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    amamatsu_lar

    @amamatsu_lar
    進撃の巨人の二次創作をまとめています。落書き多め&ジャンばっかり。
    ※二次創作に関しては、万が一公式からの要請などがあれば直ちに削除します。

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    amamatsu_lar

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    【注意】
    原作軸で最終回後/ミカサ視点/最終巻ネタバレ有/シリアス(流血表現有)/無断転載禁止

    ジャンかっこいいです……。
    ……………………

    「戦え!」

     エレンの声が響く。
     躊躇っている私を、鼓舞するかの如く。

    「戦うんだよ!」

     苦しそうな声だ。首を絞められた奥から、必死に絞り出している。

    「勝てなきゃ……死ぬ。……勝てば生きる……」

     何度も何度も、思い返した言葉。
     私の奥深くに刻み付けられている信念。

    「戦わなければ勝てない……」

     私は、ナイフを掴む。
     床を踏み破り、勢い良く駆け出した。

    「うわああああああああああああああっ」

     何を狙っているのか、定かでない。
     誰がエレンの首を絞めているのか。
     誰がそこにいるのか。

     かつての山賊の姿のように見えたそれは、いつの間にか2-3m級の巨人に変わっていた。かと思うと、父が捕まえてきた大きな鳥になり、また一瞬ののちには、ディモ・リーブスの姿になる。

    「死体がどうやって喋るの?」

     私はそう言って、ブレードを振りかぶる。
     いや、違う、そうじゃない。
     殺していない。
     あの時は会長が先に引いた。殺す覚悟はあったけれど、殺すには及ばなかった。
     そのはずなのに、ブレードが会長の体を叩き斬る。

    「戦え!」

     声が体を震わせる。
     痛みも苦しみも無かった。人を殺す罪悪感なんて、少しも生まれない。

     また、瞬く間に相手の姿が変わっていく。
     巨人化したエレンに大砲を向けていた兵士。草原を駆ける女型の巨人。エレンを連れ去ろうとする、ライナーとベルトルト。巨人化したロッド・レイス。

    「戦え!」

     突き動かされるようにして、私は走る。刃を握って真っ直ぐ敵を狙う。エレンを取り戻すために。家族と共に過ごす、平和な日々を取り戻すために。そのために、生き延びなければならないから。

    「戦うんだよ!」

     あなたの言葉が、私を強くする。
     エレン。
     あなたがいれば、私はなんだってできる。

     走って走って走り抜けた先にいたのは、大きな骨ばかりの巨人。地ならしを率いて進む巨躯が、私の目の前に立ちはだかっていた。

    「エレン」

     その本体を、私は見据える。

     どうして、こんなことになってしまったんだろう。

     私は、あなたと一緒に痛いだけだった。
     あなたと暮らしていたかった。
     そのために、ずっと戦ってきたのに。

    「いってらっしゃい、エレン」

     刃を振りかぶり、首を斬り落とす。
     そっと口づけした唇は、まだ温かかった。

     そして、それが悲しかった。

    「……ぅあ……あああああああああ」

     堰を切ったように、涙がこぼれる。

     どうして、一緒にいられなかったの?
     どうして、あなただったの?
     どうして、私だったの?
     いったい、どうして……

    「エレン……エレン……」

     しがみつくようにしてエレンの頭を抱え、ひたすらに名前を呼ぶ。

    「あなたは、私の――」





     そこで、急に視界が切り替わった。見慣れた薄暗い室内を映し出す。気温も下がったようで、腕の産毛がぞわっと逆立った。

    「……気が付いたか」

     耳元で、声がする。
     私は体を強く抱きしめられていた。

    「……ジャン」

     抱きしめてくる相手の肩越しに、私たちのいる寝室の中が見える。
     酷い有様だ。
     タンスや棚がひっくり返り、整然と並んでいたはずの日用品が床に散らばっていた。ぐしゃぐしゃになった上着や、欠けたコップも目に入る。窓から差し込む月光を反射して光っているのは、ガラスの破片かもしれない。

