雨林三重狂騒曲静かな雨の止むことのないしっとりとした空気の満ちた森―――いや、木々の間が開いて明るいそこは、林と言うべきなのかもしれない。
その場所を、星の子達はそのまま『雨林』と呼んでいた。
そして、その雨林の神殿内には一際大きな蝕む闇が花のように咲いている。この花の周りに三人の星の子がそれぞれキャンドルを手にして、駄弁りながら蝕む闇を溶かそうとしていた。
…じゅー……
……じゅぅー………
「………ねー、なんでこの蝕む闇って神殿の中にまであるのー?闇だよー?ここの大精霊様のセキュリティ大丈夫かなぁー?……ってヂュリーっ!落ちたぁー」
背の高いヂュリ助と呼ばれる星の子が大精霊に失言ともとれる愚痴を溢したかと思えば、高所の闇の葉から足を滑らせて奇妙な悲鳴を上げた。
それを認識しているはずの二人からは、まったく心配されていないあたり、受け身の技術と体の頑丈さは折紙付きなのだろう。
「ちょっとー!早く戻って焼いて!せっかく焼いたのに再生しちゃうじゃんよ」
猫耳のあるローブを被った比較的背の低い星の子であるママシュが、口を尖らせながらヂュリ助に文句を言う。
こちらはこちらで根本の低いところから動こうとしない。まだ蝕む闇を溶かすのが苦手という口実で、根本まで焼いた部分を再生しないよう低所でロウソクを構えて動かないのだ。ちなみに身長が小さいのでつま先立ちで背伸びをしてロウソクを構えているので足元は震えていたりする。
その後ろで、闇の蟹が突進しようと予備動作をしているのにまったく気がついていないあたり、まだ未熟な星の子と言わざるを得ないだろう。
ヂュリ助は元の葉の上に乗ろうとするが、元々飛ぶのが上手くない部類なので、葉の上に乗ることができずに落ちるのと飛び越えるのを繰り返して、ケープの光を無駄に消費していた。
ママシュは闇の蟹に後ろからふっ飛ばされ、本来の役目の再生を止めるのを辞めて激突してきた蟹を罵倒しつつ追いかけ回していた。
結果として、二人の溶かした分の蝕む闇は先端の蕾まで元の姿を取り戻して鎮座していた。
「……………はぁー………」
深いため息をつく三人のうちの一人、もくもくと闇の葉の再生を抑えつつ上手く闇花を焼くのは、セミロングヘアの星の子、名をネーヴという。
仮面の下の眉間に皺を寄せながら蝕む闇を大きく飛び越えて宙をさまようヂュリ助や、別の蟹に激突されるママシュを横目にしていた。
「…なんでヂュリ助はそんなに滑るの…」
「わかんない!蝕む闇から変な滑る液が出てるとかー?」
「出てないよ…普通に立てるでしょ…」
「いってぇ!!!この蟹っ!許さね…ぶッへぇー!!!」
「ママシュは高いとこで大鳴きしなよ…」
ネーヴはこの三人のうちでは常識人枠だ。故に、マイペースなヂュリ助や考えるより行動派のママシュと共にいると必然的に軌道修正やまとめ役に徹する事が多い。
…ヂュリ助より若い個体のはずなのだが、なぜこんな苦労を強いられているのかと悩まなくはないが、そこは深く考えたら負けな気がしている。
ネーヴはヂュリ助とは同じ峡谷生まれで、気がついたらヂュリ助に手を引かれていた仲だ。妹と言ってもおかしくはない程度にいつも側に居る。
が、ヂュリ助本人曰く《不思議な所に落ちてしまう不可解な体質》故に、寝ていようが飛んでいようが手を繋いでいようが、ヂュリ助だけどこかに行ってしまうのだ。
当の本人はケロッとした顔でいつも拠点の島に帰って来る。だが、ネーヴは心配だ。危ない目に遭っていないか、怪我はしていないか…帰ってこれない日が来るのではと気が気でない。
だからこそほっておけなくて、今日も今日とてついて回っているのだ。
「喰らいやがれ!ぼくの渾身の大鳴きを!プアァーッ!!!」
「いや!?そんな低いとこで鳴いたら逆に………ああー………」
「ホゲブーッッッ!?」(ギシャーッ)(ボコボコー)
