タイトル未定 暑いのは苦手だ。
一体誰だ、夏でも朝は気温が低いと言い出した奴は。そんなもの、俺が人間だった頃から元号が二度変わった今では通用しない。
こんなところを歩くくらいなら部屋に籠って作品を仕上げた方が生産的だ。一体なぜ自分は朝っぱらから炎天下の中を歩いているのか。理由は至って簡単だ。起き抜けに「せっかくですし、散歩に行きませんか」という裏居の誘いに自分が二つ返事で答えてしまったから。それだけ。乗った理由は特にない。ただ、拒否する理由もなかった。
だがそれは現代の夏の暑さというものをすっかり忘れていたからであり、それを思い知った今では断ればよかったなと後悔している。
暑さなどものともしないと言ったようにすいすいと前を行く裏居は、いつものように布で口を隠していない。何ならあの胡散臭い羽織も纏っておらず、ポロシャツにデニムのズボンという至ってシンプルな格好だ。雑に束ねられたぼさぼさの髪はいつも通りだが、あの羽織と布が無いだけでも印象は変わる。
というのもここは国定図書館の外。司書の鬼家から夏季休暇を言い渡されたのが半月程前。だが、有碍書の管理やら浄化やらと司書だけではなく文豪にも常に仕事はある。全員揃って休みというわけにもいかない。よって数人ずつ交代で休みを取れ、というのが司書からのお達しだった。
別に長期休暇などあってもなくてもよかったのだが、決まったものは仕方ない。束の間の休暇と言っても別段行きたいところもなく、やりたいこともない。だから館内でいつも通り過ごそうかと考えていたのだが、せっかくならちょっと遠出でもしてこい、あと外泊もしてこいと半強制的に図書館を追い出されてしまった。ついでに裏居の見張りも押し付けられ、昨日から俺達は蝉の鳴き声を聞いたり川の水が流れる様子を見ながら電車に揺られたりバスに乗ったりしていたわけだ。宿の場所も乗り継ぎの場所も、全て俺が確認していたから迷うことはなかった。
という背景を経て今に至るわけだが、国定図書館から少し離れた場所で、転生文豪の存在など微塵も知らない者が俺達を見たらその奇抜な容姿に腰を抜かすかもしれない。そんな可能性を踏まえて、いつもの所謂漫画やアニメの登場人物のような奇抜な格好は禁止されている。
一応一般人には俺達がに不審に映らないようなナリに見えるようカモフラージュを施しているそうだが、それも何がきっかけで解けるかわからない。
加えて錬金術の才能がある者には俺達が普段の格好に見えるとうちの女研究員が言っていたような気がする。「そんな人滅多にいませんよ~。雲母さんは心配性ですね」と件の研究員は笑っていたが、うちの図書館にそういう才能のある奴がそいつと司書とその見習いで少なくとも五人は存在するせいで説得力は微塵もない。よって俺達自身もなるべく地味な格好を心がけて外に出てきたわけだった。