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    ka_be0320

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    ka_be0320

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    お互い好きなのに付き合わない匋依シリーズ

    冷めたワイン「んーっ! 今日はこんなところでええやろ」
    「ああ。ワリぃな、長い時間付き合わせて」
    「なぁにらしくないこと言うとんねん。俺と旦那の曲や。俺かて、好きでやっとんねん」
     そうか、とどこか安心したような顔で旦那が呟いた。
     ずっと丸めていた背筋を伸ばすと、骨が軋んだ。それほど長い間、旦那との曲作りに熱中していた。
     強い風がバーの窓を揺らした。日も落ちているし、窓が結露しているのを見ると、外の寒さを嫌でも想像してしまう。今夜は冷え込むと、テレビでも言っていた。
    「ほな、今日は帰るわ」
     冬用の厚手の羽織を肩に引っ掛けて、席を立つ。
    「ちょっと待て」
     突然そう言うと、旦那は慌てて店の奥へと消えていった。待てと言われたから、店の隅でチカチカと光っている小ぶりのクリスマスツリーを見ながら待つ。猫の飾りがついている。
     バタバタと旦那の足音がする。待たせたなと言って現れた旦那は、グレーのチェスターコート(とてつもなく似合っている)と黒いマフラーを身につけていた。
    「ん? 旦那も出掛けるんか?」
    「あー、まあ……せっかくだから送ってくよ、家まで」
    「…………一人で帰れるけど……」
    「外暗いだろ。危ねえから一緒に行く」
     それは二八の男にかける言葉として相応しいのか? 子供扱いされているような気しかしないが、今日はついてこられて不都合があるわけではないし、退屈な帰り道の話し相手になってくれるのなら断る理由はない。
     とりあえず、店の扉を開けたときに吹き込んできた冷たい風の盾となってもらった。

     どこもかしこも浮足立っている。ウチでも、今月に入ってから玲央がなんとかカレンダーをやってみたいと言っていた。
    「アドベントカレンダーだろ、それ」
    「へえ、よお知っとんな」
    「客から聞いたんだ。娘さんがクリスマス大好きで、プレゼントを貰えるのももちろんだが、それを待っている時間がなにより楽しいんだと」
    「ふーん……ああいうのも、みんな好きそうや」
     車道を挟んだ向かい側にある広場を見やる。葉っぱを落とした寒そうな木々に、ぐるぐると電飾が巻き付けられている。あたりには出店があって、人々が飲み物や食べ物を片手に楽しげに笑っている。そしてその中でひときわ目を引くのが、てっぺんに星が輝く大きなクリスマスツリー。
    「クリスマスマーケット、っちゅうやつやな。ゴキゲンでええやんか」
    「……なあ、ちょっと寄ってこうぜ」
    「ぅおっ……ちょ、旦那!」
     俺の腕を掴み、旦那が早足で進んでいく。
     もう日はとっくに沈んでいるのに、そこはオレンジ色の光に包まれていて、まるでどこか別の世界に来たみたいだった。たまにはこういうのも悪くないなんて、自然と思ってしまう。
     出店には、ちょっとした小物やアクセサリー、あとはホットチョコレートや色んなウインナーも売ってある。(ウインナーのところにヴルストと書いてあった。ドイツ語だろうか)
     そんな中、別に示し合わせたわけでもないのに、とある店の前で二人して足を止めた。
    「なんやステキなもの売っとるやん」
    「買うか」
     スパイスとフルーツの香りがほんのり漂ってくる。俺たちの目の前には、魅惑的に輝くボルドーの液体があった。グリューワインだ。
     俺と旦那で一杯ずつ買った。赤いブーツ型のマグカップに注がれて渡され、旦那は居心地が悪そうにしていた。マグカップを両手で持つと、冬の透明な風で冷やされた指先がじんわりと温まる。
     ちょうど巨大クリスマスツリーの根本に座れそうな場所があったから、ワインを零さないようにそっと腰掛けた。
    「ここならゆっくり飲めるな」
    「せやな」
     寒さで色が薄くなった旦那の唇が、赤いワインに近付く。ワインによって唇が色付いていく様が、色っぽい。そんなことを考えてしまって、慌てて旦那から目を逸らした。
    「ははっ……」
     横で小さく旦那が笑った。
    「どうしたん?」
    「いや……依織も飲んでみろよ」
     なにか面白いことでもあるんやろうか?
     ほわほわと湯気が立つ水面にふぅっと息をかける。真っ直ぐ立ち昇っていた湯気が四方に散った。マグカップの縁に口を当て、ゆっくり傾ける。ふわりと口の中に葡萄の味が広がる。
     ……旦那が笑った理由が分かった。
    「ふ、ふはっ……甘いなあ」
    「甘すぎだ。これじゃあお子様用じゃねえか」
    「お子様は酒飲んだらあかんやろ」
    「どの口が言ってんだよ」
     そのあとも、二人で甘い甘いと言いながらワインを飲んだ。ずっと二人で笑っていて、十年経ってもこうして彼と普通に話せることが嬉しかった。普通でいられるのが、一番良い。
     頬を撫でていく風は相変わらず冷たい。ワインも冷めてきて、せっかく温かくなった指先も再び感覚を失っていく。寒さのせいで、旦那の頬や鼻の頭が赤く染まっている。色白だからよく目立つ。
    「旦那、ほっぺた赤いで〜」
     そう言って笑ってやると、旦那は少しむすっとした顔になる。そういえば昔もこうやってからかった。(今より言い方はひどかったかもしれない)
     しかしすぐに旦那の眉間に寄った皺は緩んだ。そしてじっと俺の顔を見て、目を細めて笑った。
    「お前も」
     ゆっくりと伸ばされた手が、俺の頬に触れた。
    「赤くなってる」
     旦那の指先からは、微かに愛情が滲んでいた。それは、友達やかつての相棒に向けるものではない。
     ……旦那、そういうのは隠しとかんといかんよ。俺は気付いてないフリしかできんのやから。
     お互いしばらく何も話さないでいると、旦那の手が頬を離れた。
    「……ちったあ反応しろよ。すましやがって」
    「だ、んな……もしかして今のワザと……」
     俺に気付かれるように触ったのか?
    「なんのことだよ。……まあ、お前がそういうつもりなら、今はこのままでいいよ」
     お前と酒飲めなくなるの嫌だし。そう小さく聞こえた。
     なぜか悔しかった。負けた気がした。いまの旦那は俺が思っている以上に、悪い大人だ。
     残りのワインを一気に飲み干す。頬の熱さは、コイツのせいだ。
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