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    amamatsu_lar

    @amamatsu_lar
    進撃の巨人の二次創作をまとめています。落書き多め&ジャンばっかり。
    ※二次創作に関しては、万が一公式からの要請などがあれば直ちに削除します。

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    amamatsu_lar

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    これもpixivから。ただの妄想ですが。
    ジャンが好きです。ジャンミカが好きです。

    【注意】138話までのネタバレあり、最終回前に書いたので139話の内容は踏まえていません、捏造多々。

    ジャン・キルシュタインの回顧とそれから【side Jean】

    「アレが、エレンに見えたか?」

     コニーの言葉が、はっきりと耳に残っている。
     エレンは変わってしまったのだと断じた、自分自身の言葉も。
     俺はため息を飲み込んで、目の前に座り続けるミカサを見た。
     俺にとってすらショックだったんだ、エレンの変わりようは。ミカサにとっては尚更だろう。

     話し合いが終わり、コニーもアルミンも部屋を出たというのに、ミカサは一向に動く気配がなかった。
     さすがに、この状況で席を立つことはできない。
     
    「私に気を遣っているのなら、その必要はない」

     どこに視線をやったものか迷っていると、ミカサが口を開いた。うつむいたままだが、きっと険しい顔をしているんだろうと容易に想像がつく。

    「気を遣ってるわけじゃねえ」

     俺は呟くように言って、窓の外を見た。
     すぐ近くにいるのに、エレンが同じ空を見上げることは無い。奴が今いるのは地下牢だ。
     自由のためだか知らねえが、さんざん好き勝手やりやがって。

     だから、アイツのことが嫌いだったんだ。
     巨人を駆逐する。
     マーレ人を殺す。
     民間人や子供を巻き込む。
     その次は、なんだ?
     
     そのたびに、俺たちやミカサがどれだけ振り回されてきたと思ってる。
     あの死に急ぎのかっこつけ野郎が、羨ましくて妬ましい。

     だが、口から出るのは違う言葉だ。

    「エレンと話をするんだろ? しゃんとしろよ」

     ミカサに向かって、励ますように言う。
     かっこつけてるのは、俺も同じなのかもしれない。

     本当に言いたいのは、こんなことじゃねえ。
     これ以上、あんな死に急ぎ野郎のことなんか考えるなよ。あんなとんでもない奴ほっといて、俺たちの……俺のところにいろよ。
     それでいいだろう?
     俺たちは、とち狂って死に急いだりしねぇし、手前勝手に民間人を巻き込んだりもしない。お前のことが誰よりも大切だなんて分かり切ったことを、照れ臭そうに言い捨てたりもしないのに。
     そうだよ、お前のことが。
     お前の、ことが――
     
     だけどいつからだろう。
     この思いを伝えられずに終わったとしても構わない。そう、思うようになったのは。

    「そうだね」

     そう言ってため息をつくミカサの姿が、クソみたいに弱弱しい。
     だから俺は、言葉を飲み込んで目を逸らすしかない。

    「……まあ、無理しすぎんなよ」

     こんな優しくない言葉を吐いて、席を立つ。



     そうやって、嘘を重ねたせいだろうか。
     その時々で最善の判断を下しているつもりが、結局何もしないまま、状況は悪化の一途を辿った。



     エレンが、壁外人類を虐殺しようとしている。
     それを止めなければならないと、ハンジさんは言った。
     ミカサがそれに同意するのを見て、彼女のエレンに対する想いが痛いほどに大きいことを知った。

     俺は。
     エレンを止めたくなかった。止めるのなんて、無理だとも思った。
     だって、そうだろう?
     理想郷じゃないか。誰からも死ぬことを望まれずに済む世界なんて。
     俺たちを殺そうとした連中にやり返す……ただ、それだけのことで。

     だけどエレンを止めなければ、無関係の人が大勢死ぬ。文明は衰退するかもしれないし、地ならしの後に生き残った人がいれば、新たな火種が生まれる。
     エルディア人だけが生き残ったとして、その中で仲良くやれる保証なんてどこにもない。あの狭い壁の中ですら、仲良しこよしではいられなかったんだから。

