素直になりすぎた話とあるホテルの一室にて、俺ことエイフェックスは上層部から与えられた休日をもて余していた。
というのも、昨日まで大型の依頼で犯罪組織に潜入していた時のこと、他の超探偵とも協力しもう少しで検挙出来る。あと一つ決定打があれば……となったときに上層部から俺に下された指令
『捕まったフリをして注目を集めろ』
……要するに囮になれとのお達しだ。ま、俺のタフさならなんてことはねェ。危険な分報酬も増えるしな。
作戦通りにコトは運び、俺が尋問されている間に制圧部隊が突入。俺は荒れた現場のどさくさに紛れて拘束を解き、暴れた犯人共を拳で黙らせ、無事檻の中へと送った。
これで一件落着、だったのだが、俺がされた“尋問”に少々問題があった。
世界探偵機構の情報を吐かせようとした犯人共に特殊な自白剤を投与されたのだ。幸い効果が出る前に解決出来たが、上からは数日間の療養という軟禁を命じられた。チッ
まあいい、もし問題が起こったほうが面倒だしな。これも命令である以上仕事だし、囮の分も合わせて報酬絞り取ってやる。
さて、暇なんだがどうするか。部屋の中で出来るようなトレーニングは限られている。読書は……ジルチが押し付けてきた本があるな。
……? 一瞬妙な感覚がした。念のため生命体探知を使っても敵影は無し。まァ、世界探偵機構が仮拠点にしてるホテルに敵が入り込んでたらそれこそ事件だが。
薬の効果の可能性が高い以上気にしても仕方ない。ココアでも淹れて落ち着こうとキッチンに立つ。
そういや、ジルチが淹れてくれたココア美味かったな……。アイツいつの間にか俺の好みを知りつくしてさりげなく実行してくるから、そういうとこ好きなんだよ…………は!?
「なに考えてんだ俺!!」
ジルチのことを考えた途端、胸が熱くなるような感覚がして、思考が色惚けた方へと暴走していった。
顔が火照るのを感じる。鏡で見なくても分かる、今俺の頬は紅色に染まっている。
「こんな方向に素直になるのかよ、ふっざけんなよ……!!」
非合法の粗悪な自白剤なんざ大したことねェ。そう思っていたのに。いや、所詮ただの自白剤、他のことを考えりゃ気なんか簡単に散らせる!
そうださっきの本、“ジルチ”の本……ダメだ!寝る!寝て忘れろ俺!
ベッドに飛び込んで無理矢理目を瞑る。しかし真っ昼間から寝れる訳もなく、脳裏にジルチの顔がチラついてその度に自分の心臓の音まで聞こえてくる。
その時、
…ピロン、ピンポーン
スマホの通知音と部屋のインターホンが同時に鳴った。
まずスマホを確認するとそこには『ジルチ』の文字。更に内容は『見舞いに来た、開けてくれ』
俺のこと心配して来てくれたのかよ、嬉しい…じゃねェだろ!?
クソッよりによって……今の俺じゃ何を言うか分かったもんじゃねェ!! それに弱ったとこなんか見せてたまるか。……抱かれてるのはともかくとして。っぐ、思い出したら腹の奥が……!!
とにかく俺は毛布にくるまって居留守を決め込むことにした。もう一度ピロンと通知音がしたが聞こえないフリをする。
しばらくして、ガチャリ、と扉の開く音がした。
しまった、アイツ合鍵持ってんじゃねェか! 俺に何かあったときの為に渡していたのが仇になった……!
毛布の端を掴み固くうずくまっていると、足音がこちらへと近づいてくる。
「おや、眠ってはいなかったか。しかし…苦しいのか?」
毛布越しに背を優しく撫でられて、思わずビクリと身体が跳ねた。
いる、ジルチがすぐそばにいる。会いたい、でも今はダメだ。口を押さえていないとあられもないことを言ってしまいそうになる。
返事も出来ずにいるとガサリとビニール袋の音がした。
「タフなエイフェックス君がこれほどまでにやられるとはな。色々と持ってきたからあとで確認するといい。
それとその様子では食事もまだだな。私が粥を作ってやろう」
「……う"う"」
「いけないぞ。少しだけでも構わないから何か胃に入れたほうがいい」
呻き声しか出ていないのに、俺の「嫌」が伝わっている。そういうとこ好き、ッダメだろ! 物を食うなんて、口を開いたりしたら自白剤のせいで本当のことを…………あれ?
