恋のキューピッド 小話2「いやー、海老名と2人で会うのは久々な感じがするなぁ」
「そうだな。最近はタイミングが合わなかったもんな」
俺は海老名と佐々木の恋のキューピッド。
だから、大学生になっても2人の恋愛相談に乗ってあげてる。男同士だから、他に相談する人がいないのと俺は2人の性格をよく分かってるから、一番的確なアドバイスができる。いやー、アフターフォローも完璧な優秀過ぎる恋のキューピッドだなぁ、俺。
「あ、もちろん佐々木には俺と2人で会うこと言ってないよね?」
「言わないよ。言うと俺もめんどくさいことになるし」
こんな完璧な恋のキューピッドなのに、佐々木は俺と海老名が2人で会うのを嫌がる。というか、海老名が男と2人きりで会うのが嫌らしい。どんだけ嫉妬するんだよって感じだよな。まぁ、高校時代からそうだったけど。
「なんて言って、今日予定空けたの?」
「バイトって言った」
「え、それバレるくない?だって、海老名のバイトの送り迎え、佐々木してるでしょ?」
そう、佐々木のやつ、恋人のバイトの送り迎えしてるんだぞ?さすがにこの話聞いた時は引いたわ。だって、同棲してるわけじゃないし、佐々木と海老名の家、バイクで30分くらいかかる。なのに、送り迎えをするってさすがに過保護すぎ。最近は俺と海老名の説得で迎えだけになってる日も多いらしいけど。
「まぁ、でも今日は大丈夫」
「えー、あいつ、絶対迎えくるぞ?あ、でも、早上がりだったって言えばなんとかなるか」
「というか、昨日喧嘩したから迎えこない」
「は?」
え、え?喧嘩?
「……あっ、びっくりしたー。喧嘩って言ってもいつものあれっしょ。海老名が一方的にキレただけっしょ?」
「いや、マジの喧嘩」
「……え?」
いやいや、ありえない、ありえない。あの佐々木が海老名に怒るとかないでしょ。いつもこの2人の喧嘩って言うと、海老名が怒って、佐々木が自分に非があろうとなかろうと全力で海老名の機嫌を直しにいってる。
「……マジで言ってる?」
「うん」
「てか、喧嘩してるのに、俺と2人で会うのまずくない?」
「まずくないだろ。大体、何日も前から予定してたんだから、佐々木と喧嘩したくらいで今更予定変更しないし、俺と栗林の約束なんだから、佐々木は関係ないだろ」
あー……、海老名、結構怒ってるみたいだな……。でも、この状況バレたら、俺絶対佐々木に怒られるよなぁ……。
「と、とりあえず、なんで喧嘩したか教えてよ……。あ!待って、その前にスマホチェックさせて!」
佐々木は海老名と喧嘩すると、いや、正確には海老名の機嫌を損ねると高確率で俺に電話をしてくる。毎度毎度「どーしよ……、嫌われたかな……?」、「やばい、俺、海老名に嫌われたら、生きていけない……」だの言いながら、俺に相談してくる。正直、めんどくさ……、いや、なんでもないです。
でも、今回は電話が来てない。え、佐々木もガチで怒ってるのか……?
