無題Side Z
正対して双眸を合わせたなら眩んでしまう。左上がりの唇をしてはにかんで、まっ白とまっ白に挟まれた黒々の目がきゅうと細められ。まっすぐに伸びた指、やわらかく厚いてのひら。差し出し返して、握れば、Z、彼の仲間である自分として逃れられなくなる。はじめから降参する、しか、なく。
もしくは。
愛されるとはおそろしく。
それは個をうしなわされるもので、自分が自分として居れなくなること。それを自身に許せない理性を持つ生物が人間と定義され、哀れましい理性は礼儀を知らない野性に怯懦を抱く。その臆病をうちひらける者が、おのれがおのれのものでなくされる厭を許せる生き物であるならば、見つめられ笑まれるその慈みを許せるだろう。
からだのなかから、絶えることをしらず湧くその莫大で傲慢な、無形の温熱を、愛情を、きみが持て余している奔流を、愛情のほかなんと呼べばよいか。
逃げ出すものは皆それを怖れている、もしくは軽蔑するものであった。その濃い肌から、なまめかしい黒髪から、口ぶりから、厚く柔らかな掌から、揮発させ満たし尽くし惜しまないきみの熱を。ピカピカと光沢し奥まで入り込む眼の二つを。
ならばそう、そんなものはきみの前には居らない。きみときみの愛する家のみがそこに存在する。
きみにとって愛することと愛されることは当然で、事実であり、そこに疑問を差し挟む必要も余地もなく。そのさまを目の当たりにすれば誰もが、愛されるべきものと成り果て、愛すべきものと決定づけられる。
そうして、愛すべきを漏らさずそのように為せば、きみの壮美はいっそう増大し、すこやかな青年である身体のすみずみに、においたつ血が、あかあかしい熱が、ありあまる生命が充満し、その慈悲を惜しみなく賜れる。
あの子らはばかりなく享受できるそれを、オレは。
オレは負けることばかりしてきた。それが唯一オレの生きられる方法で、そればかりやってきたから、今こうして、オレはみんなのところに残っている。
神さまは王様よりもトランプを切るのが下手だったから、そのおかげでオレはずいぶん笑顔が上手くなった。
Side I
彼は自らの怜悧をそれとして待遇されることを嫌がった。彼の聡明は彼の意思による自由のために使用されるべきで、ほかのいかなる用途に順服するものであってはならなかったから。
トランプは必ずしも均等に切り分けられず、
回答を続けることができるのは解せない言葉の美を知る者のみである。
「あとどれくらい、オレはお前を許せたらいい? これ以上お前にわたせるものなんてもうオレには無いように、オレはお前に、お前でなくとも、だれか、ひとに、許しつくせるあらゆるすべてを許してしまった。
いいよ、オレの血肉を噛んだり、殴ったり、怒鳴ったり、ちぎったり、馬鹿にしたって、貶めたって、愛して、甘えて、罵って、踏み躙って、試して、憎んで、慈しんで、慕って、否定して、肯定して許して、許さなくたって、もしくはそれらをしてくれなくたって。オレはそのぜんぶに、きみに相応に怒ったり泣いたり笑ったりする。けれどそれだけだ。
オレはきみの知りえないだろう非力さの話を丁寧におしえてあげることだってできる。オレの財産もきみの愛も事実にすぎないことをオレは知っているから、なんだって答えられるし、なんにだって沈黙してあげられる。
オレはオレが傷つけられることをオレの価値の一部にして売っているのだと、優しく教えてあげられる。きみは何が正義かを決められる人間だと生まれたときにはそう決まっていたから。そのせいでわからないかもしれないから。
でも、それで何になるのかオレにはわからない。きみにとっての満足になるなら、オレの何でもあげるよ。Z、ね、次はなにを許したらいい?オレはうまくできることが幾つもあるし、うまくできないことが膨大にあって、そしてそのことで傷ついてあげることもできる。Z、オレはおまえにぜんぶを許すよ。お前はお前が残らず開けた箱を見て、無いものを見ることはできないってちゃんと見て、それで次はなにを許されたい?」
Re: Side W
きみはひとを傷つけることを許されているからきみだった。そのきみはオレをも傷つけたい。オレが傷ついてくれることを期待して、その傷がオレにとってはなんでもないということを確認して、きみはここに居たい。
オレは、いいよ、どれだけでも拒まない。だって、きみは若くておろかな、衝動を飼いならせなくて愛の作法を知らない、無礼な獣、オレの価値に値すべくもない、ただの。
「あぁ、Z、オレやっぱりきみのこと嫌いかも。おまえは今、泣いちゃいけないんだよ、そんなことも知らないの。そういうずるさが、そうだね、オレも正面切って嫌えれば、でも、いや、そんなことはしない。オレはきみを嫌わないよ。これはオレの意地で、オレのつくってきた組成。」
そう笑んでさしあげて、オレはこのばけものを、オレの何にもしない。それなのにお前は。
「Wくん、俺を好きでいてくれてありがとう。」
愛の出力方法の如何をおれは知っていてきみは知らない、それがオレときみの違いだ。
彼は美しく、それは慈悲、恵みであり、彼という存在から、その眼にうつるものに惜しみなく与えられる。
きみはバカじゃないのだから。
もうこれ以上の要求を、おれにしてくることはないでしょう? どこまでも空っぽの箱を叩き続けるのはお前の趣味じゃない。