     考えている間にも、ハンジさんの言葉が降りかかる。

    「この島だけに自由をもたらせばそれでいい。そんなケチなこと言う仲間はいないだろう」

     ……そうだ。
     その通りだよな。
     どんな理屈をこねくり回すまでもなく、虐殺なんてダメじゃねぇか。自分たちだけで幸せになろうだなんて、そんな姿を死んでいった仲間たちに見せられるハズがない。
     マルコは、俺が指揮官に向いていると言ってくれた。俺には、弱い人の気持ちが分かると。
     その言葉に報いたい。
     アイツに誇れる自分でなきゃならねぇ。
     だから、ハンジさんの言葉に頷くしかなかった。


     ハンジさんの話が終わると、ミカサと二人で外に出た。
     前を見て歩くミカサに、どう声をかけたらいいか分からない。

    「大丈夫だ。エレンは分かってくれる。そうだろ?」

     仕方がねぇから、こんな意味のない言葉を吐いて、ポケットに片手を突っ込んだ。
     記憶の中にしかない、誰のものかもわからない、骨の燃えカスを求めて。
     指は、空しくポケットの裏地をひっかいた。

    「ジャン」

     ミカサが言って、近づいてくる。

    「なんだよ?」

     そばにいることには慣れているが、不意打ちのように近づかれると心臓に悪い。
     体を強張らせていると、ミカサが、ポケットに伸びた俺の腕をつかんだ。

    「……どうした?」

    「寒くない?」

     薄着なのは自分の方なのに、淡々と聞いてくる。

    「別に」

     思わず、ぶっきらぼうな声が出た。マフラーをしていないお前の方が、今は心配だ。この程度で風邪をひくような奴じゃねぇってことは分かってるが。
     すると、ミカサが俯いたまま言う。

    「アルミンに言われた。自分で考えろって。ジャンの手助けをしなよ、とも。ので、何か言いたいことがあるなら言ってほしい」

     言われなければ分からないことが多い、とミカサが続けた。
     ことあるごとにミカサの方に向いてしまっている俺の視線に、気づいているのだろうか。何か言いたいことがあると思われても、仕方ないのかもしれない。実際、言いたいことは山ほどある。ただ、おいそれと口にできねぇだけで。

    「……そうだな」

     答えて、ミカサの方を見る。
     ちょうどミカサも顔を上げたところだったので、ばっちり目が合った。

    「あと、もう一つ」

     その体制のまま、ミカサが口を開く。

    「私は、エレンのことが好き」

     ……知ってるっつーの。

     今更何言ってんだ、お前。

    「だからこのまま終わりなんて、絶対に嫌。絶対に、エレンのことを取り戻してみせる」

     ミカサの声が頭の中で反響して、それだけでカッと体温が上がった。
     分かってんだよ、そんなこと。お前が考えてることなんて、一々伝えてくれなくたっていい。

    「当たり前だろ」

     ぶっきらぼうに言って、身を引く。
     何度も逡巡した内容が、脳裏を駆け巡った。
     俺だって、お前のことが好きなんだぜ?
     イェーガー派について、英雄になって、そして――そんな妄想を、必死に断ち切ったってのに。
     俺の気も知らないで、もう、やめてくれよ。
     そういうこと言うな。エレンが好きだとか、取り戻したいだとか、そんなこと。

     今すべきことはなんだ? 今すべきことは……?
     一人きりの時そうしてしまうように、耳を塞ぎたくなる。だが、ミカサの前だからぐっと堪える。行き場のない両腕が、不自然に強張った。

     ミカサが、言葉を続ける。

    「ジャン。あなたはいつも冷静に判断を下している。ので、あなたの力が……」

     最後まで聞くことはできなかった。

    「分かってる。エレンを取り戻そう」

     俺は割り込んで、意味のない言葉を繰り返した。
     虐殺を止めればきっと、こんなささくれた気持ちも消えるはずなんだ。




     拳に血が滲んでいる。ライナーの骨を打った感触が、確かに残っていた。
     俺は一人だ。
     背後のずっと遠くの方で、ハンジさんたちが焚火を囲んでいる。せっかく和解に向かおうとしていたのに、壊してしまった。他でもない、この俺が。
     これじゃあ、あの死に急ぎ野郎を笑えねえ。
     耳を塞いで、目を固く閉じる。
     なあ、マルコ……
     俺は今、何をしたらいい?
     話し合うべきなんだ。そうだよな。それがお前の最期の言葉だった。それを知れただけでも嬉しかった。ライナーを責めたって、何も解決しねぇ。ヤツの事情だって慮ってやるべきだ。それに俺だって人を殺してきた。何人も、何人も。とても、責められるような立場じゃねぇのに。