「どーした?今日、他に予定でもあんの?」
「あ、いや!大丈夫……。で、なんで喧嘩したの?」
「……佐々木が口答えしてきたから」
「うん?」
「あいつ、絶対いつもは俺が怒っても言い返してこないのに、昨日は言い返してきたから、すげームカついた」
「あー……、海老名さん、一から説明してくんない?」
海老名は怒ってたせいかいつも以上に説明が下手くそだった。
要約すると、海老名は最近、佐々木が恋人じゃなくて孫に接するかのように自分に接してきたのが嫌だった。んで、昨日佐々木の家でテレビ見てたら、「そんな近くでテレビ見ちゃダメだよ」って言われて、少しイラついてた後、9時くらいにコンビニに行こうとしたら、「こんな遅くに外出ちゃダメ」って言われて、キレたらしい。で、散々文句言ったら、佐々木が「海老名だって俺のこと、恋人だと思ってないじゃん、友達だと思ってるでしょ」って言ってきて、喧嘩したらしい。
「あー……、なるほど……。実際、海老名は佐々木のことちゃんと恋人だと思ってるの?」
「思ってるに決まってるだろ。でも、互いに恋人として接してもらってないって思ってるなら、付き合ってる意味ないだろ」
「うーん……」
「もう別れるかもな」
「えっ!?ちょ、ダメだって!何言ってるの!?」
「声でけーよ。……だって、佐々木、俺のこと恋人だって思ってないし」
「いやいや……、思ってるでしょ……。佐々木がどんだけ海老名のこと……」
俺が佐々木のことを庇ってあげようとすると、俺のスマホが鳴った。画面を見てみると佐々木からの電話だ。タイミングが悪すぎる。
「いいぞ。電話出ろよ」
「あっ、うーん……、ありがとう」
海老名は誰からの電話か分かっていなかったから、俺に電話していいと言ってくれた。俺は海老名と話していたファミレスから出て、電話に出た。
「もしもし。……佐々木?」
「……栗林、……うぅ……、俺、……うっ」
「え、泣いてんの?」
「……っ、ふっ……、俺……、もう無理かも……」
えぇ……、喧嘩したって言うから佐々木も珍しく怒ってるかと思ったら、大号泣じゃん……。全然俺に連絡してこなかった理由ってまさか泣いてたから?これでも泣き止んだ方なの……?
「ちょ、泣くなって。あー、もー……。この前俺と喋った駅前のファミレス覚えてる?」
「……うん……、なぁ、俺……」
「いいから、そのファミレスに今から来いよ。いい?俺が来ていいって言うまでファミレスの近くで待機してろよ?」
「……で、でも、俺……、うぅ……、こんな顔で、家から出れない……」
「女子かよ……。早く来いって。俺がタイミング見計らうから、ファミレスの近くに着いたら、連絡しろよ?絶対勝手に中には入ってくるなよ」
「……分かった……」
大丈夫かよ、こいつ……。
俺は電話を切って、海老名のもとに戻った。
「あ、大丈夫だった?あれなら、そっち優先してもいいぞ」
「大丈夫じゃなかったけど、大丈夫」
「なんだそれ」
「んで、喧嘩した後、どーしたの?家帰ったの?佐々木怒ってたの?」
「すげー質問してくんじゃん。あー……、喧嘩した後は……時間遅かったから、あいつが家から出してくれなくて、仕方なく泊まった。佐々木は謝ってきたけど、ムカついたから無視した」
「無視するなよ。ちゃんと話し合うべきだっただろ?」
「いや、だってあいつ!……あー……、俺が嫌がることしたし……」
「何?嫌がることって?」
「もういいじゃん。他の話しようぜ」
俺は佐々木が来るまでの間に事情を聞いて、海老名の気持ちを整理する必要があった。でも、海老名は何かを隠そうとするし、何かにつけては他の話をしようとした。俺はそれでもグイグイ喧嘩について聞き出そうとした。
