silent glory仄かに覚えのある香りがして思わず振り向く。けれどもあの人はいなくて、木漏れ日がきらきらとこぼれているだけであった。
「...」
リンクは黙って便箋を手に取り、家にいつものように入った。
少し掠れた字になにか引っ掛かりを覚える。
恐る恐る封を切り、便箋を取り出した。
─
『拝啓 』
書き出したはいいものの、らしくない行為と言葉に苦笑が漏れた。ちょっと畏まり過ぎかと思いつつ、でもまあ時間が大分空いているしいいかと筆を持ち直して文章を頭の中で組み立てる。
先ず読んで貰えるだろうか。こんな人間は忘れられてるかもしれない。...忘れた方がいい。
皆にかけるような言葉じゃなくて、お前だけに伝えたい事があるのに、上手く言い表せない。会いたい、なんて今更どの面を下げて言えばいいか。傍に居てなんて頼めもしない。素直な言葉じゃなくて、捻くれた言い回しばかりが頭に浮かぶ。
覚えていて、だとか今も愛してるなんて呪いみたいな言葉を今更吐いたってお前を苦しめるだけだよな。言っとけば、良かったかな。
誤魔化してばかりいた僕は、お前に何一つ本当に大切なことを言えていないね。お前より長く生きてたし、いろんな経験もしたけれど、僕は狡い大人なんかじゃなくて、只の臆病な奴なんだ。お前はそんな僕を慕って、愛して、慈しんでくれたのに、僕は怖くてやっぱり逃げ出してしまった。本当に愚かな人間なんだ。
あの時からどこか空っぽで、どこか足りなくて、どこか引き裂かれているような気がするんだ。今更だよね。
お前に僕が抱いてるのは、そうだね、言葉に表せないけど、どうにか当てはめてみるなら愛なのかもしれないな。本当に大事なことなんて案外凡庸だったりするんだと、お前に気付かされたんだよ。伝えたことは無いけれど、今なら、今だから伝えようかな。
...直接、伝えたかったな。本当に今更だ。どう足掻いたって僕は長くないのに。
ああ、思ったより沢山書いてしまった。読んでもらえないかもしれないのにね。こうして読んで欲しいと望む浅ましい僕がいる。
初雪がちらちらと舞う中、身体を辛うじて支えながら封筒を出す。
雪がしんしんと降って、妙な明かりを室内に届ける。
...綺麗だな。夢を見てるみたいだ。彼は今頃どうしてるかな。手紙、読んでくれるかな。
悼んで、くれるかな。
頬がひやりとして、涙を零していたことを知る。惜しむものがある人生を送れたことに今更気付いて、満たされたような心地になる。
(お前は、すごいね)
そして彼は静かに帰らぬ人となった。
─
「...ふざけんなよ」
リンクは伝う涙を拭うこともせず唇を噛み締める。
「俺は、貴方を、...貴方を、」
込み上げる慟哭を必死に噛み殺してリンクはぎり、と掌を握り締めた。
数滴雫が散る便箋は、リンクの噛み殺す嗚咽が響く中、ただ静かにそこに在った。
『拝啓 僕の愛するリンクへ』