    「これは……」

     何があったのか、記憶を手繰ろうとする。額に手を添えようとして、両腕を抑え込まれていることに気が付いた。抱きしめられているというよりも、動きを封じられているに近い。

    「私がやったの?」

    「大丈夫だ。大丈夫だから」

     問いには答えず、ジャンは少しだけ抱く力を弱めた。
     ジャンと生活を始めたのは、ほんの数か月前のことだ。エレンを失ってから10年以上の時が過ぎている。ずっと傍に居てくれたジャンに、一緒に暮らそうと伝えたのは私の方だった。
     ジャンが近くにいてくれると、安心する。黙って背中を撫でてくれるのも、軽口を言って笑わせてくれるのも、時々赤くなって目を逸らしてくるのも、ぜんぶ心地よかった。だから、これからも一緒に過ごしたいと思ったのだ。
     だけど、どうしてだろう。
     今だけは、触れてほしくないと思ってしまった。

     私は身をよじって言う。

    「少し、離して」

    「……落ち着いたか?」

    「ええ。大丈夫」

     私の言葉に、ジャンが頷いて言った。

    「なら、少し目閉じてろ。そしたら、離してやる」

     どうして、目を閉じなければならないのだろう?
     若干疑問に思うが、大人しく首を縦に振る。

    「分かった」

     私が目を閉じると、そろりそろりとジャンが体を離していった。

    「目、閉じてるな」

     もう一度確認して、私を布団に座らせる。

    「開けて良い?」

     小声で聞くと

    「いいや」

     ジャンの声に続いて、ドアの開く音が聞こえた。

    「俺がドアを閉めたら、開けていいぞ。部屋の外にいるから、何かあったら呼んでくれ」

     まるで自分の姿を見られたくないかのようだ。その口ぶりに、悪い意味での違和感を覚える。だがその違和感に蓋をするようにして、私は「分かった」とだけ頷いた。

     すぐにドアの閉まる音が聞こえて、私は目を開く。
     改めて室内を見渡すと、やはりかなりの惨状だ。まるで強盗に入られた後のよう。

    「これを、私が?」

     考えたくないが、それしかない。
     エレンを思い出すことはあっても、こんなに暴れてしまうのは初めてだ。もしかしたら、ジャンと暮らし始めたことが何か良くない影響を与えているのかもしれない。

     それにしても、今の夢はなんだったのだろう。
     改めて頭を押さえ、考える。
     ひたすらに人を殺し続ける夢だった。実際に殺してしまった相手も、実際は殺していない相手も。不思議と、そのこと自体に対する嫌悪感はない。だけど、こんな夢を見てしまったことが気持ち悪い。もう何年もの時が過ぎているのに。

     立ち上がり、自分の体を見下ろす。
     いつもの寝間着を身に着けていた。特にはだけてはいない。

     2つ並んだベッドは、どちらも乱れている。いつも巻いているマフラーが布団の上に落ちていたので、拾って巻き直す。
     窓の外に広がるのは真っ暗な夜空で、今が深夜だと分かった。
     きっと真夜中に暴れだした私を、ジャンが押さえつけていたのだろう。