そんなこんなしてると、佐々木から「着いたけど」って連絡が入った。
「……栗林、もういいだろ?いつまで喧嘩の話すれば気が済むんだよ……。早くお前の大学生活の話聞かせろよ」
「あー……、その前にトイレ行ってきていい?」
「あぁ、どうぞ」
俺は佐々木からも少しだけ話を聞きだそうとファミレスから出た。
俺たちがいるファミレスはショッピングモールの中にあるから、佐々木もきっと同じ階にいると思って、ぐるっと回ったけど、どこにもいなかった。電話もかけてみたけど出ない。とりあえず、「まだファミレスの中入るなよ。電話早くかけなおせ」とメッセージを送って、仕方なく、ファミレスに戻ると、最悪な光景が目に入ってきた。
「……おい、何してんだよ……」
本当に最悪。俺がせっかく上手く仲直りさせてやろうと思ったのに。
「あっ!栗林!」
「海老名、今は俺以外の名前呼ばないでよ。俺だけ見て、ちゃんと話し合おうよ」
佐々木は4人掛けのボックス席の海老名の隣に座って、壁側にいる海老名を壁ドンしていた。近すぎるだろ……。襲ってるようにしか見えない。……てか、それ以前になんで佐々木がここにいるんだよ。それに、ここファミレスだぞ?公共な場ですけど?さっき、ドリンクバー取りに行く女の人、こいつらのこと凝視してたぞ……。
「……佐々木、海老名から離れろって」
「でも、」
「でもじゃないだろ。目の前の恋人が嫌がってるの分かるだろ?」
そう言うと佐々木はしぶしぶ海老名から少し離れた。佐々木はよく「海老名の嫌がることはしたくない」って言ってるから、俺の言葉が響いたんだろう。
「まったく、お前ら何してんだよ」
「……てか、なんでここにこいつがいんの?」
あ、やべ。俺が海老名の気持ちが整理できてから、佐々木のこと、呼ぼうと思ってたのに、佐々木がすぐ来たせいで海老名になんの説明も出来てない。というか、この状況さらに喧嘩悪化させない?
「あっ、いや、それは……」
「俺、帰るわ。どけよ」
やばい、言い訳も出てこない。たまたま佐々木が来たなんて言えないし……。そもそも、俺嘘つくの苦手なんだよな。しかも、海老名曰く俺大根演技らしいし……。
「海老名、待って。ちゃんと話したい」
「昨日話しただろ。もういい。帰るって。お前が邪魔で出れないんだよ」
「海老名。俺はちゃんと海老名のこと恋人だと思ってるし、昨日は」
「いいって。どいて」
「海老名」
「これじゃあ、昨日と一緒じゃん。何?反省してないの?」
「あっ、いや……、でも、俺、どうしても」
あー、やばいやばい。修羅場か?これが俗にいう修羅場?
「えっと、ほら、海老名さん。まだご飯食べ終わってないし、もう少しここに居れば?俺の大学生活の話もまだしてないし……」
「栗林がこいつ呼んだの?」
「あー……、……うん」
「じゃあ、責任取って俺が帰るの手伝って」
「えぇ……」
あー……、最悪……。もう現実逃避しようかな。俺、後でデザートも食べよっと。
「ちょ、触んな」
「ごめん、でも、俺、海老名と仲直りしたい」
「俺はいい。顔も見たくない」
「……ごめん」
うわぁ……。……デザート何頼もうかな。
「海老名、目腫れちゃった……?」
「……っ!うっさい、ばか!どいて!」
「え、あ、海老名、ごめんって……」
海老名の目?泣いてたの佐々木じゃね?うわ、佐々木マジで目腫れてんじゃん。……あー?海老名も少し腫れてんのか?え、海老名も泣いたの?どーゆー状況?
「栗林、早くこいつ移動させろって」
えぇ……、ここでパスまわってくるの……?
