20220502 べろべろに酔っ払った依織がウチに来た。
「だぁんな〜〜! これ、一緒に飲もうやあ! 高かったんやでぇ〜!」
怪しい呂律とおかしなテンション。赤ワインのボトルを片手にふらふらとおぼつかない足取りで玄関で履物を脱いでいる。
「なんでそんなに酔ってんだよ……って、ああ、そうか」
「そうそう、そうなんよ〜♡ だからあ、旦那とも一緒に酒飲みたいなあって思って来てしもぉた〜」
ぎゅっとワインを抱きしめる仕草に少しだけドキッとした。
おそらく、依織の店……CANDYでしこたま酒を飲んだのだろう。メッセージアプリで依織から「五月二日はイベントやで」と謎のハートマークと、店のリンクが送られてきていた。無視した結果がこれだ。自分から俺の家に押しかけてきやがった。
「いけずな旦那は俺からのラブレター無視するしぃ……寂しいやんかあ」
「……店行ったって、どうせ色んな卓への挨拶回りでろくにお前と話せねえだろ」
「え、なんやなんや〜旦那、俺のことひとり占めしたいんか〜?」
「ダメか?」
依織の腕からワインを抜き取る。ソイツはそっとリビングのソファに転がしといて、依織のほうはそのまま寝室に押し込んだ。どうせ酒は、ただの口実だ。
「もお〜、スケベさんやな、旦那♡」
「ちげえよ。酔っ払い抱く趣味はねえんだ……疲れてんだろ、早く寝ろ」
「…………」
さっきまでへらへらと動いていた依織の口が急に止まる。何を言うわけでも、何をするわけでもない。ただ俺の目の前に突っ立って、伏し目で床を見ている。
「旦那、なんでも気付いてしまうから……そういうところはちょっと嫌いや」
こんなに優しい「嫌い」があるだろうか、というほど柔らかい声だった。そしてぴくりと依織の手が動く。特にどこに伸ばされるでもない手が、控えめに宙を泳いでいる。
その手をとった。
「依織は、何がほしい?」
「……この歳でほしいものなんかあらへんけど……その……」
「うん」
言い淀んでいる依織の手をさする。ゆっくり、解していく。
「一緒に……寝てほしい……に、二時間とかでええからっ!」
「朝までいろよ」
依織の手を引いて、一緒にベッドに転がった。ぎしりと軋む。
「朝まで、なんて……んな恋人みたいな……」
「今日くらい、いいんじゃねえか?」
依織のことが好きだ。たぶん依織も、俺のことを悪くは思っていない。「好き」も「愛してる」も言ったことはないけれど、直接肌で感じている。依織には帰る場所があって、本当は俺がこいつをひとり占めにすることなんかあっちゃいけないんだが。今だけは。
「依織、誕生日おめでと」
俺の肩口に顔を押し付けて、ゆるゆると頭を横に振っている。照れてんのか?
子供みたいにくっついてきて、朝までその温度が隣からなくなることはなかった。