Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    kuromituxxxx

    @kuromituxxxx

    文を綴る / スタレ、文ス、Fate/SR中心に雑多

    ☆quiet follow
    POIPOI 53

    kuromituxxxx

    ☆quiet follow

    無数に存在する並行世界のひとつにて、転生できる魂を持つアベンチュリンとその専属医になるレイシオのはなし

    #レイチュリ
    Ratiorine

    【レイチュリ】明日の僕もどうか愛していて 1 明日にはきっと僕は君のことを忘れている。


     ああ、早く。早く終わればいいのに。
     今日もまた閉め忘れたカーテンから差した陽の光で目を覚ます。朝の透明なきんいろの光の中で瞼を開くのは孤独を確かめることによく似ている。そこにあるのは自分ひとりだけの体温で、ひかりの中にいてもそれに自分の輪郭が溶けることはない。
     アベンチュリンは枕元に置かれた端末に手をのばす。
     液晶に表示された今日の日付を確認する。僕の記憶が確かなら、三日飛んでいる。
    「僕は今回も死ねなかったのか」
     ぽつりと零した言葉も朝の光の中に落ちて溶けてどこかへ行ってしまう。
     ベッドから抜け出して、ひた、と床に裸足の足を着ける。痛みはない。洗面所で鏡を見れば記憶の中と寸分変わらぬ姿かたちのままの自分がいる。平均的な男性より幾分小柄で痩身のからだ、窓から差していた光に似たきんいろの髪、そこから覗くピンクと水色のまるい瞳、首元には奴隷の証である焼印。鏡で自分の体を隈なく確認してみたけれどひとつとして傷痕はなく、だから今回も僕は前回の自分がどう死んだのかがわからない。何度死んでもどうしてか、死んだときのことは思い出せないのだ。

     この世界には死なない人間が存在する。正確には死ぬけれど転生できる魂を持った人間、だ。それも、こどもの内という限定的な時間に於いて。
     そういったこどもたちは『幸運持ち』と呼ばれ、しばしばおとなたちの争いや娯楽の為の道具になる。死なない、使い回しのきく、それでいて死なないことがわかっているから無茶な作戦や要望を押し付けることもできる、何とも便利な駒。
     僕もそんな『幸運持ち』のうちのひとりだ。
     自分がそうであることに気付いたのは故郷である辺境の砂漠で僕の一族が皆殺しにされる事件が起こったとき。僕だけが生き残った。一緒に逃げたはずの姉は隣で冷たくなっていた。
    『幸運持ち』のこどもは見つかれば高確率で闇市場行きだ。一族の残骸の中から見つけ出された僕は奴隷として売られ、しばらくは賭け事の為の殺し合いをさせられ、おとなたちの娯楽の為の道具になった。
     僕は『幸運持ち』の中でも異質な体質らしく、死後すぐに、それも死んだときと同じ年齢、姿かたちで生まれ直すことができた。普通は死んだら再び母親の胎内からやり直しになるのだ。
     最初に『幸運持ち』が発見されたのは何度目かの大戦後、両親とは全く異なる容姿のこどもが各地で数多く生まれたのがきっかけだった。研究によりそのこどもたちが両親の遺伝子を受け継いでおらず、その後成長した彼らと全く同じ容姿の人間が過去に存在したことが判明。転生する魂を持つ人類は『幸運持ち』と呼ばれるようになったが、親の遺伝子を受け継がない彼らはその呼称に反して忌み嫌われる存在となり、おとなたちの道具になるのはあっという間だったとか。
     死んだときと同じ姿かたちですぐに生まれ変わる僕は一見すると不死身、付いたあだ名は『死なないこども』。けれどどんなにぼろぼろの無残な状態で死んだって、次に目を覚ますときには体だけは別の綺麗なものになっているから、一応ちゃんと転生してはいるのだ。けれど死んだときの記憶はない。それから体が新しいものになる度に前回まであった記憶は少しずつ欠落していく。普通は生まれ変わってもそれまでの記憶は大凡保持したままなのだ。そうでなければおとなになることができないから。
     突然変異種の人類である『幸運持ち』はこの世界の切り札でもあり、世界の外側に行くことも知ることも禁じられている。情報はおとなたちによって統制・制御されているのでどこまでが本当でどこからが嘘なのか確かめる術もない。
     だから僕にとって世界はまるで大きな牢獄で、この道具として使い回されるだけの人生をおとなになるまでか、もしくは幸運に見放されて命が途切れるか、そのいずれかのときがやって来るまで繰り返さなくてはならない。今はもう奴隷ではないけれど、結局のところ他人に管理される命であることに変わりはない。
     そうして僕は何度も自分の命をチップにする。
     これで終わりになれと願いながら。
     待っているのはいつも終われなかった生にがっかりするだけの朝だけなのだけれど。