「とりあえず、場所変えようぜ……。佐々木の家でいいだろ?佐々木、バイクでここまで来た?」
「……うん」
「じゃあ、先帰ってろよ。俺と海老名、まだ食べてるし。後で電車でそっちまで行くから、家片付けておいてよ」
「え!?いやいや、海老名は俺と一緒にバイクに乗って帰るって!」
「……この状態で……?」
「だって、俺以外の男と電車に乗るなんて……。もし、電車が揺れてうっかり海老名に壁ドンしちゃってフォーリンラブしたらどうするの!?」
「相変わらず妄想やばいな。俺が海老名に惚れることは絶対ないって」
「分かんないだろ!?こんなに可愛いんだから!」
アホすぎる……。俺、お前らの恋のキューピッドだぞ?海老名に惚れるわけないじゃん……。にしても、年々妄想がやばくなってるのどうにかして欲しい。
結局、その後も佐々木は色々言ってきたけど、海老名が「早く行けよ。家でちゃんと話し合うから」って言ったことによって、しぶしぶ先に家に帰ってくれた。にしても、海老名もなかなか機嫌直さないけど、佐々木もかなり拗らせてるなぁ……。
「ったく、佐々木呼ぶなよ」
「ごめん……。良かれと思って。でも、俺だってあのタイミングで来ると思ってなかったから」
「……栗林帰ってくるの早いなぁと思って顔上げたら佐々木いてびびった。しかも、そのまま、すげー距離詰めてくるし、マジないわ」
「あー、それは俺の責任っすね……。でも、海老名が喧嘩っていうから佐々木も怒ってるかと思ったけど、すげー謝ってたじゃん。いつもみたいに許してあげたら?」
「いつもとは違うし。昨日は俺が泣くまで謝らなかったもん」
「……泣いたの?」
「だって、俺が怒っても佐々木がずっと子ども扱いしてくるし、その後、俺の言うこと聞かずに……俺の嫌がることしてくるし……」
「……えーと?」
海老名がさっきまで俺に隠そうとしてたことは喧嘩して泣いたってことだったっぽい。佐々木が海老名の目について触れてきたからもう隠すのを諦めて、俺に全部話してくれた。
海老名の話曰く、佐々木が言い返してきた後、海老名は自分の家に帰ろうとして、玄関まで行ったけど、佐々木が海老名の両手を壁に縫い付けて、「夜遅いから絶対に外出さない」って言って、そこでまた喧嘩したらしい。んで、どんだけ海老名が抵抗しても佐々木が手を離さなかったし、珍しく佐々木が威圧的だったから、泣いたらしい。
「うーん、でもそれって夜遅いからは言い訳で、本当は一緒に居て欲しかったとかじゃないの?」
「それでもいつも子ども扱いしてくる。最近なんて俺がずっとお菓子食べてたら注意してきたし。俺は子どもかよ」
「いや、海老名も大分子どもみたいなことしてるけどね?」
「……うるせー。いいじゃん、大学生なんだから好きなだけお菓子食べても」
あー……、佐々木が子ども扱いする理由も分かるかもな……。でも、子ども扱い以上にちゃんと恋人として接してる気がする。逆に、海老名は片思いを経験してないし、惚れた時点でもう付き合ってるっていうイレギュラーなケースだから、割と友達の延長線上で佐々木のことを見てる気がする。今回は海老名がなんとかしないとかもなぁ。
「海老名は佐々木といる時、どんな感じなの?」
「どんな感じって言われても……。普通だよ」
「今みたいな感じ?」
「んー、まぁ、そうだな」
「俺と居る時と佐々木と居る時、一緒なの?」
「そんな大差ないだろ」
「海老名、それが友達として見てるって言われる所以なんじゃないですか?」
「……でも、……それなりにスキンシップ取ってるし」
「海老名、誰とでもスキンシップ取る方じゃん」