     申し訳ないことをしてしまった。

    「ジャン」

     私は、ドアの外に声を掛ける。

    「なんだ?」

     間髪入れず、返事が返ってきた。

    「ごめんなさい。迷惑をかけて。部屋を片付けるから、少しだけ寝るのを待ってもらって良い? それか、リビングで寝てくれてもいいけれど」

     今度は少し間があってから、声が聞こえる。

    「いや……片すのは俺がやる。疲れてるだろ? 布団とか運んでやるから、お前がリビングで寝てろよ」

     疲れてはいるけれど、そこまで気を遣われるのは不本意だ。

    「それは申し訳ない。私がやったのであれば、私が片付けるのが道理」

     言いながら、私は早速布団を整えていく。棚とタンスも起こし、中のものを綺麗に並べ直す。

    「足元気を付けろよ。ガラスとか落ちてるだろ」

     私が動いているのを察したのだろう。外から、ジャンの声がした。

    「平気」

     私は答えてから、ドアの方にじっと視線を注ぐ。

    「あなたは?」

    「……あなたは、って?」

    「ジャンは、どこか怪我していない?」

     ジャンのことだから、普通なら手伝うと言って入ってきそうなものだ。それをしないということは、どうしても姿を見せたくない理由があるのか。
     ここまで私が暴れたという事実から考えると、怪我をさせてしまったのかもしれない。元々、私の方がジャンよりも力が強いのだ。その私が好き放題したのであれば、それを止めるのは相当大変だったはず。
     そして、怪我をした姿を私に見せまいとするのはいかにもありそうなことだった。ダメなことはダメとハッキリ言うジャンだが、私が本気で傷つくようなことだけは絶対に知らせようとしない。

    「してねえよ」

     少し怒ったような声で返事が聞こえるが、信用できない。

    「それならドアを開けて」

     私は呼びかけた。
     しばらく、沈黙が続く。

    「お前が目を閉じて、俺に運ばれてくれるって言うならすぐにでも開けるさ。でも今は、見られたくねえ」

    「どうして?」

    「どうしてもだ」

     また、沈黙が下りた。

     ややあって沈黙に耐え切れなくなったのか、言いにくそうにジャンが声を発する。

    「怪我はしてる」

     やっぱりそうだ。

    「だが、大したことない。それに、お前のせいじゃない」

    「私のせいじゃないなら、なんで?」

    「暴れたのはお前だよ、ミカサ。でもわざとじゃないんだろ? だから、お前のせいじゃねえ」

     そんなの屁理屈だ。

    「怪我を見せて」

     私はドアのところまで歩み寄り、ぐいとドアを押した。しかし、外開きのドアは開かない。

    「ちょっと」

    「だから大したことねえって言ってんだろ? 本当に見ないでくれよ、今は」

     何がジャンをこうも頑なにさせるのか。
     だが力比べなら負けていない。
     私は押し倒すようにして、ドアを開いた。

    「おおわっ」

     あからさまな悲鳴を上げて尻餅をつくジャンが見える。

    「ってて……今ので怪我するっつーの」

     諦め口調でそうこぼしていた。

     だが、そんなことはどうでもいい。

    「酷い怪我……」

     私は、思わずその場に立ちすくんだ。

     頬に赤黒い大きな痣ができていて痛々しい。口の端は切れて血が出ているし、左目からも細く血が流れていた。顔だけでも他にいくつもの細かいひっかき傷が見える。

    「大した事あるじゃない。どうして隠そうとしたの」

     屈んで近づき、さらにぎょっとした。
     先ほどまで暗くて見えにくかった右肩が真っ赤に染まっている。

    「いやだから、別にそんな」

     ジャンが安心させるように笑って見せるが、笑い事ではない。

    「どうして、本当に、こんな……」

     一瞬頭が真っ白になるが、気を取り直して傷を見る。何か刃物のようなものが肩の肉をえぐり取ったらしい。ボロボロの断面が見えた。

    「大丈夫、大丈夫だ。お前のせいじゃねえし」

     先ほどと同じ台詞を言ってくるが、顔が辛そうだ。額には汗が浮かんでいる。続けて、「本当は、明日落ち着いてから話そうと思ったんだが……」などと呟いていた。

    「早く手当てしないと。待ってて」

     私は急いで水を汲んできて、傷口を洗う。異物が流れ出るよう、丁寧に。

    「そんな顔すんなよ。昔と比べりゃかすり傷だって」

     水がしみるのか顔を顰めながらも、ジャンが言った。確かに兵士として戦っていた頃であれば、こんな傷は日常茶飯事だった。戦場はここよりももっと不潔で、治療も杜撰。その時と比べてしまえば、今の状況は大したことない。
     だが、それはそれ、これはこれだ。
     どんな傷だってきちんと手当てをしなければ悪化し、最悪の場合命に係わる。なにより、私たちはもう若くないのだ。

