陽だまりの手のひら突然だが、一回りは年下…しかも異性に顔を撫で回されるという体験をしたことがあるだろうか?
かくいう俺は現在進行系でされている。
ある時から俺の事務所に転がり込んできた暗田トメ、高校生の彼女が俺の顔を真剣な面持ちで触っている…というか顔面を両手でがっちりホールドして首やら頬やらを揉みしだいている。
…え?失礼とも言える行動をしてる方が雇われてる方だよね?逆だとセクハラだからそれはそれでマズいんだが、この状況は何だ???
「………えーと、トメちゃん?俺、なんかした?おーい?」
「霊幻さんちょっと黙ってて」
「アッハイ」
経験則でわかる。こういう時、男は変にツッコまずに女性が落ち着いてこっちの意見を聞いてくれるまで待つのが吉だ。下手に話しかけて刺激すると拗れて後々が非常に厄介だ。
幸い、芹沢は学校だし、エクボも事務所に居ない。更に客の予定も無い。されている事も触られる程度のもので、こちらに甚大な被害が出るような事でもない。…被害として俺の威厳とかそういうのが削られていなくもない気がするが、この状況では必要経費だと割り切ろう。
「………ズルい」
「…は?」
「霊幻さん、なんでそんなにお肌綺麗なのよ!下手な女子よりすべすべなんじゃないの!?オッサンなのに!オッサンなのに!!!」
「えーーー…」
手を止めたかと思えばこの発言である。どうにも、この女子高校生は俺の肌具合が気に食わないようだ。
俺は客と対面して話す商売なんだ。身なりを金をかけて整えなくてはならん。学生より良いものを使うから、それなりに肌質に差が出るのは仕方ないだろう。
だが、じきに三十才の男の肌は十代の艶のある肌には敵わない。これは覆ることのない人間の生物として絶対の理なので、先の彼女の評価は誤りだろう。
だが、女というものは男以上に感情で動くものだ。事実関係より自分の感じ方を重要視し、周りからの感情を受けることによって満足をする生き物だ。
ここは下手に言わずに同調しつつ相手を持ち上げるのが吉だろう。
「…んなことぁないだろ。
俺のは最近室内で業務してるからそんなに傷んでないだけで、トメちゃんらの年の子のが若くてお肌ツヤツヤピチピチで綺麗に決まってるだろうに。
あと、オッサンオッサン連呼するのは止めなさい。地味に傷付くから」
「えーっ。若い子をピチピチとか言うのはオッサンくらいじゃない。
でも、霊幻さんの肌普通に綺麗なのよ。ムカつく〜」
「ムカつくって…」
……………、正直めんどくさい。
というか、ぶーぶー言いながらも俺の頬を揉むのはなんなんだ。まだ学生なんだからもっと大人を敬いなさい。
あとキミは従業員なんだから上司に対する態度を覚えないと働いて社会に出た時に困るぞ。
「…なあ、トメちゃんや。
こんな男の顔なんかじろじろ観察して楽しいかい?」
「確かに、自称霊能力者の相談所なんて風上にも置けない商売してる人の顔なんか見ても楽しくはないかもね」
「………そう言いながらもなんで見てんの???」
物怖じせずにズパズパ言ってくるあたり、怖いもの知らずな若さを感じる回答だが…言葉と行動とが噛み合っていない。
なんだ?これも若さ故の反骨精神か?
そんな疑問を抱く俺に対するトメちゃんは酷く不満げだ。
「………そうね、なーんでこんな悪徳職業のオッサンなんか…」
「なんか色々酷い事言ってないか?
そんじょそこらの悪徳自称霊能力者と違って、俺はちゃーんと、霊『とか』相談所でお客様の問題解決してるぞ!あとオッサン言うな」
「主に霊能力じゃない方で解決してるじゃないのよ、オッサン」
「大抵の人生の悩みは霊なんか関係ないからそれ相応の対処でいいんだよ。本物の霊は芹沢らにやってもらってるしな。
それと、まだ俺はオッサンじゃないと言い張るぞ」
「じゃあ偽霊能力を語って商売してる詐欺師のオニーサン()」
「悪意を感じる言葉選びはやめなさい」
むにむにと今だに俺の頬を撫で回しながら軽口の応酬をする彼女の顔を見やる。
まだ幼さは残るが、長めのまつ毛や張りのある滑らかな頬は確実に成人の女性へと変化していく女性のそれだ。
触れる手のひらは白く透き通るようだが温かく、今は視界に入らない細く繊細な指の先には桜貝のような爪が小綺麗に並んでいる事だろう。
女性としての自覚が芽生えれば…こうして、無遠慮な子供のように触れ合ってくれるのもあと僅かな時間だけだろう。
時が来たら、こんな詐欺師のオッサンなんか脂ぎって汚い、とそう罵ってこんな薄暗い事務所から出ていくに違いない。そうして、同世代の若い青年に恋をして明るい日差しの中を歩むのだ。
当たり前のそれが、どうしてか、ひどく寂しい気がして、俺はこの太陽のような温もりに満ちた手を振り払えずにいる。
「…………トメちゃんや、楽しいかい」
「まあまあ?」
「…今は暇だし、人が居ないから良いけど、客が来るかエクボが帰ったら止めなさいよ。
俺のプライドとかが傷付くから」
「詐欺師にプライドとかあるんだ?」
「人をなんだと思ってるんだよ」
小さく「全くこの子は…」と呟いたのに彼女が眉にシワを寄せた気がしないでもなかったが、思春期の少女の小難しい心は俺には解せないのでスルーした。
少女が早く飽きますようにと思う気持ちと、まだ飽きずに居てくれたらと願う想いが綯い交ぜになった感情を抱えながら、遠くない未来に終わる時間を俺は大切に噛みしめていた。
この時に少女が胸の内に秘めた想いを終わらせたくないと願っていたのを、彼女から俺が聞くのはもっと先のお話だ。
了