    「マルコ」

     随分遠くなってしまった親友の名前。決して忘れるハズがないと思っていたのに、薄れていく顔と声。
     それなのになおも頭の奥で響く、あの日の言葉。
     耳を塞ぐ手に、力を籠めた。
     助けてくれ、誰か。
     勘弁してくれよ、本当に。弱っちい人間だから、他の弱いやつの気持ちが分かるって、そりゃあその通りかもしれない。だけどそしたら、俺はどうすればいいんだ。こんな弱っちい俺を、誰が奮い立たせてくれるってんだ?
     俺は、弱い。だけど、強くあらなきゃいけねぇ。そうじゃねぇと、アイツの言葉が俺を責めるんだ。

     気が付くと、木の根元にうずくまって眠りかけていた。
     焚火の方を見ると、幾人かは眠っているようだ。幸い、俺のせいで空中崩壊するなんてことにはならなかったらしい。

    「戻らねぇと」

     なぜだか冴えた頭でそんなことを考えながら、立ち上がる。変な姿勢で固まっていたせいで、関節が痛んだ。
     と、向こうからも歩いてくる人影がある。

    「……ミカサ」

     逆光のせいで分かりにくかったが、やがてはっきりと姿が見えた。

    「平気?」

     ミカサの目が、じっと俺を見る。

    「ああ」

     俺は頭を掻いて続けた。

    「安心しろ。逃げたりしねぇよ」

     ミカサがこくりと頷く。

    「分かってる。それは別に、心配してない」

     そりゃ、随分信頼されたもんだな。
     心の中で皮肉っぽく呟いた時、ミカサの視線が気になった。珍しく、ずっと俺に向いたままだ。

    「なんだよ?」

     語尾を上げて問いかける。それから答えを待たずに続けた。

    「ああ、分かってるよ。ガビには謝る。蹴っちまって悪かった」

     それでもなお、ミカサは俺の顔を見ていた。
     すこし、怖い。

    「……だから、なんだって?」

     一人芝居をしているような居心地の悪さを感じながら、再び尋ねる。

     ミカサが、静かに言った。

    「本当に大丈夫なのかなと思って」

     心配してくれている、らしい。いや、「らしい」なんて言い方は無責任か。心配されている。長い付き合いなんだ。そのくらい、ミカサの残念な言語力からでも読み取れる。

    「ライナーが話し始めた時、ライナーのことを見ていられなくて、目を逸らした。そしたら、ジャンの手が震えているのが見えて。その後も、強がって平気なフリをしているように見えた。ので、正直に言うと、今も本当に大丈夫なのか分からない」

     見抜かれてたんだな。そりゃそうか。殴りかかるまで、その衝動を抑えるのだけで精一杯だったんだから。
     だが、その後の言葉は予想外だった。

    「ジャンは強い人ではないから、弱い人の気持ちがよく理解できる。それでいて現状を把握することに長けているから、今何をすべきかが明確に分かる」

     ミカサは淡々と、あの日のマルコの言葉を口にした。

    「お前、それ……」

     確かにこの話をしたことはある。でも、それをここまで正確に覚えていて、そして今口にされるとは思わなかった。

    「この言葉は、事実だと思う。ジャンには何度も助けられてる、その、冷静さのおかげで」

     地下牢にいた時だってそう、とミカサは続ける。

    「エレンが私とアルミンを傷つけたのには、何か真意があるのかもしれないと言われて、少し、安心した」

     そんなこともあったかもしれない。
     あの時は、自分自身に対して言い聞かせたかったってのもあるんだが。

    「だから私たちも、それに甘えてしまっていたところがあるのかもしれない。だけど――」

     ミカサが言って、一歩近づいてくる。

    「ジャン。貴方だって、常に冷静である必要はない。私もアルミンもコニーも、貴方の仲間。今はきっと、ライナーたちだって」

     仲間、か。そうだよな。そんなことは分かってんだ。頼りにしてないわけじゃない。だが、ことはそう単純じゃねぇんだ。
     反論しようとすると、それにかぶさるようにしてミカサの話が続いた。

