魔法の手のひらハロウィン
それはこのデカダンスシティで行われる楽しいイベントである。現実に存在しないオバケの仮装や派手な服装でシティを練り歩き、そして「トリック・オア・トリート」の掛け声でお菓子やオキソンをもらう。そんな大人も子供もサイボーグも楽しめるようなイベント事なのだ。
そして、ナツメもそれを楽しんでいる一人だった。
「組長!組長!楽しいですね!」
そう言ってリボンのついた小さなお菓子とオキソンの詰まった籠を下げて歩くのは、魔女の仮装をしたナツメだった。深い紫をメインとした三角帽とほうきの似合うベーシックな魔女である。髪もオレンジなのでハロウィンの雰囲気によく合っていた。
「浮かれ過ぎて転ぶなよ」
そう返すのはカブラギ、彼は茶色の毛皮を纏う狼男だった。だが、彼の格好は言うなれば着ぐるみのようなもので全身がふさふさとした毛皮で覆われていた。狼の頭部はカブラギ本人の顔の上に位置しており、狼の口の中から彼の顔だけが見えているような状態だった。
見る人が違えば、成人男性を食っている二足歩行の狼と言われてもおかしくない仮装だった。
「転びませんよー!もう子供じゃないんですから!」
「ナツメはナツメだろう」
「アタシが何年経っても変わらないアホだって事ですか!?」
「そう聞こえたんなら、そういう事だ」
「今ここでそう答えないで下さいよ!?」
思い出のセリフが台無しだと怒るナツメに、どうどうと適当に頭をわしわしと撫でなだめるカブラギ。
一見カブラギの対応は雑なものだが、今しがた仮装をした子供やサイボーグ達がナツメにイタズラをしようとしていたのを、鋭い眼光と表情で威圧し蹴散らしたところなのだ。
ナツメにイタズラは許さん
そう語る目だったと、同じくナツメに対して過保護気味のミナトでさえ語る程度にはわかりやすい反応だった。
加護欲なのか独占欲なのか、本人も無自覚なのだろうがこのハロウィンの日には傍迷惑である。
おかげで一部の子供は泣き出し、ナツメはカブラギの顔が怖いからだと怒り心頭になって狼の口を無理矢理閉じてカブラギの顔を封印しようとしたり、と大騒ぎしていた。
「もー!なんで組長はそんな事するんですか!ハロウィンですよ!?もっとお祭り感覚で考えないんですか!?」
「いや、しかし…」
「しかしもかかしも無いっ!!!」
「お、おう」
「…三年も居なかった組長が帰ってきて…せっかく一緒にいるんですから…楽しい思い出にしましょうよ…」
「………すまん、ナツメ」
「…わかればいいんですよっ!
ホラ行きますよ、まだハロウィンは終わってませんから!」
「…わかった」
奇跡のような出来事を起こすトリガーとなった少女の手のひらは、迷子のように目的を見失いがちな狼の手を暖かな魔法のように導く。
それは三年前も、今日も、明日からも、ハロウィンのように一夜では終わらないだろう。
「やっぱ、すごい奴だよ。お前は」
「当たり前ですよ!ずっと横で見ててくださいね!」
「ああ」
了