ブルーメランコリー「違う」
指先で摘んだそれを、一瞥して一言。
カブラギは期待外れと言わんばかりに机にそれを置いた。
机の上には宝石のように煌めく透き通った青い石がいくつも積み上がって山になっていた。
キラキラとしたそれらは、一般的感覚としては人の心を惹き寄せる輝きを放つ宝物なのだろうが、カブラギはただの無機物の結晶として扱っていた。
「……………ハァ、七十二度目のリテイクですが、この回数に関してはいかがお考えで?」
食傷した態度を隠そうともしないジルが、カブラギの横から声をかける。
苛立ちも相まって足先で机の脚をつつき、今にもこの感情の原因であるカブラギを蹴って責め立てそうである。
「違うものは違う。俺の希望通り製造できていないそちらの落ち度の問題だろう?」
「失礼な事言わないでもらえます?このワタシが直々に手掛けてるんですから、半端な出来栄えな訳がないでしょう。
カブラギさん、アナタが文句を並べ立てているだけです」
それはそうだ。科学で成り立っているサイボーグ達から魔女とまで呼ばれたジルにかかれば大抵の問題は最適解で解かれ、なんなら更に良い問題文と解まで提示され、逆に採点してやる程だという自負はある。
その自分に依頼をしておいて、このカブラギという男は何度も是正を求めているのだ。
………めんどくさい。
ジルが安々カブラギの依頼を承諾したことを後悔しているその側で、カブラギが机の上の石のを摘み上げては戻しを繰り返していた。
そのうちのひとつをしげしげと眺めて、カブラギはぽつりと呟いた。
「…ナツメの目は、もっと青い。透き通っていて、…強い」
「全くもって理論的でない要求をどうも。
………なんなら、ナツメの生体情報から本物と寸分変わり無い眼球を形成して小型培養槽ごと渡しましょうか?」
「それじゃあ、ただのタンパク質の塊だろう。それに、持ち運びが不便だ。俺はナツメの目の輝きを常に持っていたいんだ」
こちらを見ることなくカブラギが『強いて言うなら近い』と感じるらしい石を選別しているようだが、ジルは眉間を強く指で揉み込んでいた。
そもそも感情なんて数値化の難しいものが込み入った物質の実体化だなんてどうして数日前の自分はできると思ったのか。
もういっそのことカブラギにハッキングして記憶を改竄して無かった事にしてやろうか。
しかし、自分のプライドが『出来ただろうが、やらずに逃亡した』という事実が生まれるのに拒否反応を示している訳で。
ジルの中の様々な感情が渦を巻いているのをいい事に、カブラギの望む通りになっているのが非常に腹立たしい。
ほんの少しの暇潰しとして、この男が満足する出来の物をサラッと渡して終わりの予定であったのに、こんなに厄介な事になるなんて想定していなかった。なまじ、そこそこの額のクレジットを先払いして、証人としてミナトも利用して断る道も防いでくる始末。
バグは興味を惹かれ、面白いと思っていたが、これは望んでいない展開だ。
………できるのなら契約を破棄をして高級オキソンをキメて再起動したい位だ。
「…二度とカブラギさんの頼み事は引き受けません。ええ、これは決定事項です」
「それはそれは、大変な事だ。だが、今の契約が無かった事にはならん。…せいぜい完璧に遂行してくれよ、魔女様?」
「……………やはり、世界にバグは不要なのでは…?」
どこかで聞いたフレーズを口にしながら、ジルは二週間かかけて一応カブラギの納得のいく物を完成させた。
が、
「やはりナツメはナツメだ。本物のナツメには敵わない」
というナツメ一点突破&無神経発言により、キレ散らしたジルが仕事のストライキを起こした為、一部の業務に多大な遅延が生じた。
その解決とジルの機嫌取りにミナトはひとり頭を抱える事となった。
「世界にバグは不要です」
「ジルさんんん!?なんですかそのグラサンは!?
カブっ!?何を言ったんだ早く謝れカブぅぅぅ!!!」
晴天の空の下、カブラギは自分のしでかした事なぞ何一つ気にせずに、橙の髪を揺らして駆けるナツメの瞳の美しさを眺めて、推しを謳歌していた。
尚、ミナトの着信には応じるつもりがないので通知を切っている。
「…くみちょー?どうしました?アタシの顔に何かついてます?」
「いや………やはり、宝石や空よりナツメの目が一番綺麗だと思っただけだ」
「やだもーっ!組長ったらナツメちゃんを褒めても何も出ませんよー!」
今日もデカダンスシティは、(たぶん)平和だ。
了