    「だから、助け合えばいい。マルコがどう思っていたかは分からないけど、私はそう思う。全部一人で抱え込んで、みんなの前に立っていなきゃいけないわけじゃないの」

     きっぱりと告げられた言葉に、不覚にも目頭が熱くなった。
     すっと息を吸い込み、涙を止めて、ミカサの顔を見つめ返す。

    「安心しろ。本当に大丈夫だ」

     エレンを止める。
     俺たちがやるのは、これだけだ。



     それなのに、どうしてあの死に急ぎ野郎は

     ――オレを止めたいのなら、オレの息の根を止めてみろ。

     交渉の余地も、作ってくれねえのか。
     ミカサが、どんな顔をしていると思う?
     自分が何をしているのか、本当に分かってるのか? なあ、この野郎。




     地ならしを進めるエレンの巨体。骨ばかりで構成されたそれを見ていると、息がつかえそうになる。
     
    「……ミカサ」

     巨人化したファルコの背に乗って、声を押し出した。エレンを、殺そうと。
     その言葉を聞いた途端、ミカサが凍り付いた表情を俺に向ける。
     だけど俺は気づかないフリをして、あの死に急ぎ野郎を睨んだ。
     きっとエレンが死んでも、ミカサはエレンのことを思い続けるだろう。だけどもう、どうしようもねぇんだ。
     俺には、今すべきことが分かる。
     エレンを殺す。
     それしか、道は無い。



     爆弾のスイッチを入れた途端、たしかにエレンの首が飛ぶのを見た。そこから、新たな光るムカデのようなものが生えてくるのも。

     ようやく、終わる。
     エレンを殺せる。



     だが、そう簡単に事は運ばなかった。
     光るムカデのようなものから、煙が噴き出した。一面の煙に視覚も嗅覚も奪われ、思わずせき込む。

    「これは……ラガコ村と……同じやり方なんじゃ……」

     コニーが、信じたくないような声でそう言った。
     寝転がったままのコニーの母親の姿が目に浮かぶ。脊髄液入りのワインを口にして、巨人化してしまったピクシス指令たちの姿も。
     兵長の判断は迅速だった。ミカサたちを連れて、ファルコとともに飛び立つ。

     取り残された、俺たちは。

     ファルコの背中が遠ざかる。
     父親と引き離されて、泣きわめくピーク。取り乱した姿なんて珍しい。ミカサもそのくらい取り乱してくれたら良かったのになんて自分勝手な考えが浮かぶが、彼女が一番に考えているのは、きっとエレンのことだった。
     今すべきことを、考え続けた結果。
     仲間たちと、助け合った結果――

    「これが……俺たちの最期かよ……」

     肩に手を回して、コニーが言う。

    「……まあな」

     同じようにして肩を組み、俺は頷く。
     不思議と、後悔はない。ミカサに思いを伝えずに終わったことにも、エレンを殺そうと決断したことにも、ここで自分の命が潰えることにも。

    「覚えてるか? ジャン。死体を焼いた夜のこと」

     コニーの言葉。

    「……ああ」

     立ち込める煙のずっと遠くに目をやりながら、あの日のことを思い出す。いや、思い出す必要なんてない。あの日を忘れたことなんて、一度もねぇんだから。
     なあ、マルコ。
     俺、少しは強くなっちまったんじゃねぇかな。
     コニーが、わずかに笑みを作って言う。

    「まったくお前のせいなんだぞ? 俺たちが、人類を救うはめになったのは」

     手前勝手な言い分を笑い飛ばそうとするが、上手く笑えなかった。
     目の奥がじわりと染みてきたのは、きっとガスのせいだろう。

     意識が、途切れた。





     そのまま死んじまうものと思っていたのに、どうしたものか、始祖ユミルとやらは俺たちを生かした。
     
     鏡に映った自分を見ると、顔の半分が焼け爛れた不細工なナリだ。
     あの後、始祖ユミルの計らいでエルディア人は巨人化する力を失ったらしい。巨人化していた人々――かつて壁を構築していた超大型も含め――は、人間の姿に戻った。再生能力が無いから、その時負った傷はそのままだが。
     それにしても俺たちが助かったのは、ミカサがエレンとキスしたのが理由だなんていうから、冗談がキツイ。そして肝心のエレンは、ミカサに切られて死んじまった。ミカサは、最愛の人を自らの手にかけたのだ。

     地ならしのおかげで壁は無くなり、あの後エルディア人への差別意識も払拭されつつある。
     俺たちに至っては、人類を救った英雄とまで言われてる有様だ。

     ……間違って、なかったんだろう。
     パラディ島の仲間を殺してまで、エレンを止めたことは。
     間違ってない。
     そうだよな?