……本当のことなんだし、いいんじゃねェの?
気づいてしまった瞬間、完全に頭がジルチのことでいっぱいになる。
会いたい、会いたい、顔を見たい。
さっきみたいな毛布越しじゃ足りない、直接撫でられたい、なんなら抱きしめて、そのまま……
「ジルチ……」
かぶっていた毛布から出て、キッチンへ向かおうとするジルチの手を掴んだ。ジルチは少し驚いたように振り向いて俺の方を見ている。
あ、やば……カッコいい、面よすぎ……
「これは……! 相当の高熱があるようだな」
ジルチが真剣な声と表情で、俺の頬に触れて熱を測ってくる。ジルチが俺のことで真剣になってる……
俺の顔が熱いせいで「ジルチの手、冷たくて気持ちいい……好き」
「!」
あれ、今、声に出てたか? まァいいか。
ジルチの手に頬擦りして感触を楽しんでいると、ジルチは戸惑った様子でベッドに腰掛けた。
「君の症状について医者は何か言っていたか?」
「んー、いや、盛られたのもただの自白剤だ……怪我とか病気とかじゃねェよ。大丈夫」
「自白剤だと?」
「おォ、さっきまでジルチになんでも言っちまいそうでハズくって隠れてたんだけどよ、好きなの本当だしいいんじゃねって、それよりジルチの顔見たいってなってよー」
頭がぼんやりとして、気の抜けた喋り方をしているのが自分でもわかる。
ジルチに抱きつきたい。その思いのままに抱きつくとじぃんと幸せが身体に沁みわたっていく感覚がする。心が喜びを伝えている。
熱に熔けた瞳で見つめるとジルチも俺を抱き返してきた。
「はァ……ジルチ、好きだぜ……」
「ッエイフェックス君……」
ジルチに包まれて多幸感に逆らえない。普段から俺よりも低い体温なのに、俺が発熱してるせいでよりヒンヤリしているように感じる。体温を分け与えるようにすりついてより身体を密着させる。
「なァ、頭撫でろよ」
「それはいいのだが、エイフェックス君? 愛しい人にベッドの上で抱きつかれては誘われているようにしか思えないのだが……」
「ん……そういうのもいいけど、まだもっと抱きしめてろ」
ジルチ、ジルチ、俺の恋人、好き、愛してる。
“本当のこと”を言うだけで嬉しくなって、高ぶった感情が声になって溢れていく。
薬の効果はまだまだ切れないようだ……。
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大変なことになった。
大型の仕事から帰還したエイフェックス君が、療養の為に数日の休日を与えられたということを耳にした。
あのエイフェックス君が数日を甘んじて受け入れるとは、余程のことと察した私は見舞いと看病に立候補し向かった……まではよかったのだが……
今、私は上半身裸にさせられ、エイフェックス君に身体を指でなぞられている。
「ふーん? 結構引き締まってんなァ。抱かれてる時は観察する余裕とかねェし、てっきりヒョロいモンかと思ってたぜ」
「……最近は少しばかりトレーニングを増やしている」
エイフェックス君は腕の筋や腹筋の割れ目を擽るようになぞり、うっとりと見つめている。
『抱いた恋人をスマートに介抱出来ないことが男として情けない』と鍛えた結果を、このような形で見られる羽目になるとは。
少しばかり悔しく思っている隙に、エイフェックス君は私の帽子と眼鏡を取り外して遮る物のなくなった頭を、その胸へと抱き込んだ。
「一回こうしてみたかったんだよなァ」
エイフェックス君が私の後頭部を撫でると筋肉で出来た柔らかい谷間に顔が埋まる。
これは、流石に刺激が強すぎる。なんとか脱出しなければ生殺しにされてしまう……!
名残惜しくも思いながら押し返そうとした瞬間、エイフェックス君の太腿が私の股間へと押しつけられた。
「くくっ、くくく……勃ってんじゃねェかよ、つつかれてただけでその気になったかァ?」
挑発的に笑うエイフェックス君に私はとうとう狼へと成り果て、当初の“看病”という目的は完全に消え去ったのだった……。
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翌朝、目を醒ますと横にはうずくまって頭を抱えるエイフェックス君がいた。
「おはよう、エイフェックス君」
「…………ぶん殴ったら昨日のこと忘れるか?」
「やめてくれ」