約束東の海のとある村。
灰色髪の子供が他の子供達に囲まれて虐められている。
「そんな前髪じゃ前見えねぇだろ〜?切ってやるよ」
「や、やめてよ…!」
「お前ら、しっかり抑えとけよ」
「わかってるって」
「ほら、暴れんな」
その子の前髪にハサミの刃が触れそうになった時だ。
「刃物は人に向けるなと教わらなかったのか」
妙に大人びた喋り方の子供がやってきて、まずハサミを持ってる子から殴り倒し、取り巻きも次々に倒していく。
「覚えてろよー!!」
いじめっ子達がいなくなると、強い子供はどこかに去ろうとする。
「あ、あの…」
いじめられっ子がそれを引き止める。
「ありがとう……強いね、君…」
「父親が海兵だからな。隣町が基地なのは知ってるだろう?」
「うん…最近新しく出来たって」
「そこの海兵は誰も私に敵わないのさ」
「凄いね…!」
前髪のせいで見えないが、羨望の眼差しで見られていることに気を良くした強い子供は胸を張って名前を言った。
「私はシュリンガー。世界最強の女になるのが夢だ」
「あ、あの…おれは、ジャンゴって言うんだ、よろしく…」
「ああ、よろしく。そうだ、まだ探索の途中なんだ。来るか?」
「いいの?」
「友達なんだ。いいに決まってる」
初めて友達と言われた事に泣きそうなくらい感動を覚えながら、シュリンガーの差し出した手を握った。
その手の感覚は今でも残っている。
小さいけど力強かった手。
俺の知る限り一番強くて綺麗な女。
今はどこで何をしてるのやら。
海と同じくらい果てしなくて青い空を見上げながら甲板を掃除していると、海兵達がゾロゾロと何か話しながら歩いていくのが見えた。
「なんだありゃ」
「行ってみるか?兄弟?」
「ま、掃除も大体終わったしな」
モップとバケツをそのままに、ジャンゴとフルボディは人の流れに乗って行った。
幾つかある岸壁の一つに人々は集まっており、その視線の先には真っ赤に染った軍艦が停まっていた。
「なんだありゃあ…軍艦って青だろ?!」
「赤い軍艦……紅骸隊だ」
フルボディがなにか知ってそうな口振りだったので訊く。
「紅骸…?」
「狙った海賊は全滅させて帰ってくる。誰一人として生かさない恐怖の部隊。軍艦が赤いのは葬ってきた海賊達の血さ」
「おっかねぇな…」
「でも、その強さに惹かれる奴も多いからこうやって、出迎えにくるファンがいるのさ。ほら、出てくるぞ」
足場が降ろされると、赤毛の美少年とレモン色の髪の女海兵が出てきた。
「ベリルくーん!」
「ルミエールちゃーん!」
ファンから渡される花束やプレゼントを待機していた部下と思われる海兵達が代わりに受け取っていく。彼らは返り血で全身を汚していたから。
次に出てきたのは汚れひとつない純白の大狼の背に乗った凛とした美女。その体は全身が赤に染まっている。
そして、彼女が出てきてから見えなくなるまでの間集まった海兵達皆が敬礼して静かに見届けたことに、ジャンゴは疑問を覚えた。
「……なんで、あの女の時だけ皆黙ったんだよ」
「あんまり、キャーキャー言われんの嫌いだからなあの人は。それに、皆怖いのさ」
「?」
「ほら、出てくるぞ戦利品が」
フルボディが船を指すと、幾人かの海兵達が液体入りの大きなガラス瓶を運んでいる。
その中には、脊髄付きの生首が。
「本物かよ、アレ…」
「本物だ。賞金付の海賊の首を持ち帰ってきてコレクションしているらしいぜ?でも、あれが怖いわけじゃねぇ。取った方法が怖いんだよ」
「どんな方法だよ」
「素手で、もいでんだよ」
「は……?」
「握力が人間じゃねぇんだ。シュリンガー准将は」
「………シュリンガー、だと?」
「知り合いか?」
「…一応、な」
まさか、とは思ったよ。
でも、会う気にはならねぇ。
