no title その子と初めて会ったのは、十月の最後の日だった。
小さな町のクリニックからの紹介状と共にやってきた少年は、僕が前世で愛した姿や色彩をそっくりそのまま持つ少年だった。
オリーブのような柔らかな青碧の瞳、利発そうな眉と高い鼻梁。小麦の穂に似た艶のある黄金の髪。紹介状やカルテに書かれた名前も、僕の愛した漢字と響き。
しかし、その少年は前世での記憶を持ってはいなかった。彼は僕をかつての恋人ではなく、「ごじょう、せんせい」とガラスのように透き通る声で、僕を主治医として認識した。
それでも僕はまた恋をした。
だって僕は七海のことが大好きだったから、七海の美しく儚い少年姿を大好きにならないわけがない。この小さく細い身体が年齢を重ねるごとに強く逞しく、それはもう見事な肉体美になるのを知っている。大きな瞳が次第に知虜に富み怜悧になっても、その奥に慈しむあたたかさが残るのも知っている。
記憶のない、僕のことを単なる医者だと思っている少年に、ただひたすらに過去の懸想を隠して『優しい五条先生』として振る舞い続けるしかなかった。
少年はまるで前世の業がそのまま身体に映し出されていた。左目は視力をほぼ失い、きめの細かな子ども特有のぴんと張った皮膚は上半身を中心に火傷痕に似た炎症が広がっている。町の小児科では分からないと、この大学病院へと転院してきたのだ。
患者に対して同情や憐れみの感情は持ったことはない。けれど、この子ばかりは思わずにいられなかった。
かわいそう。かわいそうな僕の七海。
呪いのない世界で七海だけが、どうして。
僕の周りにはかつての親友や学友が前世の記憶を持ったまま存在していた。同僚の傑に灰原という後輩がいて、硝子に庵という先輩がいて。皆が呪いが存在しないこの新しい世界を謳歌していた。
そんな中、僕はずっと思っていた。どうして僕は七海に出会えないんだろうって。傑も硝子も「いつか出会える」「私たちがこうやって出会えたみたいに」って言ってくれるけど、僕は悠仁たち研修医の指導と子どもたちの為に日々を過ごしているばかりだった。
それが、ようやく、叶ったのだ。
僕は七海に出会えた。
小さく、愛らしく、そして痛々しい姿で。
続く。