     ベッドに腰かけ、拳を握る。

     骨の燃えカスは答えない。
     その形すら、どこにもない。

     ――ジャンは、強い人ではないから弱い人の気持ちがよく理解できる。

     代わりに、勝手にアイツの声を思い出す。ずいぶん古い記憶になってしまった、あの柔らかな声を。

    「マルコ」

     俺は、やっぱり弱いままだ。
     今だって、英雄だなんて大層なことを言われて、笑っちまいそうになる。あまりにも馬鹿馬鹿しくて、白々しくて。
     あんな言葉をかけてくれたお前こそが、本当の本当に指揮官に向いていたんだろうって、今なら思う。
     お前なら、どんな判断を下したんだろうな。
     俺の判断は、間違ってなかったか?

     ――お前の判断はさ、

     マルコの声。
     するはずがない、幻聴。

     ――正しかったんじゃないかな。だから、みんなが生きてるんだろ。

     骨の燃えカスは喋らない。
     だからこれは、俺の願望。でも、本当はこんな答えを望んじゃいねえんだ。

     責めてほしい。
     許さないでほしい。
     糾弾してほしい。
     それなのに一方では、赦しを乞うてしまっている。
     俺はどこまでもオレサマで、自分が正しいと思ってて、絶対に死にたくねぇんだ。
     おそらく、あの時のライナーと同じで。

     こんな逡巡、乗り越えたつもりだった。
     覚悟を決めて、イェーガー派と対立した。
     でも、まだ足りなかったってことだろう。

     今でもあの時の音が、怒号が、熱が、よみがえる。

    「くそっ」

     吐息をもらして、耳を塞いだ。

    「くそだ、こんなどうしようもねぇことで悩むなんて」

     他に、どうしようもなかった。
     俺たちは、ああするしか……

    「ジャン」

     思考を遮るようにして、声が降ってきた。
     顔を上げると、ミカサが立っている。

    「ミカサ、お前……」

     見られたのか。一体、いつの間に。

     俺は今更のように腕を下ろし、俯いた。

    「何の用だよ」

     平静を装って聞く。

    「大丈夫? ……では、ないように見える」

     控えめな気遣いの言葉を、ミカサが発した。
     怪訝に思って見つめ返すと、困ったような笑みを浮かべている。

    「エレンを殺したのは私」

     その笑みを、ふっと消して、

    「マーレ人も、島の仲間も、大勢殺した。だから私は、あなたとも同じ罪を背負っている」

    「とも」というのはきっと、エレンのことが念頭にあるのだろう。ミカサは同じような言葉を、エレンにも伝えていた。
     自分の胸に手を添えた姿は、何かを恥じらっているように見える。肩のあたりまで伸びた黒髪が、さらりと揺れた。
     かわいい。
     素直な感想が頭に浮かび、結局俺は軽薄なままだと嘲笑する。

    「そうか。でも、俺は」

     言いかけると、ミカサが顔をしかめてそれを遮った。

    「ジャン。あなたが苦しみを抱いているなら、私もそれを分かち合おう。私たちは仲間なんだから」

     ……ああ。
     そうか。そう、なのか。
     焚火を囲んだあの時と同じことを、まだ言ってくれるのか。
     一度は巨人になっちまって、お前たちのことも殺しそうになって、今はこんな醜男で、情けなく俯いてばかりなのに。

     俺は――俺は――

     だが、許されるだろうか。
     このひと時の平穏を享受して、彼女と罪を分かち合うことくらい、お目こぼししてもらえるだろうか。

    「ありがとな、ミカサ」

     言って、ミカサの手を取った。

    「俺は、お前のことが好きだよ」

     7年前からの思いを、ようやく口に出す。言葉が風に乗って、たいして遠くもなかった距離を飛んだ。
     黒髪の乙女は驚いたように目を見開いてから、その言葉を口で受け取った。
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