無題「あれ?もう仕事終わったの?」
昼ごはんを食べたら眠くなったので、ボスのベッドで寝ようとしていた時だった。
珍しい。まだ昼間だと言うのにボスが私室に戻ってくるなんて。
「いえ、これから出張なので...君を一目見ようと戻って来たんですよ」
ボスは上着を脱ぎ、ボクが寝ているベッドへ静かに腰をかける。
出張?そんな話聞いてない。思わずガバッと起き上がり、ボスに詰め寄った。
「き、聞いてないよ!行っちゃうの....?」
「よつまたいせきで少し調べたい事があるんですよ。明後日には戻ってきますから...」
「やだ.............」
離れたくないと言わんばかりにぎゅうっと抱きつくと、優しく背中を撫でてくれた。
「甘えん坊ですね...」
「一緒に行くのもダメ...?」
縋るようにボスを見上げると、困ったように微笑まれる。
「シンガンホテルに一人分で部屋を取ってあるんですよ」
「なんでよぉ........」
どうしても連れてってもらえないらしい。
わかってる....これは仕事で...ちゃんと帰ってくる....。それでも、行ってほしくなかった。ずっと一緒にいたかった。
「あとどれくらい居られるの.....?」
「1時間程なら......」
「じゃあ.........して.............」
ボスに抱きついたまま......小声で言う。
1時間あるなら、その...十分...可能なはずだ....でも、中々返事が返ってこない。
........恥ずかしくなってきた。じわじわと羞恥心に蝕まれる。耳が熱い。ドキドキと心臓が鳴っている。
部屋は静寂に包まれていた。
「や.......やっぱ..........いい............」
沈黙に耐えかねてボスの体から離れようとすると、優しく腰を抱かれ引き戻される。
顔を近付けられ、耳に触れるか触れないかの位置で....吐息混じりに囁かれた。
「.....可愛いですね」
「.......っ」
ビクリと感じてしまった。
ボスの低くて穏やかで....色気のある声が、脳に響く。ただそれだけで、くたりと身体の力が抜けていった。
「いい、だなんて...本当は求めてやまないのではありませんか?」
誘惑するように囁かれる。
要らない訳がない。
そんなこと、あり得ない。
ボスが与えてくれるものはいつだって...蕩けるくらい気持ちがいいものなのだから。けれども恥ずかしくて.....とても答えられなかった。羞恥に顔が赤くなっていくのを感じながら俯いていると、指先で優しくあごを引き上げられた。
「私を見なさい」
全てを見透かすような灰紫の眼差し。
もうやだ.....みないで.........はしたない欲望をつまびらかにされる感覚に、いたたまれなくなる。
ボスもそれをわかっているのだろう。くすりと微笑むと腰を抱いたまま....もう片方の手で唇をなぞり、そのまま頬を....耳を.....首を.......愛でるようにゆっくりと撫でる。ぞわりと気持ちのいい感覚が這い上がって、とろとろと溶けていく。
「お返事は?」
「うぅ.....はい......♡」
求めていることを自ら認めさせられ、視界に涙が滲んだ。でも、それが同時に....すごく...気持ちがよかった。ボスにいじめられるのは、消え入りそうなくらい恥ずかしくて.....そしてどうしようもなく....気持ちがいいものだった。
「ふふ....いけない子ですね」
「ご....ごめんなさいボス....♡」
へにゃりと眉を下げ、媚びるように謝る。
「こらこら....呼び方を教えた筈ですよ」
呼び方....二人で取り決めた、愛し合う時にだけ使うもの....。それを言うのは、いつも恥ずかしくて仕方なくなる。だけど...