    「どうしてすぐに応急処置をしなかったの」

     傷を負ってから、それなりの時間が経過していることが伺えた。平然としていられるのは、ひとえにジャンが頑強だからだろう。

     ジャンは目を逸らして、だから大したことなかったからなどと答える。
     だが実際のところは、すぐに分かってしまった。
     私がパニックに陥っていたせいだ。物理的に逃げ出せなかったのか、それとも私を一人にするのが心もとなかったのか分からないが、ジャンは応急処置をすることができなかった。

    「……ごめん」

     私は、しおしおと謝る。
     最低だ。
     一緒に暮らしたいと言っておきながら、エレンのことばかり考えて、挙句には暴れて怪我をさせるなんて。

    「謝るなよ」

     ジャンが、ぼそりと呟いた。
     空いている方の腕を、そっと私の背中に添える。

    「悪い。何とかしてやりたいのに、どうするのが一番お前のためになるのか分からねえんだ」

     私のために……?
     これ以上、何をするというのだろう。
     10年、いやもっと長い間、エレンのことばかり考えていた私のことを見守り続けてくれただけで、十分なのに。
     何をせずとも、傍にいてくれるだけでいいのに。

    「だけど、もう一緒にいない方が良いのかな」

     私にとっても、ジャンにとっても、一緒にいることは不幸でしかない。
     私はどうしたってエレンのことを思い続けるだろうし、ジャンはそれに振り回されるばかりだ。

     ジャンが黙り込み、沈黙が訪れる。
     治療を続けながら、私はじっと時が過ぎるのを待った。

     しばらくして、ジャンが口を開く。

    「俺が傍にいたら、嫌か?」

    「そんなことはない。ないと、思う。でも――」

     すぐ近くにある温もりは、もう帰ってこないエレンのことを思い出させる。すると、急に胸が苦しくなる。そこにいるのがエレンでないことが辛い。「今ここにいるのは、私が求めている人ではない」と、どうしても思ってしまう。
     こんなこと、口に出すつもりは無かった。口に出したらそれこそ、ジャンを傷つけることになる。
     でも、問うような目で見つめられて、私はぽつりぽつりと語っていた。
     私が傍に居てほしいのはエレンであること。どうしてもエレンの温もりを求めてしまうということを。