俺の肩にもよく手をまわしてきたし、仲良いやつには自分から抱きつきに行ってたし、上野に関しては一時期恋人かなってくらいよくハグしてた。マジ佐々木がどんだけ嫉妬してたか知らないんだろうなぁ。俺、毎回佐々木のフォローしに行ってたんだからな。本当に感謝して欲しい。
「それに、佐々木からのことが多いんでしょ?」
「……まぁ、そうだな……」
「ほらー、もー、海老名から行動しないとダメじゃん。佐々木だってたまには愛されたいわけよ」
「でも、別に俺は佐々木のこと友達だと思ってないし」
「海老名さん、もっと意識してあげないと佐々木君が可哀想よ」
「してるって。ただ、……俺からはちょっと……」
「えー、きっと喜んでくれるよ」
「いや、そうじゃなくて。だって、俺からするとあいつ調子乗るから……」
あっ……、察し。海老名がデレたら、そりゃあ佐々木はそれ以上にデレデレになって、周りが見れなくなるもんな……。
「あー……、でも、スキンシップじゃなくても、恋人だからこそすることもあるじゃん」
「例えば?」
「恋人を最優先するとか。海老名は他の人の誘い断って、佐々木を優先したりしてるの?」
「……して……ないかも」
「ほら、そーゆーとこよ。佐々木は海老名第一主義者だから、サークルの飲み会断って海老名のバイトの送り迎えしたりさ、」
「え、なにそれ。聞いてないけど」
あ、やべ、やらかしたかも。佐々木と2人で飲みに行った時にそんな話したから、サラッと海老名に話しちゃったけど、普通にこれ教えちゃダメなやつか……。だって、すげー重い男だし、自分のせいで飲み会断ってるなんて知ったらちょっと嫌じゃない?やべ、やらかした。
「あっ!いや、前にね!1回だけそーゆー話してたかなーって!1回だけね!」
「……俺って、恋人として全然ダメなんかな」
「え……?」
「今回は俺も悪かったけど、佐々木だってひどかった。……でも、喧嘩した理由はやっぱり俺、いや、佐々木が俺のこと子ども扱いしたのがいけない」
「でも、海老名は少なからず、恋人として佐々木にちゃんと接してあげれてなかったと思ってるんでしょ?」
「……少しは」
「じゃあ、ちゃんと謝んないとじゃないの?」
「……お前も俺のこと、子ども扱いすんのかよ」
「そりゃあ、海老名ちゃんはテレビ近くで見ちゃったり、お菓子いっぱい食べちゃうもんね」
「めっちゃムカつく」
「はは、ごめんって」
ふー、とりあえず、海老名の方はなんとかなりそう。
俺と海老名はご飯を食べ終えた後、ファミレスから佐々木の家に移動した。ただ、今の佐々木は多分話ができない状態だから、海老名には近くの公園で待っててもらって、俺が先に佐々木の家に行った。
「よっ!」
「……え?海老名は?」
「先にお前から話聞いとこうと思って」
「え?まさか海老名1人にしてきたの?は?何してんの?今どこいるの?」
「ちょ、待て待て、落ち着けって!」
家から出ようとする佐々木をどうにか抑え込んで、無理矢理ベッドに座らせた。マジでこいつ、海老名のことになると余裕なさすぎ。
「……なんですか?」
「あからさまに不機嫌になるのやめて。海老名も仲直りしたいっぽいけど、お前のことまだ怒ってるみたいだよ。珍しいじゃん。佐々木が海老名に怒るなんて」
「怒ってないよ。ただ、俺は海老名のこと恋人としてめちゃくちゃ大切にしてるのに、全然伝わってないんだーって思ったら、ちょっと……いじけちゃって。でも、いくらなんでも無理矢理したのは悪いと思ってるよ」
「無理矢理した?何を?」
「え?海老名から聞いて……聞いてないか。言わなそうだもんね。海老名なんて説明したの?」
