終焉の黄昏 黎明の暁 十六章十六章
それはある日の休みのことだった。
「惠、手紙を書こうと思うんだ。」
また、いつものように秘密の宮に、王様二人が籠って読書にふけっていると、陽子は読んでいた小説を閉じそう言った。惠は読んでいた漫画から目を離し、陽子に視線を向けた。
「誰宛に?」
「慶のみんなに。」
惠は何気なく陽子が読んでいた小説を目にして、なんとなく納得した。
「なるほど、感化されたのね。」
陽子が読んでいた小説は、兵士だった少女が代筆の職業に就いて、愛を知っていく物語だった。
陽子は恵の言葉に、フッと笑った。
「最後に一人、一人に残しておきたいんだ。」
「そう、なら。」
惠は陽子の言葉を聞いて立ち上がると、“渡したいものがある”と出て行ってしまった。それからしばらく経って、両手で抱えるほどの上質な木箱を持ってきた。そして、その箱を机の上に置く。
「開けてみて。」
陽子は言われるがまま箱を開ける。蓋を外すとそこには、たくさんの文が入っていた。綺麗に入っている一つを手にすると、それは祥瓊から陽子宛の文だった。
「これは・・・。」
また、一つ一つ手にすると、それらは鈴や袁甫、浩瀚からの文だった。そしてその中には、景麒からの文も入っていた。
「慶から度々、使者が来ててね。陽子さんの状態もあったし、渡さないようにしてたの。けど、今の陽子さんなら、大丈夫かなって思って。それに、手紙って一方通行のものでもないでしょ。書くなら、その手紙を読んで書いても良いんじゃない?」
「うん。そうだな。この文を読んで、みんなに書くよ。渡してくれて、ありがとう。」
陽子は手にした文を胸に押し当てて、感謝の言葉を言った。
その日以降、陽子は毎日慶から文を読み続け、一人一人に手紙を書いていた。
陽子は残りの半年を今まで、寄り添ってくれていたみんなのために、費やすことにした。
夜。
「惠~。」
そう言って入ってきたのは、塙麒——晴だった。
惠は自室に終わり切らなかった仕事を部屋に持ち込み、書簡に目を通していた。一瞬、晴に視線を向けてすぐに戻す。
「台輔、どうしました?」
惠のこの言いように、晴はむくれた。
「惠、わざとやってるでしょ!!」
惠は一つため息をつくと、晴に顔を向ける。
「晴、今は仕事中なの。弁えなさい。」
晴にそう言うと、読んでいた書簡を机に置き筆を手にする。そして素知らぬ顔で、書簡に筆を走らせていった。
晴はむくれたまましばらくいたが、しばらくして口を開いた。
「ねぇ、めぐ。陽子さん、大丈夫かな?」
「大丈夫って何が?」
「退位、・・・・しちゃうのかな?」
その言葉に書き出していた手を止めて、硯に筆を置く。
「それは、景麒と陽子さん次第じゃない?」
「随分と冷たい言い方じゃないか。」
晴はそういうと、惠の座っている椅子を引く。
「ちょっと!!」
そして、ドカリと無遠慮に惠の膝の上に座る。惠は不機嫌に睨み付け、指先で晴の鼻先を弾く。
「もう、いい加減に、親離れしなさい!!」
「やだ!!」
「その歳で反抗期か!!」
「反抗期じゃない。惠が、構ってくれないからだ!」
二人は二言三言、言い合いをした。
惠が晴を膝の上に乗せても平気でいられるのは、晴が麒麟特融の仙骨を持っているからだ。そのため、普通の人や動物よりかなり体重が軽いので、惠でも膝の上に乗せていられるのだ。
「それよりも、さっきの話!」
惠は晴にそう言われると、頬杖をつく。
「そんなの退位してほしくないに、決まってるわ。だけど、私たちがどんなに縋って泣きついたところで、最終的に決めるのは陽子さんよ?仮にそれで思いとどまったとしても、また水偶刀が暴走したら陽子さんにとったら、地獄の逆戻り。精神的な根本的なところが解決しないと、周りがどうしようと無理ね。」
「じゃ、どうするの?」
惠は再び、晴の鼻先を弾く。
「イタッ!!」
「お前、分かっててきいてるでしょ!」
「えへへ。」
晴は鼻を撫でるように擦る。
「陽子さんが再び玉座に戻るには、陽子さん自身が景麒に対しての恋慕を綺麗さっぱり断ち切ること。でも、本当に断ち切れるかどうか。断ち切れたと思っても、心の奥底に未練があれば、それが起因して水偶刀の幻を見る可能性がある。そうなると、さっきも言ったように、また精神を病んでしまう。」
「なら、景兄が陽子さんを好きになれば良いってこと?」
「そうすれば、陽子さんの心は満たされるでしょうけど。でも、景麒は陽子さんの好きを正確に理解することができるかしら?その上、陽子さんと同じ思いを抱くことができるかしら?」
「でも、可能性がないわけじゃないだろ?」
「まぁね。」
惠は晴の言葉に素っ気なく答えた。
「でも、確率の低いことに期待しても、ダメになる可能性が高いのなら、期待するだけ虚しくなるし、悲しくなる。今は私たちにできることをするしかないんじゃない?」
「まぁ、俺は惠の臣下だから、惠の意思に従うよ。」
それから数か月した頃、陽子が惠の自室に尋ねてきた。惠は快く迎え入れ、陽子を窓辺の円卓に案内した。
「夜分に済まない。相談したいことがあったんだ。」
陽子は席に着くなり、そう話し始めた。
「今、慶のみんなに手紙を書いている。だが・・・、その・・・・。」
惠は言い淀む陽子に首を傾げる。
「景麒にだけ、・・・・贈り物をしたくて・・・。」
陽子は少し頬を赤らめながら言った。
「特別なものを・・・・贈りたい。」
惠はこの言葉で陽子の想いを理解した。
陽子は最期に自分の生きた証——想いを慶のみんなに残したいと考えている。だがその中でも、景麒に対しては特別な気持ちがあるため、その特別を特別な贈りものを渡したいと考えていた。
「なるほど。なら、王でしか与えられないものがある。」
「王でしか・・・、与えられない・・・・。!!っ」
陽子は惠の言葉を反芻すると、麒麟にとって王でしか与えられない、唯一のものを理解した。
「確かに、それは私でしか、景麒に与えられないものだな。」
そう言って微笑みを浮かべた。
「ありがとう。相談してよかった。特別は贈りものができる。」
そして、その後二人はその贈りものについて、長い時間をかけて話し合った。