「ヂュー。ネーヴ、ケープの力尽きそうー。鳴いてー」
「このアホ盛りヘアーまだ乗れてなかった!ああもう!!!手間しかかからない!」
仕方なくネーヴが高所から大鳴きしてやることで、ヂュリ助のケープエナジー回復と、下にいるカニ達の転倒をこなしてやる。
カニの袋叩きに遭って水場を転げ回っていたママシュのケープも回復したらしく、びしょ濡れのママシュは元気に怒りだした。
「カニの分際で正義の光に楯突くとはいい度胸だ!この!この!」
「人が転ばせた無抵抗なカニを足蹴にできるのが正義とは、恐れ入ったわー」
「ヂュリー、滑るぅー」(とぅる〜ん)
「そっちは存在してないもので滑ってないで早く乗りなさいよ、ヂュリ三郎」
「ほんとだもん!滑る液体あるもん!ウソじゃないもん!ヂューッ!」
「山の田舎に引っ越してきたとなりの某4歳児みたいに言うな!お前の名字は草壁か!」
もはや蝕む闇を溶かす事を忘れて騒ぎ立てるだけのママシュとヂュリ助に、合いの手を入れる係となったネーヴ。…正直ネーヴは頭が痛い。
「うわーん!雨林様ー、妹がいじめるーっ」
「さっき雨林様に失礼な事言ってた奴が縋るな!」
まったく蝕む闇に乗れないヂュリ助が、飽きたのか大精霊の祭壇の方へと飛んでいく。
祈ったところで雨林の大精霊も困惑するしかないだろうに…とネーヴが呆れかけたその時、小さく「あ」と間の抜けたヂュリ助の声が聞こえた。
ネーヴはこの声を何度聞いたかわからない。
―――この声は、ヂュリ助が意図せずしてここではない場所へと落ちるときの声だ。
ネーヴがぱっと祭壇を見上げると、そこには祭壇下の床に転がるヂュリ助の生首があった。
あまりのことに声を失うネーヴに、ママシュも遅れて見上げ、固まった。
「…………」
「……………は?」
「…わーお、埋まったー」
「いや、平気なんかい!?!?!?」
「ふおおお!?!?」
思わず関西混じりのツッコミを入れたネーヴ、混乱と感嘆の混ざった言葉を漏らすママシュ。
よくよく見ると、生首ではなく耳のあたりから下が床に埋まっているような状態で、急にくるりと方向転換してこちらを向いた。
「あ、見て見て〜!動けるー」
「動けるー、じゃないよ!?気持ち悪っ!!!!何事!?」
「えええ、なにそれなにそれ!どうなってんの!?どうやってんの!?」
「興味津々になるな!このしいたけ!」
ケープを羽ばたかせながらネーヴとママシュが祭壇に移動する。
ヂュリ助(頭上半分だけ)は床を滑るように動き回っており、元々そういう生き物のようで、端的に言うとすごく気持ち悪い。
「なんだっけ…あれだ、ハリネズミ?とかいう生き物みたいだね」
「ハリネズミ見たことないけど、たぶんハリネズミに失礼だと思うよ!?ていうかヂュリ助大丈夫!?出られないの!?」
「うーん、動けるし、足元はしっかりしてるからジャンプか羽ばたけば出れると思うー。でも面白いから暫くこのままでいていーい?」
「良い訳無いでしょ!?雨林様に本気で怒られる前に出なさーい!!!」
「やーだっ」
「待て待て〜!捕まえちゃうぞ〜!」
「ママシュも遊ぶなーッ!」
この異様な事態にたまたま出くわしてしまった星の子達は不運だった。
なにせ、この先に進むために祈る必要のある祭壇前で、床を滑るように蠢く謎の生物もどきと騒がしくそれを追いかけ回す星の子二人が陣取っており、近寄りたくない状況なのだ。
この一匹(?)と二人が移動するまで、周囲の星の子達はしばらく通行止めをくらい、そこそこの人数の星の子が集まったので大きな蝕む闇は、彼らによって一瞬で溶かされたという。
この状況を、雨林の大精霊はどう見たのか。
それを知る術は無い。
無いが、どこぞの逆立つ髪をした奇妙な鳴き声の星の子が勝手に大精霊の私室に入り込んで言葉を失う未来はあったりする。
「ヂュリー、お邪魔してまーす」
了