だって俺は…約束を破ったからな。
なのに、この手はずっと覚えてんだ。
「もう、思い出せないんだ」
「准将?」
シャワー上がりのシュリンガーにウォッカを持ってきたベリルは首を傾げる。
「小さい頃から握り続けたアイツの手の感触も温度も…何も思い出せなくなるほど、汚れすぎたんだこの手は」
「そんなことないですよ!思い出とかはその、分からないけど…准将の手は正義の手です!」
ベリルはシュリンガーの右手をしっかり握る。
「ありがとうベリル」
なんであんな所にいたのか。
そうか、約束を破ったのか。
……私の事など、忘れてしまったのか。
「そーいや、シュリンガーが乗ってたあのデカい犬…」
ランニング中にふと思い出し、気になったので隣を走るフルボディに訊く。
「シロ大佐だろ?動物系だって事しか知らねぇけどな。ついでに、赤毛のチビがベリル少佐で、シスターみたいなかわい子ちゃんがルミエール少佐だぜ……あっ」
「どうした?」
「噂をすれば、だぜ」
ゴール地点の訓練場前まで戻ってくると、シュリンガーが立っていた。
「シュリンガー!?」
「准将をつけろ、馬鹿者」
「相変わらず硬っ苦しい喋り方だなお前は」
「……何だ、覚えていたじゃないか」
「?」
すると、突然シュリンガーはジャンゴの首を掴んで近くの木に押さえつけた。
「覚えていたなら何故約束を破ったんだ!!私はまだ夢を追っているというのに!!」
「シュ…リ、ンガー……ッ!」
絞め殺される、と言うよりかはそのまま潰されそうな気がして、それに抗うため暴れるが全然解けない。
助けようとしたフルボディは蹴りの一発で脳をやられて倒れた。
「私は貴様にとって、なんだったんだ…!」
意識が遠のきそうになった時だ、横槍が入った。
「准将!!お止めなさい!!」
白スーツの男が現れて、その際緩んだシュリンガーの手をジャンゴの首から離した。
「申し訳ございません。そちらの方と共に医務室に運びますね」
「アンタ、は……?」
どこかで見たことあるようなと思い出そうとしているうちに、意識は結局暗闇に落ちた。
そうだ、貴様の夢は?
おれ…?おれは、世界一のダンサーになりたいなって…。でも、弱虫だから無理だよ、きっと。
諦めるな。ジャンゴならなれる。
でも……。
では約束しよう、互いの夢を果たすと。そうすれば、やる気になるだろう?
「悪ぃ……シュリンガー…………?ここは…」
「良かったです、気がついたようで」
「アンタは……きゃ、キャプテン・クロ!??」
髪の色は真反対の白色で、眼鏡も四角いが確かにあのキャプテン・クロと同じ顔の男が傍にいた驚きでベッドから転げ落ちるジャンゴ。
「お静かに。あなたのご友人はまだ寝ていないといけないので」
「そ、そうだな…シュリンガーの蹴りもろに食らったもんな…」
「ご理解が早いようで。流石は兄の船にいただけの事はありますね」
「兄…?」
「ええ。あ、申し遅れました。私、シロと申します。キャプテン・クロは私の双子の兄です」
「双子ォ!?あの人そんな事話してなかったぜ!?」
「まぁ、嫌われてましたからね。私の方が優秀だったので」
「自分で言うか?普通………。で、シロさんよ。一つ聞きてぇんだけど」
「准将の事ですか?」
シロは椅子に座って長い足を組む。
「私もよく分かりません。手が出やすい性格ではありますが、あそこまで怒ったのは初めて見ました。何かしたんですか?」
「……したと言えばしたのかもな」
「そうですか…」
「謝らねぇとな」
「暫し時を置いた方が宜しいかと」
「…かもな。じゃもう少し寝るとするか」
「良い夢を」
「アンタもな」
シロが去っていったのを見届けると、もう一度瞼を閉じる。
今でも鮮明に思い出せる、飴玉みたいに甘くて綺麗な子供の頃を夢見て。