告白 誰もが寝静まった深夜二時。目の前では恋しい人が険しい目元で仕事をしている。
監督生さんの国では、この草木の呼吸音すら聞こえてきそうなほどの静寂に満ちるような時間のことを、丑三つ時、と呼んだらしい。生きる者どもの気配がひどく薄まり、この世非ざる魔物と遭遇する時間。けれど、それを聞いてなお、僕はこの時間を愛おしんでいた。
誰もが寝ている。この時間だけ。僕は愛おしい貴方を独占することができるから。
朝が来ると、愛おしい人は僕の手を離れて、誰かの元へ行ってしまう。
アズールは寮生を前にすると、頼れる寮長になる。モストロ・ラウンジに入ると、支配人。悩める者を前にすると、どんな願いでも叶えてくれる海の魔女。クラスに入れば一クラスメイトになるのだろう。ボードゲーム部の部室に入れば、可愛くてかわいくない後輩の顔をする。
けれど、そのどれもが。僕だけの顔ではない。朝になれば、僕はアズールにとって、その他大勢と同じに成り下がる。だからこそ、誰かの中に居るアズールを、僕だけが独占できる、この静寂ばかりに満ちた時間が大切だった。
鳴りやまないペンを走らせる音に、そっとアズールを見つめた。硝子ペンを握る指先は、珍しく滑らかな皮膚を晒している。桜貝のような爪先に薄くインクが滲んでいた。真っ白な指先を汚すそれが、妙に目を惹いた。もし、それを舐めたなら、アズールはどんな顔をするのだろう。指先を汚すインクでさえ許せないのだと告げたら、どんな顔をするのだろう。
「アズール、こちらの会社からラウンジへの食材提供の依頼がありました」
「ありがとうございます」
僕の言葉に、けれどアズールは顔を上げることはなかった。返事さえ、どこか上滑りしている。無言で差し出された右の手のひらに、一枚の書類を乗せた。その間も、ずっと片手間に仕事を続けている。
それでも良かった。たとえ秘書ロボットのような扱いだとしても。
アズールがそれを許したのは、僕だからだという自負がある。何をしても僕がここに居るのが当たり前だと言うような、傲慢ささえ垣間見えるような扱い。けれど、これはアズールなりの甘えだと理解している。
一人で何でもできるアズール。人を信じられないアズール。手を差し伸べられることさえ拒絶するアズール。けれど、この時間まで僕が仕事を手伝うのは、彼の中で当たり前になっている。
アズールが決めて、アズールが始めたモストロ・ラウンジ。その仕事。けれど、その中で無意識下にジェイドが居ることを許容されている。
その事実に、どれだけ心満たされたか。尾鰭が震えるほどの感動をもたらしたのか。きっと、貴方だけは永遠に知ることはないのだろう。
アズールの顔を、どれだけ眺めても咎められないほどの距離。僕はこの場所を誰にも譲るつもりはない。
片隅をホッチキスで止められた、スタッフからの反省を処理済みの箱に移して、アズールは僕の渡した書類に視線を落とす。左右に流れていく眼球。熟読しているのだろう。瞬きの回数が減った。