呪×fate クロスオーバーここまでの経緯としては
・うっかり聖杯戦争に巻き込まれる伊さん、ヘクトールおじさん(ランサー)召喚
・ふたりの方針は以下の通り↓
伊「ランサー、今後の方針なのですが」
ヘク「おう、どうするマスター?(真面目そうだし、正面から戦うとか言い出したら面倒だな…)」
伊「徹底的に隠れてひたすら嫌がらせして相手の隙ができるのを待ちます」
ヘク「OKおじさんそれ大得意」
・んで、ちくちく嫌がらせしてたら伊が取っ捕まって五と楽しい圧迫面接がはじまるよ!的な流れです
じんわり浮上する意識の中、伊地知がまず感じたのは後頭部の痛みだった。ずきりとした痛みに眉をしかめながら、ゆっくり目をひらく。無意識に眼鏡を探ろうとした手が痛んだ布地を滑った。
「おはよう」
不意にかけられた言葉に伊地知の意識は急浮上した。勢いよく身を起こすと暗くぼやけた視界の中、それでも間違えようが無い男――五条悟が立っていた。
「…おはようございます」
伊地知はおおよその状況を把握した。埃っぽいこの部屋は、おそらく何処かの廃ビルであるようだ。そして自身はソファに寝かされていたらしい。身じろぎすれば古ぼけたそれは、ギシリと鈍い音を暗い部屋に響かせた。そんな彼に五条は右手を差し出した。
「ん」
その手に握られていたのは伊地知の眼鏡であった。一瞬のためらいの後、伊地知は恐る恐る自身の右手を伸ばした。互いの手に刻まれた禍々しい程に赤い令呪が近づき、そして直ぐに離れた。
「いやぁお前なかなか起きないから、ちょっとやり過ぎたかと心配しちゃったよ」
「…ちょっとではなく、十分やり過ぎです」
受け取った眼鏡をかけながら、伊地知は数時間前に自身を殴りつけた張本人に悪態をついた。対する五条は全く悪びれる様子もなく、それはそれは楽しそうに言葉を投げかけた。
「じゃ、捕まったマスター・伊地知くんに質問」
『マスター』の単語に伊地知は思わず動きを止めた。上司であり、先輩であり、そして同じくこの儀式の参加者である五条に捕らえられている。それが伊地知潔高の現状であった。
「お前のサーヴァントはどこ?」
「…素直に答えると?」
「まぁそうだよね。形式上だよ形式上」
そう言って五条は伊地知の隣にどかりと腰を降ろすと、そのまま問いを重ねた。
「伊地知さぁ、なんで僕と戦うワケ?」
「…まだ戦うとは決めていません」
「あれだけ嫌がらせしておいてそれは無いでしょ」
その言葉にやはりバレていたかと伊地知は緊張をより強めた。できる限り自身の正体を隠して行動してはいたが、この男を相手にして隠し通せるはずが無かった。
「何が問題なの? 今までどおりじゃん。最強の僕が戦って、解決する。お前はそれをサポートするのが最適解だろ?」
ふて腐れた子供の様な声音で語りかけながら、五条は伊地知の顔を覗き込んだ。その近さに思わず狭いソファの上で後ずさりつつも、伊地知は極力冷静であるように努めた。そう、ここでこの男に、五条悟に呑まれてはいけない。
「…この聖杯戦争には不確定要素が多すぎます」
伊地知はこの儀式、聖杯戦争に巻き込まれた時からの疑念を口にした。それに対して五条はなんだそんな事、と言わんばかりの態度で言葉を返した。
「確かに魔力は呪力と似て非なるものだ。だけど応用は利くだろ、現にお前だって呪力を魔力に変換して操作できてるじゃん」
「五条さん」
淀みなく語られる反論を遮って伊地知がその名を呼んだ。普段であれば考えられない態度であるが、五条は怒りもせずぴたりと口を噤んだ。そんな様子を見つめながら、伊地知はゆっくりと言葉を吐き出した。
「『万能の願望器』なんてもの、実在すると思いますか?」
この聖杯戦争で勝ち残った者への報酬。全ての願いを叶える願望器。奇跡の具現化。それは果たして実在するのか?