     とりとめのない私の話を、ジャンは黙って聞いていた。

    「ごめんなさい。こんな話をして」

     そう言って私が話を終えると、小さくため息を吐く。

    「そうか」

     どう振舞えば良いのか分からず、私は静止していた。
     ジャンが、息を吸ってから言う。

    「謝らないでくれ。良いじゃねえか、お前はそれで。てかそうじゃなきゃ、ちょっと心配だ。エレンのこと考えてないお前なんてさ」

     じっと私の目を見た。

    「正直、不安だったんだぜ。お前が俺と暮らしたいって言ってきた時。その後も、傍に居たいって言われたりして、嬉しかったけどよ、本当に大丈夫なのか? って」

     一息に言い、ぐっと眉根を寄せる。

    「だから、もし俺に対して申し訳ないとか思ってんなら、そんな気持ちこそ捨てちまえ。そしたら、ちょっとは楽になると思うんだが」

     背中に添えられていた左手が動いて、私の頭に軽く載せられた。
     そうやって、ジャンが告げる。

    「……お前が俺のこと嫌いなら、俺はいなくなる。でもそうじゃないなら、近くにいさせてくれ。傍で見てないと、心配だ」

     そんな言い方はずるいじゃないか。
     私はジャンの傷口に目をやった。

    「嫌いではない、もちろん。むしろ、好き……だと思う。どちらかと言えば、いや、かなり」

     きつく包帯を巻き、固定する。少し動かすのに不便するかもしれないが、これで大丈夫なはずだ。明日、診療所に連れて行こう。

     私は手を離し、俯いた。

    「だけど、私たちは分かり合えないと思う」

     夢の中の自分を思い出して呟く。
     そう、私がエレンを想い続けているからというだけではない。私たちはきっと、根本的に分かり合うことができない。

    「なんでだよ?」

     戸惑ったように、ジャンが聞いてきた。
     私は、深呼吸して告げる。

    「私は人を殺したことに、罪の意識を感じていないので」

     それから、顔を上げてジャンを見た。私のことばかり見ていなければもっとモテたに違いない――実際、新兵の中にはジャンのことを良いなといっている女の子たちがいた――二枚目の顔立ちが、今は傷ついてボロボロになってしまっている。
     私が傷つけたというのに、少し唖然とした表情を浮かべたその顔は、調査兵だった頃を彷彿とさせて少し懐かしい気持ちになった。まだあなたの手が綺麗だったころ、あなたは人殺しなんてごめんだと言っていた。きっとその気持ちは、今に至るまで変わっていないのだろう、本当は。

    「あなたは私とは違う。人の命を奪ったことで今も苦しんでいる。私は、それを知っている」

     ジャンが悩んでいる姿は、何度も目にしたことがあった。夜、布団の中で耳を塞いでいたり、お墓参りに行って長いこと座り込んでいたり。
     普段は平気な顔をしているが、本当は、仲間たちの中で誰よりも傷ついているはずだった。想像することしか、できないけれど。

    「それなのに、私はあなたの苦しみを分かち合うことができない」

     エレンを失った悲しみに、ジャンは共感してくれる。同じ感情を持って、傍に居てくれる。だけど私は、ジャンの苦しみを共有することができない。……酷い人間だ。

     しかし、ジャンは怪訝そうに眉をひそめた。

    「それは、嘘だろ」

     信じられないと言った口調で否定する。
     どうして、嘘だなんていうんだろう。
     私は眉を寄せてオウム返しにする。

    「嘘?」

    「いや、だってよ……」

     少し言い淀んでから、ジャンが続ける。

    「人を殺してなんとも思わない奴が、そんなことで悩むか? ていうか、エレンに虐殺なんてさせたくないって言ったのはお前だぞ。ほんとに何も感じてないなら、エレンを止めようとなんてしなかっただろ」

     いつも通りのド正論。ジャンはいつでも正しいことを言う。こちらがぐっと押し黙ってしまうようなことを。
     彼の言うことはもっともなのだ。エレンに虐殺なんてさせたくなかったのは、虐殺をすること――人の命を奪うことに、抵抗があったからで。

    「でもそれも、エレンのためだったから……」

     結局は、全部これだ。
     ジャンの正論に抜けている視点。それは、私にとってのエレンの重さ。

     だが、ジャンは小さく鼻を鳴らして答えた。

    「いいや、エレンじゃなくてもお前は止めてた。お前はエレンのことばっかり見てるやつだが、俺たち一人一人のこともちゃんと見てくれてただろ。お前は誰かのために行動できる、すごいやつじゃねえか」

     強い語調で否定する。体を起こして座り直し、少し苦笑した。

    「きっと、すごすぎるんだろうな。思い切りがいいだけだと思うぜ、俺は」

     すごすぎる。思い切りがいい。
     そんな風に、思われていたのか。
     ジャンからの評価に、私は目を見開いた。

    「……すごいわけでは、ない」

     ふるふると首を横に振る。

    「でも少なくとも俺は、お前がいてくれて助かってる」

     ジャンが言って、ほんの一瞬だけ私の体を抱き寄せた。ジャンの熱が私の体を温める。心臓の鼓動が伝わってきた。初めて巨人化した体から出てきたエレンを抱きしめた日のことを思い出すが、今度はこの触れ合いが嫌ではなかった。

