優しいひと。「……と、報告は以上です。」
「ありがとうルイス、ザック。」
任務完了の報告も終わり一息つく。…疲れた、上級程じゃなかったけど強かったしそれなりに怪我もしてずっと歩いてきたし。服の上から怪我をした腹を抑えればじわ…っと血が滲んでるのがわかる。あの悪魔が使ってた変な武器に細工がされてたのか刺された傷の血がいつまでも止まらない、これくらいすぐ治るのに…。
「ザック、傷大丈夫です?手当はしたけど…」
とルイスが心配そうな顔して近づいてくる、手負いなのでいくら仲間でも近づいて欲しくない。
「……いい。へいき。」
冷たく言えばルイスはそうですか、と目を逸らした。オースティンに一礼してどこかに歩いてった。…俺も帰ろ……寝たらよくなるだろ…
「ザック、おいで。僕が手当をしよう」
……は?いやいや、今ルイスにいいって言ったじゃん俺。と言いたいがこいつにはあまり逆らいたくない…というか逆らえない、がよっぽどじゃない限り誰にも触られたくない。
「…………いい、帰る」
一刻も早く離れたくて扉に向かって歩こうとするもそっと後ろから腰を触られる、ぞくっとして足が止まる。短く息を吐いて彼がいる方を見遣れば光の無い目でこちらに笑いかけている。
「帰るって、あの廃墟にかい?それは自由だけど怪我の手当だけでもしないと、次の仕事に響くよ。」
声は優しく言い聞かせるように紡がれる、それが気味悪くて仕方ない。優しいのにどこか拒否権がない。鼓動が早くなり傷が脈打って熱い。
「……手当したら…速攻帰る」
小さく零せば小さく笑って頷く、そっと腰から手が離れてこっちだよと手招きされる。それにただついて行くことにした。
彼の開ける扉の先に足を踏み入れる。落ち着いた雰囲気の部屋だ、1人用より少し大きめのベッドにアンティークな家具で統一されている。上には小さなシャンデリアがぶら下がっていている。
「早速手当をしよう、ベットに座って傷を見せて。」
ベッドを指さしオースティンは棚から包帯やなんかの液体とかを出している、さっさと終わらせてもらおうとベッドにそっと座る。スプリングが軋んで音を立てる、こういうのは慣れてなくて落ち着かない…と思いながらも服を捲る。応急手当としてルイスがガーゼをしてくれたが真っ赤になってる。
「君の回復力を持っても止まらないのは不思議だね、止まらなくなる毒でもあるのかな。」
話しながらも手際よくオースティンは傷の手当をしてく。消毒が染みる痛みや傷の痛みより疲労がきてる…早く帰って休みたいがここからいつもの場所は少し遠い。途中途中木に登って休むか…とぼーっと考えてると小さく笑う声が聞こえる
「ふふ、眠いかい?あと少しだからもう少し待ってね。」
と言われてはっとする、目が合うとにこりと目だけが笑いオースティンは部屋を出ていった。傷口は消毒されて新しくガーゼが貼られてその上から包帯を巻かれている。ざらざらする包帯をちょいちょいと触ってると扉が開いて手に何かを持ったオースティンが入ってきた。
「はい、これ飲んで手当は終わり。毒消しの薬だから警戒しなくて大丈夫だよ。」
と小さなコップを渡される、無色透明な少し薬品の匂いがする水。そう言われても気が進まない、毒があってもないと言って飲ませるだろだって。
「警戒しなくて平気だって、僕が1口先に飲むかい?」
と俺の手を上から包んでコップを傾ける。口付けてこくりと1口…見極めるの早いけど敵意はないし大丈夫なのかも…このまま血止まんないのは困るし。
ほら、と手を離して促すのを見て恐る恐る1口飲む………不味い…でも飲まないとずっと言うのだろうと思って結局全て飲んでしまった。
コップから口を離して1つため息をつくとオースティンが手を上げた、驚いてバッと腕を上げて身を固め腕の隙間から睨む。
「ごめん、驚いたかい?攻撃する気とかは全くないんだ。」
と腕を触って下ろそうとしてくる、オースティンの手は俺より少し小さくてでも優しそうな手をしてる。何かあればナイフを持てばいいかと大人しく腕を下げる。そして持ったままだったコップを取ってサイドテーブルに置く。
「疲れただろう、ここで少し休むといい。」
眠そうだ、と笑ってゆっくり手を俺に伸ばす。何されるかわからないままその手を見ているとそっと頭に置かれて一撫でされる。……ガキ扱いされてる気がすると思い手をそっと払う。でも眠いのは事実だ
「……帰って寝る」
「いいから、強がらないで寝なさい。」
優しい声で布団を捲って寝るように指示してくる……横向きでほとんど寝ないし…と思いながらものそのそと横になる。結局逆らえない…。
(…ふわふわしてる……デカい鳥とか兎抱いてるみてぇ…)
無意識に布団を抱きしめ擦り寄ればまたさらりと頭を撫でられる、1回じゃなく2回3回…ずっと撫でられてる。
「いい子だねザック。」
撫でられるのは慣れてない。でも彼に撫でられると不思議な感覚がする……ずっとざわざわしてる心の波が小さくなるような、静かになるような感覚。自然と呼吸が落ち着いて瞼が落ちてくる。
「おやすみザック。」
もそもそと体を縮こませて丸くなって瞼を閉じる。その声はザックに届いたのだろうか。
ふと意識が浮上する。ここはどこだっけ…何をしていたんだっけ、とまだ起きてない頭を動かして思考をめぐらせる…怪我して帰ってきて手当されて…
「…………!」
がばっっと勢いよく起きればズキンと傷が痛む。そうだ、オースティンに寝かされてそれで……
「……………………いない」
部屋を見回してもオースティンは居ない。足音とかしたらいつもは起きるのに随分疲れてたみたいだ。窓の外を見れば日が傾いている、時間的にはそんなに経ってないだろう。
「……マリのとこ行ってない…」
ベッドから降りてぐぐ…と伸びをする、ドアを開けていつもの広間にでると他の祓魔師とオースティンがいた。色々話してるみたいだったけど俺に気づいたらオースティンは笑って手を振った。
「怪我をしたらまた来るといい。」
どう返したらいいかわからず控えめに頷いて広間を後にする。
外に出れば空が青からオレンジに変わろうとしてる。暗くなる前に行くか。と教会のある方向へ足を向けて歩き出す。