては。
    「くまちゃんもそうだといいけど」
     一瞬の微熱を冗談で押し流すようにくまちゃんの頬をつついて、体を離す。
    「……あんまりからかわないでよ」
     少し膨れたくまちゃんが、そっぽを向いて頭まで布団を被る。
     私たちの甘い夜は、まだまだ遠そうだ。
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