    「ほら、今日はもう寝ようぜ。これからのことについては、明日また話そう」

     言うなり、ジャンが部屋に戻ってガラス片の掃除をしようとするので、私は急いでそれを押しとどめた。

    「怪我人は座ってて。私がやるから」

     一体いつからこんな無茶をするようになったのだろうか、この人は。訓練兵だった頃はこんなんじゃなかった。口にするのが正論ばかりなのは変わらないが、あの頃はエレンとしょっちゅう喧嘩をしていたし、自分を一番大事にする性格だったはずだ。
     それが今や、自分のことなんて一番後回しにしているように見える。
     いつの間に、こんな風になってしまったのか。
     考える。
     ……いいや、考えるまでもないか。
     トロスト区防衛作戦の日だ。マルコやほかの多くの仲間たちが死んだ時。あの日を境に、ジャンは変わった。
     大切な人の死は、人間を変えるのだ。

     翻って、私自身はどうだろう。
     家族を亡くし、たくさんの仲間を失い、最後にはエレンを手にかけて、何が変わっただろうか。
     そして、何が変わっていないだろうか。




     翌朝、渋るジャンを引っ張って診療所に連れて行き、帰りにエレンのお墓に向かった。

    「これからのことだけれど」

     草原に座り、空を仰ぐ。
     ジャンも私の隣に座って、私の横顔を見た。

    「やっぱり、私と一緒にいてくれたら嬉しい」

     思い切ってそう言ってから、お墓の方に目をやって微笑む。

    「エレンは、私に忘れてくれと言った。そして幸せになってほしいと」

     山小屋での会話を思いだすと、今も胸が痛んだ。

    「私はエレンのことを忘れるなんてできないし、絶対に嫌。それでも、あなたに心惹かれていることは自覚できる」

     エレンを失ってから――
     変わったのは、人の愛し方だ。自分の中の新しい気持ちに気が付いた。今までよりもずっと穏やかで、落ち着いた愛の形に。

     対して、変わらないのはエレンへの思い。焦がれるような、決して消えない熱情。
     そして

    「私には、帰る家が必要なの」

     家族がほしいという願いもまた、心の中にあった。かつてのように、大切な人と一緒に穏やかな生活を送りたい。そんな願いが。

     私の言葉に、ジャンはにやっと笑って応じた。

    「そういうことなら」

     草原に寝転がり、肩が痛むのかすこしだけ顔を歪めて言う。

    「今度、またみんなで集まろうぜ。アルミンとか、コニーとか呼んでさ」

     その言葉を聞いて、ここにいるのがこの人で良かった、と思う。真っ先に慣れ親しんだ彼らの名前を出してくれることが嬉しい。

    「楽しみ」

     アルミンはアニと遠くで暮らしているが、元気にしているだろうか。コニーはラガコ村でお母さんを手伝って暮らしている。久しぶりに会ったら、どんな話をしよう。たくさん、話したいことがある。なんてことない毎日のことや、ずっと昔の懐かしい思い出。

     私は、寝そべったジャンの顔を覗き込む。

    「ジャンのお母さんにも、また会いたい」

     機会があって何度か会ったことがあるが、とても穏やかで温かい人だった。ジャンの家族を見ていると、実家に帰ったような気持ちになる。

    「ああ、もちろん」

     珍しく衒いのない笑顔で頷かれて、胸がどきりと跳ねた。
     あれ、どうしたんだろう――久しぶりの感情に、体温が上がる。赤くなった顔を隠すようにして、私は姿勢を正した。
     ああ、大丈夫だ、きっと。
     これからも、この人と一緒に生きていけるような気がする。

     Fin.
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