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    ゆめかぜ

    マイイカSSのまとめ置き場。時間軸順不同御免。

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    ゆめかぜ

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    サッドくんがユメカを気に掛ける話。(ほのぼの)

    #うちよそ
    atHome

    本音は本人も分からずじまいふと視線を巡らせたサッドの目に、ロッカールームの隅に置かれたソファが映った。そこに、ひときわ目立つピンク色の頭が沈み込んでいる。彼女は背もたれに身を預け、うとうとと浅い眠りに落ちていた。
    周囲には誰もいなかったが、ロビーには数人の通行人がおり、売店にはスタッフが常駐している。危険な空間ではないことは確かだ。それでも、成人した女性がこんな場所で無防備に眠っているのを見ると、どこか引っかかるものがある。
    サッドは眉をひそめると、音を立てないよう、ゆっくりと彼女に歩み寄った。おそらく本気で眠るつもりではなく、少し体を預けただけなのだろう。疲れが蓄積した中で、ほんの気の緩みが眠気となって現れたのかもしれない。
    無理に起こすのもどうかと思い、どうしようかと悩んでいた、その時。
    「ん……」
    目の前でユメカが身じろぎ、手の甲で目をこすった。咄嗟にサッドは半歩身を引く。まどろみの中から目を開いたユメカが、「あれ、サッドくんじゃん」と、彼を見上げて笑った。
    彼女は眠気を振り払うように体を起こし、ゆるりと立ち上がった。
    しかし、その動作の途中、足元がふらりと揺れる。
    「おっとと……」
    小さく呟いて、額にそっと指先を添える。そのままふらつきを堪えるように足を踏ん張り、手は額から喉元へと滑った。眉間にしわを寄せ、かすかに首を振る仕草が、どこか無理をしているように見える。
    「ちょっと寝ちゃってた。すぐ帰るよ」
    そう言って、彼女は何事もなかったかのようにロッカールームの出口へと向かった。その背中を、サッドは黙って見送る。ぱっと見だと変わりなく見えるが、彼女の歩幅は狭く、歩く速度もいつもより僅かに遅い。ほんの微細な違いだったが、サッドはそれを見逃さなかった。
    軽く舌打ちをすると、彼は彼女の背中を黙って追いかけた。

    ユメカの住むアパートは、バンカラ街の中心から徒歩圏内にある。普段なら十分も歩けば着く距離だ。彼女もそのつもりでいたのだろう。だが、背後から届いた一言が、その歩みに一瞬の間を作った。
    「……おい」
    「ん? なにか用事でもあった?」
    振り返ったユメカが、きょとんとした表情で問い返してくる。だがサッドは、その問いには答えず、代わりに質問で返した。
    「お前、風邪か?」
    その一言に、ユメカの目が少し見開かれる。一瞬、その顔に戸惑いの色が浮かんだが、彼女はいつものように笑ってみせた。
    「あはは、ちょっとね」
    「……大丈夫なのか」
    もう一度、サッドが問う。今度は少しだけ言葉に力を込めて。それに、ユメカは変わらず笑って答えた。
    「ヘーキだって。そんな心配しないでよ」
    笑ってはいるが、その言葉にいつもの張りはない。本人がそう言うのだから、それ以上深く立ち入るのは違うかもしれない。そう割り切るようにして、口を閉じた。それでも、彼女の浮かべた表情が、どこか心に引っかかる。
    気づけば、サッドはユメカの隣に立っていた。
    彼女が歩を進めるたび、サッドも同じように歩を進めていた。
    「あれ……?」と、ユメカがきょとんとした表情でサッドを見やる。
    「お前に用はないが、こっちの道に用がある」
    ぶっきらぼうに言った言葉に、ユメカは少しだけ目を細めて微笑んだ。
    「そっか」
    それだけを言って、また沈黙が落ちる。
    本当に、何か用事があったのだろうか?
    一人で行けばいいはずのその用事に、なぜ自分の歩調に合わせているのか。ユメカは疑問に思いながらも、それを口にはしなかった。何も聞かず、ただ、彼の隣を歩き続ける。
    バンカラ街の雑踏の中を、ふたりは静かに並んで歩いていた。

    Fin.
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