愛おしいトモダチ「旦那、その仕事は俺がやっておくから」
「旦那、何か食いたいもんあるか? 買ってくるけど」
「旦那、今日は洗濯俺がやる」
「なあ、旦那」
依織がよく喋る。もともと口数が少ないわけではないが、今日は口を開けば旦那、旦那と俺を呼ぶ。しかもその内容と言えば俺を気遣うものばかり。なにか裏があるのではないかと勘ぐってしまう。しかしその割には妙に楽しそうというか、嬉しそうというか。悪い顔はしていなかった。
出会ったばかりの頃は、互いの名前さえロクに呼ばなかった。呼ぶときは「おい」とか「てめえ」とか。何度か共に仕事をするうちに、コイツは悪いやつではないのだと分かった。依織はオヤジが、翠石組が好きで、たまに不器用だけど必死で生きている男だった。それが分かった頃には、俺は「依織」と呼ぶようになったし、どういうわけか依織は「旦那」と俺のことを呼ぶようになった。
「旦那、他になんかしてほしいこととかないか?」
「なんだよ依織。今日はヤケに絡んでくるじゃねえか」
「いや、まあ……」
「歯切れ悪ィな。……別に、いつも通りでいいよ」
「それじゃあダメだろ!」
「はあ?」
依織が突然声を荒げた。子供みたいな声で。しかしなぜいつも通りではダメなのか、俺には検討もつかなかった。
依織はなにやら少し照れくさそうで、「あー……」と言いながら次の言葉を探している。
「だって、旦那……今日誕生日だろ? だから……祝いのつもり、なんだけど……と、トモダチ……の誕生日祝うの、初めてで……どうすればいいか、よく分からなくて……」
消え入りそうな声だった。しかし俺の耳は依織の一言一句を聞き漏らすことはなかった。
この男が愛おしいと感じた。
気が付くと依織を抱き締めていた。
「お、い! 旦那!」
「ありがとな。俺も、トモダチに誕生日祝ってもらうの初めてだ。……嬉しい」
バシバシ俺の背を叩いていた依織の手が止まる。
「また……来年も祝ってくれるか?」
「……覚えてたらな」
ぎこちなく背中に手を回す依織を、ずっと守っていきたいと思った。