       ◆

    「専属医……?」
     いや、いらないけど、そんなもの。言い掛けて飲み込んだけれど心の声はジェイドには筒抜けだっただろう。
     目覚めた僕がまず呼び出されたのは直属の上司であるジェイドの執務室だった。
     彼女はにこりと微笑んで「残念だけど坊やに拒否権はないの」と言い放つ。まぁ、そんなことも言われなくても解っているけれど。
     ジェイドは僕をこの組織に引き入れた人間であり、僕に関することの決定権の殆どを彼女が握っている。
    「死んだとしてすぐに転生できるんだから僕に医者なんて必要ないだろう?」
     すぐに転生する僕にとって長期療養が必要になるような怪我をするくらいなら自害した方が早い。そうやってやり過ごしてきたことも何度もある。
    「最近目覚めるまでの時間がだんだん長くなってきているでしょう?」
    「まぁ……」
     死んでから生まれ直すまでに掛かる時間が長くなってきていることは薄ら気付いていた。幼い頃はそれこそ死んだことにも気付かれないくらいすぐだったのがだんだんと数時間、一日、と時間が掛かるようになり、今回は三日だった。
    「『幸運持ち』のこどもたちの中でも貴方は特殊なケースなの。今後も同じような体質を持つこどもが現れるとも限らない。だから私たちは今のうちにできるだけ多くのデータをとっておきたいの」
    「僕を実験ネズミにでもするつもりかい?」
    「これは坊やの為でもあるの。現状を知っておくことで任せられる任務も変わってくるわ」
    「僕はいつ終わったって構わないけど上はそうもいかないもんねぇ」
     はは、と笑って悪態を吐いた僕にジェイドははぁ、と溜め息を吐く。
    「私はただ坊やにちゃんとおとなになって欲しいのよ。とりわけ危険な任務にばかり向かわせておいてこんなことを言っても信じてもらえないかもしれないけど」
    「君には感謝しているよ。でもね、正直もう疲れたんだ。多くの『幸運持ち』が望む、おとなになって本当の死を迎えることも僕にとってはもうあまり魅力的なことじゃない」
    「けれどまだやりたいことだってあるでしょう?」
    「うん、まぁ……それはそうなんだけど」
     やりたいこと。そう聞いて脳裏に浮かんだのは一族の仇を討つこと。けれどそれはやりたいことというよりはやらなければならないことに近かった。
    「そうだね、僕はまだ死ねない」
     手のひらをきゅっと握り締める。何度死を迎えても消えることのない、動かなくなった姉さんの、自分の手と繋がれたままだった手のひらの冷たさ。
     姉さんも『幸運持ち』である可能性に懸けていたこともあったけれど、姉さんはおろか、僕たちエヴィキン人特有のネオンのように鮮やかなこの瞳と同じものに出会う機会は終ぞ訪れなかった。
     どうして僕だったのだろう。僕だけだったのだろう。僕でなければだめだったのだろう。
     そんな問いを何度自分にしただろう。
     死んで、生きて、戦って、また死んで、それでもまた生まれる。繰り返したところで誰もいないのに。永遠の孤独をただひとりで行き来するだけの生。
    「そういえば今回はどんな死に方だったんだい?」
    「聞かない方がいいと思うわ」
    「いつもと大体同じってところ?」
    「そうね。でも見つかった残骸はこれまでで一番少なかったわ」
     見つけられないのは困るから程々にして、と彼女は言う。
     僕の新しい体は死んだ体と入れ替わりのように現れるのだ。
     もはや母親の胎すら通過しない僕の何度目になるのかもわからないこの命は一体この世界の何をよすがとしているというのだろう。生きているのに幽霊みたい、だ。


    Tap to full screen .Repost is prohibited

    kuromituxxxx

    PROGRESS無数に存在する並行世界のひとつにて、転生できる魂を持つアベンチュリンとその専属医になるレイシオのはなし
    【レイチュリ】明日の僕もどうか愛していて 1 明日にはきっと僕は君のことを忘れている。


     ああ、早く。早く終わればいいのに。
     今日もまた閉め忘れたカーテンから差した陽の光で目を覚ます。朝の透明なきんいろの光の中で瞼を開くのは孤独を確かめることによく似ている。そこにあるのは自分ひとりだけの体温で、ひかりの中にいてもそれに自分の輪郭が溶けることはない。
     アベンチュリンは枕元に置かれた端末に手をのばす。
     液晶に表示された今日の日付を確認する。僕の記憶が確かなら、三日飛んでいる。
    「僕は今回も死ねなかったのか」
     ぽつりと零した言葉も朝の光の中に落ちて溶けてどこかへ行ってしまう。
     ベッドから抜け出して、ひた、と床に裸足の足を着ける。痛みはない。洗面所で鏡を見れば記憶の中と寸分変わらぬ姿かたちのままの自分がいる。平均的な男性より幾分小柄で痩身のからだ、窓から差していた光に似たきんいろの髪、そこから覗くピンクと水色のまるい瞳、首元には奴隷の証である焼印。鏡で自分の体を隈なく確認してみたけれどひとつとして傷痕はなく、だから今回も僕は前回の自分がどう死んだのかがわからない。何度死んでもどうしてか、死んだときのことは思い出せないのだ。
    3220

    related works

    recommended works