――そんなものを、あの五条悟が信じているのか?
「さぁ?」
伊地知の予想通り、返ってきたのは煙に巻くような言葉だった。
「まっ万能なんて普通は眉唾ものだけど、英霊の魂を七個も使うなら現実味も出てくるでしょ」
「たった七人分の魂で、何でも願いが叶うなんてあり得ますか?」
暗に否定を口にする伊地知に、五条はうっすらと笑みを浮かべたまま静かに問いかけた。
「お前、何が言いたいの?」
「…貴方だって気がついているでしょう。この儀式は不確定、否、不審な点が多すぎる。それでも積極的に儀式を完遂しようとする貴方を、私は……信じる事ができません」
「五条さん」
「貴方は何を、願うつもりですか?」
「秘密」
その言葉で伊地知の覚悟は決まった。ならば、する事はひとつ。
「令呪をもって命ずる」
「穿て、ランサー」
何のためらいもなく、伊地知は己のサーヴァントに命じた。
「っおい油断しすぎだマスター!」
「ニンジンくんありがとー!いやぁちょっと焦ったよ」
「ニンジン言うんじゃねぇ!!」
「やっぱりテメェか、ヘクトール」
「あーごめん、おじさんニンジンの知り合いは居ないんだ」
「テメェもうるせぇよ!」
「へぇ、帳の応用しての気配遮断ってとこかな?お前器用だね」
「…五条さん」
「なーに?」
「きっと、誰も生き返りませんよ」
「…わかんないじゃん?」
「はーいはい、問答はその辺で」
「うわっ、ランサー?!」
「…令呪のブーストが効いてる内に撤退しますよ、マスター」
「…はい」
「令呪一画使ってまでのお話で、何か成果はありましたかい?」
「…すみません、貴重な令呪を」
「まぁアンタが身の振り方を決めるために必要だったんでしょ」
「で、どうするんです?」
「おそらくあの人は、何もかもを救おうとしています」
「でも、そんな事できるとは思えないんです」
「…サーヴァントの身のおじさんが言うのも何だが、『奇跡』なんて大抵ろくでもないシロモノですよ」
「…はい。そしてそれを一番知っているのは、あの人のはずなんです」
「私は五条悟が『聖杯』を使用するならば…それに介入します」
「そのために、最後まで勝ち残ります」
「ランサー・ヘクトール、力を貸して下さい」
「…俺はね、平々凡々な生活が望みなんだ」
「だけどまっ、化け物染みた連中に一泡吹かせるのも偶には悪くない」
「凡人らしく精々足掻くとしようぜ、マスター」
「…ありがとうございます、ランサー」
「…追わなくていいのかよ」
「まぁ令呪一画使われてるしねぇ。僕も魔力については未知数だから深追いはしないでおこう」
「あの眼鏡、結局マスターのなんなんだ? 敵か?」
「伊地知が、敵?」
「そう! 伊地知が僕に真の意味で逆らったんだ! 今までこんな事無かったのに!」
「僕の六眼を持ってしても解析しきれない魔力にこの聖杯戦争、予想ができない!」
「この儀式なら、僕の予想外の事が――奇跡が、起こせるかもしれない」
「あいつも、みんな幸せになるんだから…僕の言うとおりにすればいいのに…やっぱり早くサーヴァントと令呪取り上げるべきかなぁ」
「幸せ、を願うのか?」
「幸せ、有り得た未来、奇跡…救済。言葉にすればそんな所かな、僕の願いは」
「だがらニンジンくん…いや、ライダー・アキレウス」
「君の力、使わせてもらうよ?」
みんなの幸せのために、ね。そう言って五条はうっそりと笑った。