「地底魔城の花嫁1」サンプル 武装を解いたヒュンケルが地底魔城の中に戻ると、そこでは、ひと騒ぎ起きていた。
「はなしてっ!!」
地底魔城の廊下で、ミイラ男がマァムを捕らえ、その腕を後ろにねじり上げていた。腕を縛って地下牢に放り込んでいたはずの人質が、いつの間にか、拘束を外し、牢の外へと出ていた。
「どうした。」
「これは、これはヒュンケル様。お騒がせして申し訳ございません。」
ヒュンケルに気付くと、モルグは丁寧に頭を下げた。
マァムもまた、彼の姿を認めると、食って掛かったように叫んだ。
「ヒュンケル!
ダイは・・・ポップはどうなったの!?」
だが、ヒュンケルは、マァムの叫びを無視してモルグと会話を続けた。
「逃げられたのか。見張りはどうした。」
「それが、呪文でドアを破った後、通気口から逃げたようでして。申し訳ございません。」
「油断したな。」
自分を無視するヒュンケルに、マァムは注意を引き付けるべく叫んだ。
「ヒュンケルっ!!」
途端に、ヒュンケルの冷たい眼差しがマァムに注がれた。その厳しい視線にマァムは息を飲んだ。
だが、彼女もアバンの使徒だ。臆することなくヒュンケルに問いただした。
「ダイは、ポップはどうなったの!?」
「逃げた。」
ヒュンケルは、簡潔にひとことだけ答えた。意外な答えに、マァムは虚を突かれた。
「だが、お前がここにいる以上、あいつらはまた挑みに来るだろう。お前を取り戻すためにな。
それまで、もうしばらくここにいてもらおう。」
マァムは、背に冷や汗が伝うのを感じながらも、精いっぱいの強がりで顔を上に向けた。ヒュンケルを見上げたまま、見据える。
「いいの、そんなことをして。私が大人しくただ捕らえられているだけだと思うの?」
だが、ヒュンケルは余裕の笑みを崩さない。
「ほう、威勢のいいことだな。それがアバンの教えか?」
「そうよ、どんな状況でもあきらめない!私だって、どんな状況でも自分のできることをするわ!!」
「ならば、どうする。俺の弱点でも探るのか?」
マァムはぐっと息を飲んだ。言い返せなくなって言葉に詰まる。
ヒュンケルは、冷笑を浮かべ、マァムを嘲った。
「そういうことは、隠れてやるものだ。馬鹿正直に宣言するものではない。
アバンはお前に戦略は教えなかったのか?」
だが、マァムも負けてはいない。ヒュンケルを見据えたまま、言葉を返した。
「あなたこそ、アバン先生に何を教わったの?教えられた力を正義のために使うことを教えられたんじゃなかったの?」
「アバンの正義など、俺にとっては敵でしかない。
その正義の名のもとに、アバンは俺の父を殺したんだぞ!
それだけではない。
あの男のために、この地底魔城にいたモンスターたちは死に絶えた・・・。
あの男の正義など、しょせん、お前たち人間どもにとってだけの正義にすぎん。」
「違うわ!!アバン先生は本当にみんなのために戦った・・・平和を望んでいたのよ!それは、人間だけじゃない!先生は魔族やモンスターのことだって、気にかけていた。そんなことは、私の父さん、母さんからも聞いている!」
マァムの言葉に、ヒュンケルは、ぴくりと眉を動かした。
「私の父さん、母さんはアバン先生とともに戦ったわ!だからよく知っている!アバン先生は、みんなの・・・ううん、子どもたちのためにハドラーと戦ったのよ!きっと、あなたのことだって・・・。」
「黙れっ!!」
ヒュンケルは、ひとことで、マァムの言葉を制した。また殴られると思ったマァムは、反射的に身をすくめた。
だが、衝撃は来ない。
ヒュンケルは、怒りに満ちた眼差しでマァムをにらみつけていた。
「あの男のことは、口にするな・・・!」
そして、ヒュンケルは、己の怒りをねじ伏せると、マァムに問いただした。
「それより、お前・・・お前の両親は、アバンの仲間だったのか?」
「そ、そうよ。」
ヒュンケルは、マァムに腕を伸ばすと、その顎に手をかけた。強引に、自分の方に向かせる。戸惑うマァムの視線と、嘲笑を浮かべたヒュンケルの眼差しが交錯した。
「・・・面白い。お前は正義の使徒のサラブレットということか。その立場、せいぜい使わせてもらうこととするぞ。」
「なっ・・・!」
ヒュンケルは、マァムから手を放すと、今度は、あらぬ方向に向かって呼びかけた。
「それから、服の中に隠れているものがいるな。出てこい。」
マァムは身を震わせた。
マァムの服の下には、小さな仲間が潜んでいた。
ヒュンケルは、マァムに冷たい視線を投げかけると、宣告した。
「早くしろ。
出てこなければ、この女の服を引きちぎっても引きずり出すぞ。」
本気でそうしかねない迫力に気圧され、ゴールデンメタルスライムの小さな彼は、おずおずとマァムの服の下から顔を出した。
マァムは悲鳴を上げた。ヒュンケルの手が、その羽をつかんだ。
「ゴメちゃん!」
「こいつか・・・。
牢から逃げられたのも、こいつがいたから・・・か?」
マァムは身をよじって叫んだ。
「やめて、ゴメちゃんには何もしないで!」
すると、その翼をつかんだまま、ヒュンケルはマァムに問うた。
「ならば、お前がここに残るか?逃げ出さないと約束するなら、こいつは見逃してやろう。」
そのことばに、マァムは飛びつきそうになった。なんとしても、この小さな仲間は逃がしたい。だが、ヒュンケルを信じてよいものか。
マァムは、慎重に言葉を選んだ。
「・・・本当に?」
「父の教えだ。二言はない。」
敢えて、バルトスの名をあげたヒュンケルの言葉の裏に、マァムは、彼の真意を感じ取った。彼女は、うなずいた。
「・・・わかったわ。」
「ピピーッ!」
ゴールデンメタルスライムの抗議の悲鳴が響いたが、マァムは首を縦に振った。
ヒュンケルは、その翼から手を放した。
金色の小さなスライムは、マァムの周りを飛んで叫んだ。
「ピッ!ピピッ!!」
泣き出しそうなその面に額を寄せ、安心させるように、マァムは囁いた。
「私は大丈夫よ、ゴメちゃん。それより、早く逃げて。ヒュンケルの気が変わらないうちに。」
「ピーッ!」
「早く!」
マァムは、押し出すように、叫んだ。
ゴールデンメタルスライムは、名残惜し気に何度も振り返りながら、通気口の中に姿を消していった。
マァムは、その後ろ姿を見送ると、ヒュンケルに毅然とした眼差しを向けた。
「あの子に手を出さないで。」
「無論だ。俺もそこまで落ちぶれてはいない。
むしろ、この段階で出て行ってもらいたかったのは、こちらの方だ。あのモンスターに、外との伝書鳩をされたら敵わんからな。」
「・・・そこまで考えていたのね。」
ヒュンケルは、悠然とした笑みでマァムを見下ろすと、嘲るような口調で言い放った。
「お前こそ、約束は守ってもらうぞ。
お前は人質だ。
ダイたちがまたここにやってくるまで、この城にいてもらう。
違えようものなら、正義の使徒の名が泣くぞ。」
「・・・わかっているわ。」
ヒュンケルは、振り返らずにモルグに指示を下した。
「見張りは倍に増やしておけ。何をするか分からんからな。」
主からの下命に、モルグは恭しく頭を下げた。