愛の鍵ジルエイ「おや、何を持っているんだ?」
依頼を終わらせた深夜、協力をとりつけた動物たちを解放している最中、一匹の犬が小箱を咥えていた。落とし物か? そう推理した私はそれを受け取り、ピンクの蓋を開いた。
「鍵か。しかしこれは……オモチャだな」
わざとらしいハート型のキーヘッド、簡素な鍵山、軽い素材。
どうみても女児向けのオモチャなそれを緊急性の低い物と判断し、届けるのは朝でかまわないなと、欠伸を噛み殺しながら私はホテルへの帰路についた。
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ホテルにてシャワーを浴び、ホットミルクを淹れて一息つく。
そういえば小箱の方をちゃんと見てなかったな。
名前でも書いてあればと、改めて確認してみる。
すると先ほどは気がつかなかったが蓋の裏に紙が貼り付けられている。そっと取り外し開くとそれは取り扱い説明書のようだった。
“愛の鍵”
“ラブアパート”
“相手が思い描く愛の妄想”
“一度使用すると鍵は消滅する”
……子供向け、というにはなんともセクシャルな設定の気がする。最近の子はこんなものなのか?
まあ私が気にすることではない。
結局、隅々まで見ても持ち主の手掛かりとなるような情報は無かった。
諦めてミルクを飲み干し、ベッドに横たわって眠気に身を任せることにした。
愛の夢……もし見れるとするならば、彼の…………
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気がつくと私は見知らぬ空間にいた。
華美すぎるほどの装飾が施された部屋。
真っ赤なハートを背負うキングサイズの丸いベッド。
その周囲を回るオモチャの馬。
右奥に拷問器具が見えた気がするがそれは見なかったことにしよう。
左……も見なくていいな。変な椅子なんて見てない。
すぐに察した。これは夢、明晰夢というやつか。
寝る前にあんなものを読んでしまったからか。我ながらなんとも安直な脳をしているものだ。
ということは……そう思った瞬間、ベッド脇にエイフェックス君が現れた。
ああ、本当に私というやつは……
「テメェ、ついてくんなっつってんだろ!」
おや、何の話だろうか。
「俺はあのマフィア連中に復讐しなきゃなんねぇ。やっとそのチャンスが来た。逃がすわけにはいかねぇんだ……!
足手まといなんざいらねぇ!!」
ふむ、確かエイフェックス君は両親をマフィアに殺されたのだったな。
なるほど、この夢はエイフェックス君の過去を反映しての設定なのか。
エイフェックス君はマフィアへ復讐に行こうとしていて、それに私がついていこうとして拒絶されている。という状況だろう。
ならば……
「それほど危険な相手ならばますます君一人で行かせるわけにはいかない。
私とて超探偵として護身の術は身につけているし、私の能力は役にたつと断言しよう」
「チッ、役にたつとかじゃねえ。これは俺の問題で、テメェには関係ねーんだよ!」
エイフェックス君は意固地になって私を拒絶しようとする。……違和感がある。超探偵としての感と経験が告げている。
エイフェックス君にとって親の仇であるマフィアへの復讐は必ず達成したい目的のはずだ。ならば使えるものは使うべきだろう。
だとすると、エイフェックス君が私を拒絶する理由は……
「……心配するな。私は君を置いて死んだりしない」
「なっ! ……別に、心配なんかしてねえ」
そっぽを向いて否定するエイフェックス君だったが、私は愛する人の悲嘆を見逃すほど愚かな男ではない。
彼の頬に手を添えて、銅の瞳を真っ直ぐに見つめる。
やがて視線に耐えきれなくなったエイフェックス君は意を決して私へと向き直った。
「…………余計なことに首突っ込むんじゃねえぞ。
テメェにまでいなくなられたら……」
「ああ、君への愛に誓おう。
だから君も私を信頼するといい。私が許可する」
「なんで、オメェの許可制なんだよっ……!」
いつもの返しをしながらもエイフェックス君は頬に添えられた私の手を握りかえしてきた。
これは……いけるのでは?
腰に腕を回すと、エイフェックス君は抵抗するどころか、おとなしく目を閉じて私を受け入れてくれるようだ。
私とエイフェックス君の距離が縮まっていく…………
ピピピピ!ピピピピ!
聞き慣れた電子音で目が覚めた。覚めてしまった。
柄にもなく舌打ちをして起き上がり、眼鏡をかける。そこで気付いた。
眼鏡の隣に置いていた愛の鍵が光となって消え失せていく。
……初めてが夢というのも味気ない。
今度こそ、現実であの唇を味わせてもらおう。
決意を固め、私は今日もまた探偵事務所へと赴くのだった……。