Only for you「よ、旦那。ゴキゲンさん」
「おー、依織か。珍しいな、こんな時間に店に来るなんて」
カラコロとドアベルを鳴らして店内へと入る。入り口にはclosedの看板が下げられていたが、旦那は俺を追い返す気はないらしい。
「ちょっと近くまで来たさかいな。ついでに旦那の顔見てこうと思って」
「はっ……ついでかよ」
まだ太陽が沈みきっていない時間。旦那が営む店は西日でオレンジ色に染まっていて、バーというよりは喫茶店のような雰囲気が濃かった。それに。
「なんやええ匂いするな〜」
ほっとするような甘い匂いが店内には漂っていた。少し背伸びをしてカウンターの中にいる旦那の手元を見ると、ホットプレートでなにかを焼いていた。
「……ホットケーキ? なんや、ついに喫茶始めるんか?」
「ちげえよ。……今日、四季が学校休んだんだ」
話の流れがよく分からなかった。
旦那のところの子が学校を休んで、それでホットケーキを焼く? 風邪なら、おかゆとかではないのだろうか。
「風邪じゃねえんだ。風邪じゃねえけど、しんどそうだったら俺が休ませた」
まるで俺の考えていることを読んだみたいに旦那が呟く。
確かに旦那は、人の不調を敏感に感じとるところがあったなと思い出す。俺も何度も……。
「あの子にとっては、それが一番の薬っちゅーことか」
「そういうことだ」
旦那が器用にホットケーキをひっくり返す。きつね色に焼けたそれからぶわりと甘い匂いが広がる。
「美味そうやな〜。旦那、俺にも作ってや〜」
「ダメだ」
ぴしゃりと言われて驚いた。
「……これは四季限定だからな」
そう言った旦那の顔は、とても優しい表情をしていた。それがどういうわけか、無性に嬉しかった。
昔一緒だった頃、「依織だけだ」とよく特別扱いされた。コイツの世界には俺しかいないのか? と思うくらい、旦那は俺に甘かった。そんな旦那が、俺以外にもこんな……。
「ふっ……んははっ」
「あ? なに笑ってんだよ」
「いやぁ……微笑ましいなあ思て」
「はあ?」
訝しげな顔をしつつも、器用にフライ返しを操ってこんがり焼けたホットケーキをプレートに盛り付けている。メープルシロップとバターがじんわり染み込んでいく。
「なんや安心したわ……」
「なんか言ったか?」
「いや、なーんも!」
「そうかよ……ああ、そうだ。せっかく来たのに、なんにも出さずに悪いな。酒の時間には……まだ早えだろうから、これやるよ」
旦那は冷蔵庫をパカリと開き、中から小さな器を取り出した。ことりとスプーンと一緒に目の前に置かれる。
「ぷ、りん?」
「それは依織限定な」
明らかに市販のものではない。え、わざわざ作ったん? 俺のために? いつ来るかも分からんのに?
旦那は「四季に届けてくるから」とホットケーキを持って奥へ引っ込んでいった。
一人残され、スプーンを手に取りプリンを控えめに掬う。ふるりと揺れるそれをゆっくり口へと運んだ。
「……甘すぎやろ」