俺は海老名から聞いた話を適当に要約して話した。佐々木はしんどそうな顔をしながら聞いてたけど、定期的に相槌を打っていたから、間違った情報ではないみたいだった。
「なるほど……、あー、俺本当に最低だわ……」
「それで無理矢理したっていうのは?」
「その……、海老名と玄関で話した時、俺も海老名を引き留めるので必死だったから、俺がいかに海老名のこと好きか伝えるために無理矢理キスしちゃった……」
「あー、まぁ、それぐらいなら、別に良くない?」
「いや……、思いっきりがっついちゃった……」
「……というと?」
「……腰ぬかしちゃうレベル……」
「うわ……」
「海老名が泣きながら腰ぬかしたから、そのまま抱っこしてベッドまで運んだら、余計に怒らせちゃった……」
うっわ、むしろ海老名よくそんなことされて許そうと思ったな……。俺、圧倒的に海老名の味方になったわ。というか、海老名が隠そうとしてたのは、泣いたことプラス佐々木に無理矢理キスされたことか。
「……佐々木、ひたすら謝るんじゃなくて、ちゃんと話し合えよ。海老名が話し合うって言ってくれたんだから」
「……うん」
「とりあえず、海老名呼ぶか……。……そのまま、俺、帰っていい?」
「……仲直りの手助けしてください。お願いします」
あー……、許可取らずにこっそり帰れば良かった。失敗した。
「……どうも」
「あっ、海老名……、そのっ、」
「座っていいっすか?」
「あ、う、うん、もちろん!えっと、ここ座っていいよ!」
「お前の隣はちょっと……」
なんだこれ。俺、カップルの仲直り前に立ち会いたくなかったよ。しかも、海老名、俺の隣に座ってくるなよ……。佐々木の目が怖いので。
「えっと、……海老名。俺、昨日は自分の言いたいことだけ言って、海老名の話を聞こうとしなくてごめんね。それに海老名が嫌がることもしちゃってごめん」
「……いや、俺こそ……」
「冷静になって、海老名の意見を受け入れた上で、俺の話、聞いてくれる?」
おぉ、さすが根は優しくて、頭が良いだけある。仲直り導入の完璧な例って感じだ。ただ、さっきまでの動揺が一瞬でなくなるのを傍から見てる立場としては完璧すぎてちょっと引いてるけどな。
「昨日も言ったけど俺は海老名のこと恋人として接してるつもり。でも、もし、子ども扱いされてるように感じたなら、これからはそう思わせないようにするから。……ただ、俺、海老名に何かあったら困るから、どうしても過保護気味になっちゃうの。多分、それが海老名に子ども扱いされてるって感じさせる要因だと思うけど、俺が過保護になっちゃうのは許して欲しい。海老名のこと大好きだから、心配しちゃうの」
「……分かった」
「良かった、ありがとね」
おー、すげー。もう俺いらなくないっすか?なんであの時引き留めたんだよ。俺、手助けしなくても佐々木完璧じゃん。
「あと、俺が友達扱いされてるって言ったのは、その、もう少し甘えて欲しいなぁとか頼って欲しいなぁ的な意味だから気にしないで。ごめんね」
「いや……、俺がもっと佐々木のこと、特別扱いするべきだった……。栗林と話して確かに俺、佐々木と友達の扱いとか接し方とか似てたと思うし、……それでも、お前のこと誰よりも信頼してるつもり……です」
「そっか。ありがとね、色々考えてくれて。海老名は世界で一番完璧な恋人だよ」
「そんなことないから、昨日俺に言い返してきたんだろ?ちゃんと俺の嫌なとこ言ってよ」
……気まず。俺、帰りたいよ。帰っていいかな?てか、さっき普通にデザート頼めなかったし。仲直りしたら、俺に菓子折りくれないかな?
