土の中で 目が眩むような閃光の後、爆音が轟いた。全てを覆い尽くすような土煙が死の大地にいるアバンの使徒達に襲い掛かろうとした時、クロコダインが地面を割って、空いた穴に仲間を押し込んだ。
マァム!
バランスを失って仰向けに落ちたマァムが生き埋めにならないよう、ヒュンケルは咄嗟に覆い被さった。
土砂が体を覆い、視界があっという間に闇に包まれると、轟音は小さくなり、振動のみが伝わってくる。
体半分は土砂に埋まったが、上半身の下には空間が残った。下にマァムの気配が感じられる。酸素を消費しないよう、ヒュンケルは息を殺して土砂の重さに耐えた。随分無茶をして戦ってきたせいか、今になって体のあちこちが痛み、体力も限界を迎えそうだった。
ー不意に、指先がヒュンケルの頬を撫でた。驚いたが、すぐにそれがマァムの指だと気づいた。
暗闇の中で優しく、慈しむような指先が耳元まで伸びると、その手のひらが、汚れてざらついた左頬を包んだ。
温かく、柔らかだった。
「ベホイミ……」
マァムが囁くように唱えた。
緑色の光が闇を払い、マァムの顔が浮かび上がる。その顔は、怪我をした子供を心配する親のような慈しみに満ちていて、美しかった。こんなに近くでマァムの顔を見つめるのは初めてだ。
その表情がヒュンケルの心をざわつかせた。そうだ、子供の頃にオレが怪我をした時は、父さんやアバンがそんな顔をしていた…。
ヒュンケルの左頬に優しい温もりが伝わり、全身の痛みが少しずつ溶けるように和らいでいく。
光に照らされたマァムの瞳はキラキラと煌めいて、天使のようだ、とヒュンケルは思った。
許されるなら、その優しさに身を任せてマァムの首元に顔をうずめたい…。想像だけで、顔が紅潮する。
そんな衝動を抑えようと、ヒュンケルはぎゅっと目を閉じた。振動は幾分おさまってきたが、轟音は変わらず鳴り響いている。外は一体どうなっているだろうか、クロコダインとポップ、ダイたちは…
目を閉じると、より一層体に巡るマァムの魔法力を感じられて心地よかった。体を支える腕にも力が戻り、痛みも減った。
だが、徐々に酸素が減って息苦しさを感じる。マァムは大丈夫だろうか。
ヒュンケルが再び目を開けると、マァムの目が潤んでいた。
ハッとして、胸の奥がぎゅっと握られるような感覚を覚えた。なるべく息を殺していなくてはと思っていたのに、思わずヒュンケルは名前を囁いた。
マァム……
それに応えるようにマァムが瞬きをすると、一筋の涙がその瞳からこぼれ落ちた。
ああ、とヒュンケルは、感じたことのない感情に包まれた。心の中で何かが弾けるようだった。
自分のために涙を流してくれる。こんな自分を慈しんでくれるマァムがたまらなく愛おしい。その涙を拭いてやりたい、もっと近くに、もっと…。
二人とも、息を殺して見つめあったまま身じろぎ一つしなかった。ベホイミの光だけがチラチラと視界に踊った。この時間を秘密の箱に閉じ込めておきたい、とヒュンケルは思った。
どれくらいの時が経ったのか、埋まってからほんの10分足らずの事だっただろうか。頭の上で瓦礫を弾き飛ばすような音が聞こえると、背中が一気に軽くなり、頬に冷たい空気が触れた。同時に、眩しい光に包まれた。
「大丈夫か!?」
クロコダインの声が響く。
マァムは驚いてベホイミをかけていた手を引っ込めた。
ヒュンケルは目を閉じて新鮮な空気を思い切り息を吸い込むと、振り返って「ああ」、と答えた。
すっかり体力の戻った体で、そのまま下半身を覆っていた土砂を蹴り上げて立ち上がると、マァムの手を取って助け起こしてやった。
「一体何が起きたのだ?」
クロコダインは呆然とした様子で言った。
辺りを見回すと、さっきまでいたはずの陸地の様子は一変していた。
ヒュンケルはマァムに向き直り、何か言葉をかけようとしたが、喉につかえてうまい言葉が出てこない。
マァムは目線を合わせず取り繕うようにさっと涙を拭くと、戦いの時の気丈な表情を取り戻して言った。
「ポップはどこ!?」
その言葉で、急に現実に引き戻された。再び戦いの時に戻らねばならない。甘い時間は終わったのだ…。
ヒュンケルは、先ほど土の中で感じた気持ちを心の奥に押し込めて地を睨んだ。
終