「ぁ.....パパ......♡」
「そう...いい子ですね」
よしよしと優しく撫でられると、恥ずかしくてももっと呼びたくなる。
好き.....ボスが大好き........。優しい眼差しと大きな身体でボクを包み込んでくれる。怖いことなんてない。こんな変な子でも、生きてていいんだと思える。ここが居場所なんだ。ボクの...ボクだけの......。
「パパすき....だいすき.....♡」
嬉しくなってぎゅうっと抱きつくと、優しく抱きしめ返してくれた。愛おしむように見つめられて、胸がきゅうっとなる。
「いい子のパームくんは、私の命令もきちんと聞けますね」
「うん....うん.......♡」
コクコクと頷くと、ご褒美として触れるだけのキスをしてくれた。
ボスは決して乱暴にしない。優しく...愛おしむように触れてくれる人だった。キスだって貪るようなやり方はしない。互いを確かめ合うように、ゆっくり舌を絡めてくれる。そうして解け合うように甘やかされると.....本当に幸せな気持ちになるのだった。
「後ろを向きなさい」
おずおずと言われた通りにすると、目元を布で覆われた。め、目隠しするんだ....♡ゾクゾクと感じ入ってると、後ろ手に...手錠でも拘束してくれた。
視界を閉ざされ、手も使えなくされ...ボスがいないと動けなくなった身体。
——支配されている。
「ぁ.....うぅ.......♡パパ......♡」
「ふふ...もう感じているんですか?」
指摘され、ビクビクと震えてしまう。後ろから抱きしめられ...耳元で囁かれ...大きな手で身体を優しく撫でられ...こんなの感じないという方がおかしかった。それでも気持ちいいのがバレるのは恥ずかしくて、何も答えられなくなってしまう。
「恥ずかしいことをされているのに...気持ちいいのですね...」
「......ッ♡」
「気持ちいい、と言ってごらんなさい」
そう、耳元で囁かれる。
ボスの声は不思議なのだ。命令されると、ゾクリと快楽が這い上がって...どうしようもなくなってしまう。この人に支配されることが至上の悦びであると、身体に教え込まれてるのだ。でも、でも........やっぱり.......恥ずかしくてたまらない。
「....言えませんか?」
「うぅ.......」
「この可愛いお口は飾りなんですか?」
「っ.......♡」
咎めるように唇を撫でられる。真っ暗な視界のまま身動きもできず、大好きな人にじりじりと責められていくのは....えもしれぬ快楽だった。
「も....許して.......♡」
「駄目ですよ」
ピシャリと言い渡される。命令に背くなんてこと...許して貰えないのだ。支配されている感覚に涙が滲む。
「き....きもちい..........♡」
「ふふ...きちんと言えて偉いですね」
消え入りそうな声でなんとか答えると、優しく抱きしめられよしよしと頭を撫でられる。まるでボスのペットみたいだ.....♡嬉しくて、手のひらに頬擦りするとくすりと微笑んでくれた。
命令はいつも恥ずかしいものばかりだけど....応えたらいっぱい褒めて甘やかしてくれる。それがボスという人だった。
「うつ伏せになりなさい」
言葉とは裏腹に、穏やかで優しい声だった。
支えられながらゆっくりとうつ伏せになると、背中に広がった長い髪をさらさらと整えてくれる。そしてほぐすように腕や背中....脚を撫でてくれた。けれど...肝心な場所.....恥ずかしいところは避けられて、もどかしさに腰が揺れてしまう。
「パ....パパ.........♡」
おねだりするように呼ぶと、「堪え性のない子ですね....」と言われて恥ずかしくなる。ボスには全部お見通しなんだ...。
「ですが...そうですね...私の命令をきちんと聞けたご褒美をあげなくてはいけませんね」
そう言うと、首につけていたチョーカーにリードを通してくれる。このチョーカーは....誕生日にボスがくれたのだ。
ボスの所有物である証。
寵愛の証。
支配されている、証.....。
ボクが誕生日を迎える度、新しいチョーカーを贈ってくれた。今年は白皮に金の金具がついたデザインで、『あぁ...やはりよく似合いますね』と褒めてくれたから、凄く...凄く...気に入ってるのだった。
「沢山可愛がってあげましょうね...」
その言葉に胸がいっぱいになる。ボクという人間を否定せずに...それどころか、いっぱい可愛がってくれる。仕方がない子ですねと言いながら、受け入れてくれる。それが幸せだった。それだけが...幸せだった。
「えへへ.....♡」
リードを付けられるといよいよペットのようでドキドキする。目隠しされているものの、リードから伝わってくる振動...そこからボスの意志を感じて、嬉しくなるのだった。
「すき.....♡世界でいちばんすき.....♡」
「えぇ....私もですよ」
そうして、出かける時間になるまで...たくさん、たくさん可愛がってもらったのだった。
***
「では、行ってきますね。いい子にしているんですよ」
「おみやげ!シンガンデパートでジオットのぬいぐるみが出たんだよ!すっごい可愛くて....しかも数量限定なんだよ.....?!ね、ね....お願い.....」
「ふふ....はいはい。わかりました」
「あ、ジオットはジオットでも、ボクが欲しいのは紫水晶の子だからね!」
ボスは困ったように眉を下げる。でも、全然嫌そうじゃない。当然だよね。だってボクのこと大好きだもん。
「買えたら連絡しますから....しっかり任務に励むんですよ」
「はーい.....ぅあっ」
頬にキスをされて、変な声が出た。そういうスマートなところが、たまに癪だ.....。そうして柔らかい手付きで頭を撫でると、パウンダル社専用のそらとぶタクシーで行ってしまった。
「任務....めんどくさいなぁ.....本当はボスと一緒にいたいだけなのに.....」
ボスが帰ってきたら、もっといっぱいイチャイチャするんだ....。独りごちりながら、トボトボと部屋に戻るのであった。