ほのかに甘く、まぶしく光る/那須隊 計画は完璧なはずだった。
初めてのショッピングモール、初めてのアイスクリーム店。相手を知ることが勝利への第一歩。ボーダーで学んだことを忠実に守り、下調べは入念に行った。ホームページでメニューを確認し、フレーバーもサイズも容器のタイプも、すべて決めてここに来た。けれど、そんな那須玲の決意は、あえなく打ち砕かれた。期間限定フレーバーによって。
「ごめんなさい、待たせちゃって……」
「気にしないでください」
「迷うのも楽しみのひとつですよ! 」
優しい後輩たちの言葉に、かえって申し訳なさが募る。かれこれ数分、店前で彼女たちを待たせてしまっている。早くしなくちゃと焦るけれども、なかなか決められない。
「どれと迷ってるの? 」
玲が眺める立て看板を後ろから覗きこむようにして、友子が聞いた。
「ストロベリーチーズケーキにしようと思ってたんだけど、こっちも気になっちゃって……」
視線の先にあるのは今日からの期間限定アイス。乳白色とペールピンクで織り成される白桃味のアイスは、玲の目を釘付けにしてしまった。
事の発端はテレビCMだった。作戦会議の後のお泊まり会で、茜が毎週楽しみにしているという恋愛ドラマを三人で鑑賞している合間に流れた、男性アイドルが心躍る色づかいのアイスを持ったCM。それを眺める玲の「いいな」という呟きを友子も茜も聞き逃さず、その場にいなかった小夜子も加わって、あれよあれよという間に四人で行くことになった。三人が、万が一体調が急変した時のために玲の家からも病院からも一番近いお店を探してくれたことも、移動も無理が少ないように友子の母が車を出してくれることも知っていたから、玲も皆の気遣いに応えられるよう、なるべくスムーズに注文できるように準備してきたのだ。自分の身体では二つは食べられないし、何度も行けるわけでもない。迷わずに済むよう選んだのが、茜が定番だと語るストロベリーチーズケーキ。最初で最後かもしれないから、やっぱり王道を選ぼうと思ったのだ。それなのに。
「玲、桃好きだもんね」
優しい甘さを物語るような色合いは否応なしに玲の心を惹きつけて、期間限定の文字が天秤を余計に揺らす。次に来るときには無いかもしれない。けれどその次がそもそも無いかもしれないのだ。理性は、思い出になるように定番を選ぶべきだと語りかけている。本能の手を取れるだけの勇気はまだ玲には無い。
「じゃあさ」
玲の様子を眺めていた友子が口火を切る。
「あたしもストロベリーチーズケーキ食べたいからさ。あたし頼むから半分食べなよ」
「えっ……」
友子の方を見ると、いつもみたいにさっぱりとした横顔。そこに嘘はひとつも無くって、だからこそ容易にはその提案を受け取れない。数日前、玲の隣でメニューを覗き込みながら、どれにしようかと悩んでいた瞳のきらめきを知っている。
「だめよ」
視線をメニューに戻しながら、彼女から目を逸らしながら玲は答える。
「そうしたら、くまちゃんが食べたい味、食べられなくなっちゃうじゃない」
そう、私のためにくまちゃんが我慢するなんてだめ。玲は強く思う。だってもう十分すぎるほどだから。人々の賑わいも、眺めるだけで心が華やぐショーケースも、あの病室では望むべくもないものだったから。受け取りすぎているのだ。きっと。
顔を背けたままの玲の背を、友子がぽんと叩く。
「うん、だからさ。今度来るときははあたしが食べたいやつ、玲が手伝ってよ」
今度。それは知らない言葉みたいに玲の胸の中に落ちた。波紋は彼女の心を揺らす。
「今度?」
友子を見返す玲の瞳。普段は大人びてみえる彼女が、驚いたときに子どもみたいに無防備になることを友子はよく知っていた。その無防備さにつけこむような気持ちで、友子は続ける。
「そう、今度。だって一回じゃ物足りないでしょ?」
「そうですよー! わたしもまた来たいです!」
友子の後ろから、茜の援護射撃。小夜子も黙って頷いている。玲は三人の姿を見て、その響きを慈しむみたいに呟いた。
「今度……。うん、今度ね」
気の置けない仲間と、店先でアイスクリームを食べること。それは玲の人生の外側にあったはずのもの、そう思っていたのは彼女だけだったのかもしれない。皆の笑顔が、玲が勝手に並べたハードルを、軽々飛び越えていく。こんなにも簡単に。
今度。その言葉はまだうまく飲み込めない。一旦は受け取れても、きっと時たま、幼い頃の届かなかった願いを思い出し、ずきずきと痛みだす。もしかしたら来ないかもしれない今度に手を伸ばすことがおそろしくなることもあるだろう。けれど、皆と一緒にいれば、いつか当然みたいな顔で、約束を交わせるようになる気がした。