「……できれば、もっと俺のことだけ考えて欲しいとか思うけど、今は今で幸せだよ。俺は海老名と恋人ならそれで充分」
「もっとちゃんと口に出してよ。俺、言われなきゃ分かんない。それに、今しか言うチャンスないからな。お前のして欲しいこと今言えばちゃんと前向きに検討してやるから、ちゃんと全部俺に言えよ」
「え、本当に?」
「ん」
……おっと、雲行き怪しくないか?海老名は気づいてなさそうだけど、佐々木絶対今妄想やばいぞ。佐々木の海老名にして欲しいことなんて大量にあるだろうし、なかなか過激なやつもあると思うぞ……。
「あっ!じゃあ!あー……、……毎日好きって言って欲しいです」
絶対最初違うことお願いしようとしてたな、こいつ。さすがに昨日無理矢理キスしたから、まだ控えめなやつにしたんだろうけど。
「あ、あと、電話切る時も好きって言ってから切って欲しいし、」
「ちょ、待って。そーゆー話じゃなくて…………そーゆー話なのか?」
佐々木のよく分からない要望に対して、海老名も混乱したようで俺の方を見て聞いてきた。正直俺もなんの話してたか忘れた。
「えーと、まぁ、それで佐々木が納得するならいいんじゃない?」
「……そーゆーもん?俺、毎日好きって言えば恋人扱いしてることになる?」
「いや、俺に聞かれても……」
俺と海老名の頭じゃ佐々木の話についていけない。チラッと佐々木の方を見ると、デレデレした顔で海老名のことを見ていた。どうせ困ってる海老名の顔見て可愛いって思ってるんだろうな。
「……分かった」
「本当に!?えー……、嬉しい……。ありがとう、海老名。あ、海老名は俺にして欲しいことある?なんでもするよ」
「じゃあ、無許可で俺に触らないで下さい」
いや、このカップル温度差すごいな。片方は常にイチャイチャしてたいし、片方は触るなって……。まぁ、海老名は昨日のこともあるからあんまり近づかないで欲しいんだろうな。
「……え、あ、でも、許可取ればいいんだよね?」
「まぁ、そうだな」
「……分かった。無許可で触りません……」
なんだかよく分かんないけど、とりあえず、仲直りできた、のか……?
「じゃあ、昨日の最初の喧嘩はこれで一件落着?」
「うん、俺は海老名の気持ちが分かったし、海老名にも俺の気持ちを理解してもらえたと思うよ」
「ん。じゃあ、次な。……あ、ごめん、栗林、1回席外してもらってもいい?」
え、今更?……あー、あれか、キスされたやつか。海老名は俺がその話知らないと思ってるし、俺に聞かれたくないんだろうな。まぁ、俺の痴話喧嘩にもう巻き込まれたくないから帰るか。
「てか、俺もう帰るよ」
「え、いやいや、まだ居ろって」
え、なんで?居る必要ある?
「まだ全然栗林と話せてないし」
「あー……、海老名、また今度でいいじゃん。今日は佐々木と仲直りしろって」
「だって、何日も前から会う約束してたじゃん。なのに、」
「いいって。気にすんなよ」
頼むから帰らせてくれよ……。このカップル、クセ強すぎて、長時間一緒に居るのしんどいんだよ……。
「栗林、俺と海老名が仲直りしたら、その後、3人でどっか出掛けようよ。だから、ちょっと廊下で待っててくれない?あ、適当にお菓子食べてていいから」
うわ、佐々木め……。分かってるよ、お前の考えてることは。どうせ海老名が俺と話したそうにしてるから、俺を引き留めてるんだろ。お前、海老名がしたいっていうことは全力でさせようとするもんな……。
「……分かったよ。んじゃ、話終わったら、呼んで」
もうめんどくさくなって、俺はこいつらの指示に従うことにした。まぁ、正直、俺だって高校時代の友達と話すのすげー好きだしな。できれば、3人で仲良く話したい。にしても、恋のキューピッド様を廊下に追いやるのひどくない?なんか薄暗いし。
佐々木の家の廊下はキッチンが横にあって狭くて寒い。こんなとこに追いやるのかよ。しかも、ドア薄くて会話聞こえてくるし。でも、もう仲直りできそうだから、俺はイヤホンつけて動画でも見よーっと。
「――ばやしっ!」
あ?なんか聞こえるぞ?あいつら、仲直りしたのか?そーいや、もう動画3本目くらいだもんな。そこそこ時間経ってるか。
「栗林!!!」
「……え、ぎゃー!!ちょっと、海老名!!くっつかないで!!俺が佐々木に怒られるから!!!」
俺がイヤホンを外すと同時にドアが開いて、海老名が勢いよく俺に抱きついてきた。
マジでやばい。海老名が俺の肩に手をまわしただけで怒る佐々木にこんなとこ見られたら……ってか、完全に見られたわ。海老名を追ってすぐ佐々木が廊下に出てきた。
「あっ!海老名、ダメだって!俺以外に抱きついちゃ!」
「やだ!無理!!栗林、助けて!!」
「……海老名、頼むから俺から離れて……。佐々木に怒られる……」
これぞまさしく地獄絵図って感じだよ……。てか、なんで俺に抱きついてくるんだよ。どーゆー状況……?
