弾ける手前の泡ひとつ/那須熊「私、炭酸って飲んだことがないの」
ガコン。玲の言葉と落下音が重なって、あたしは飛び出しかけた「え、」を済んでのところで飲み込んだ。確かに病院で過ごすことが多かった彼女が炭酸飲料に出会う機会はそうなかっただろうし、玲と炭酸、というのも何だか結びつかない。だから、まぁそういうこともあるよね、とすっと納得できた。
「そうなんだ」
落下の衝撃を逃がすように、ゆっくり蓋をひねる。ぷしゅ。勢いの無い音を確認して、さらに力を加える。丸い穴をのぞき込むと、少し透けた乳白色の向こうから、小さな泡が迫ってくる。
「ひとくち、飲んでみる?」
「いいの?」
「いいよ」
差し出すと、なんだかおねだりしたみたいになっちゃったわね、と恥ずかしそうに笑いながら彼女がボトルを受け取る。飲み口をじっと見つめて、それから覚悟を決めたみたいにボトルをぎゅっと握って、口元へ。白く細い喉が少し反る。ごくり。
「どう?」
尋ねて玲の顔を見ると、彼女は何度か小刻みに瞬き。そして目を開いて、なんだかびっくりしたような、しゅんとしたような顔で。
「な、なんだか……舌がぴりぴりしちゃったわ……」
そう言って彼女が小さな口からちらりと出してみせた舌は薄くて、けれど鮮やかな紅色。子どもみたいに無防備な目と、赤。
(あ、ダメだ)
あんまり見ちゃいけないと思うのに、目を逸らせない。お腹を内側から擽られているみたいに落ち着かない。こんなのは、知らない。
きっと多分このままじゃ、あたしは何かに気づいてしまう。