「ごめんって、海老名!だから、抱きつかないで!」
「無理無理、なんで!?俺、勝手に触るなって言ったじゃん!!」
あー……、佐々木、もう手出したのかよ……。それで海老名が逃げてきたと。アホだなぁ。学習能力ないのかよ……。まぁ、俺より佐々木の方が賢いけどな!
「海老名、冷静になれって。一回俺から離れて」
「栗林……、うー、助けてよ……」
「分かったから。助けてやるから、一回離れて。ほら、俺が佐々木と話すから」
海老名はゆっくり俺から離れてくれたから、俺は佐々木の背中を押して、二人で部屋に戻った。
「何してんだよ……」
「そっちこそ、なんで俺の海老名と抱き合ってるの?」
「いやいや、抱き合ってはない……。てか、その話よりも仲直りどうなったんだよ。お前、マジで何してるの?」
「……だって、海老名が可愛いこと言うから、つい……」
「ついじゃないだろ。昨日の今日で何やってるんだよ……」
「でも、仲直りはできたし……、いいかなって……」
「それでまた喧嘩かよ」
「いや、あれは照れ隠しだから大丈夫」
「なんの根拠があってそんなこと」
「恋人だからね。さ、出かけますか」
えぇ、なんでこいつこんなに余裕な感じになったの……?
「海老名?ごめんね。ほら、出かけよ。海老名の好きなカフェ行こ?」
声をかけ終わると、すぐ佐々木は部屋に戻って、出かける準備を始めた。海老名も自分のバッグを取りに部屋に入ってきた。俺の予想では、また駄々をこねるかと思ったんだけどな。
「じゃあ、鍵かけるから、先2人とも出てね」
俺と海老名は先に佐々木の家から出て、海老名の方を見ると、少し拗ねた顔はしてるものの、怒ってはなさそうだった。
「……仲直りできたの?」
「うん、できた。悪かったな。迷惑かけて」
「いやいや、全然。にしても、……さっきのはいいの?」
「ん?」
「勝手に触られたって言ってたじゃん」
「あー……、まぁ……」
……おぉ、すげーやっぱり恋人同士なんだな。ちゃんと相手がどの程度嫌がってるか分かってる。なんだかんだお似合いなのかもな。もう付き合って3年とか経つのに、佐々木はずっとデレデレだし、海老名は海老名で別れたそうにしてないし、むしろ心地いいみたい。良かった、あの時ちゃんと恋のキューピッドになれて。
「忘れ物ない?じゃあ、行こっか。あ、栗林、今から行くとこ、ここから歩いて10分くらいなんだけど、めっちゃデザート美味しいから」
「ほー……、佐々木の奢り?」
「え?」
「俺、今日お前のために色々頑張りましたけどーー?」
「あー……、確かにそうだな……。栗林には高校時代からお世話になってますので、今回は俺の奢りだなぁ」
「よっしゃー!!」
「海老名と俺の恋のキューピッドだもんな。感謝してます」
キラキラな笑顔を浮かべる佐々木と照れくさそうな顔をしてる海老名を見ながら、俺は笑顔で2人の背中を叩いて、カフェに向かった。
ちなみに、この後、俺が海老名の背中を叩いたのを佐々木に怒られたのは言うまでもない……。