(腐)罪深いひとだよね(さに乱) ボクはボクのあるじさんとお付き合いをしている。頭の固いいち兄は未だに反対するけれど、それは別にあるじさんがどうこうっていうんじゃなくてボクのことが心配なだけだって分かってるから無視をする。
この純朴なあるじさんから、引き離されて困っちゃうのは、残念なことにボクのほうなのだ。
今日はそんなあるじさんと現世デート。あるじさんの生まれた時代の街は騒がしいけど、ボクは嫌いじゃない。
「ご機嫌だなー」
腕を絡めた先のあるじさんが呆気に取られたように呟く。当たり前でしょと見上げた。
「好きな人とデートだよ、しかもその人の生まれた時代! 特別なのは当たり前なの。それに」
街のざわめき。流れる空気。家族連れの中笑う子供の顔。
「これがボクが守らなくちゃならないものだって、分かるから」
歴史を守ることが刀剣男士の使命だけれど、それは時折ぼやけてしまう。本当に自分が何のために戦うのか分からなくなる時、この世界を思い出せば戦い抜ける気がするんだ。
大好きなあるじさんを育んだ世界を守るため、戦う。
頭に大きな手のひらが置かれた。いつもみたいにわしわし撫でてこないのは、髪型を崩さないように気遣うからなんだろう。
「……かっこいいな」
「でしょう?」
そんなかっこいい恋人にバナナジュースおごって? そう首を傾げると、その人は現金だと可笑しそうに笑った。
バナナジュースを買って壁に二人寄りかかりながら飲んでいると、向こうのほうから男の人に声をかけられた。
「おう! お前なんでこんなとこにいんの? ……えっ、めっちゃ可愛い彼女連れてんじゃん……!」
あるじさんが困った顔をする。どうやら知り合いみたい。高校の同級生、とぽつり教えられた。
その男の人はボクの前に立って、しげしげと視線で舐め回してくる。顰めっ面になったあるじさんに構わずその人は言葉を続けた。
「なになに、付き合ってんの? ほんと可愛いんだけど……!」
せっかくの二人の時間を邪魔されたみたいでボクもいい気持ちはしなかったけれど、あるじさんのお友達だ。無下にする訳にもいかない。にっこり笑って返した。
「キミのほうが可愛いと思うなあ」
そう言うと、その人は『上級者!』と叫んで鼻息を荒くする。なんかやだな。友達の恋人だって分かっててこの態度。そう思っていると、あるじさんにこらと頭に触れられた。
「他のやつにそういう態度取らない。勘違いされんだろ。それから」
そうしてお友達のほうを睨む。
「こいつは彼女じゃねえ。どこの女の子よりも世界一かわいい彼氏だから」
へ? ――と目を丸くするのは、お友達ばかりじゃなくって。
そのあるじさんに腕を引かれた。嫉妬する目が向けられている。
「逃げんぞ。……二人きりになろ」
──ああ、なにそれ、前言撤回。可愛いのはボクでもお友達でもない。いちばんかわいい人って、今この腕を掴んでいる人で。
「逃げたらいいんだよね? 追いつかれないように」
「ああ。頼めるか」
「もちろん。修行から帰って来たボクをなめないでよね」
「おい、あの」
戸惑うお友達を尻目に、あるじさんがボクの肩に手を回す。
ボクはその人をお姫様抱っこで抱き上げた。
「……へ?」
目を丸くする男の人。ボクはにっこり笑いかけた。
「お邪魔されたの、ちょっとムカついたけど、この人のおねだり聞けたから許してあげる!」
呆気に取られた顔を置き去りに、あるじさんを抱っこしたままビルの屋上まで飛び跳ねた。
「うわっ、怖、高いこわい乱はやく着地して!」
「もー、あるじさんが逃げようって言ったんでしょ? 耳元で情けない声出さないでよね」
「だってだって、乱ほんとまじで無理! ほらあっち公園ある、着地! 着地!」
「はいはい……」
あるじさんが指さした公園の誰もいなさそうな茂みに降り立つ。あるじさんはやっと安心した息を吐き出して、ボクの腕から離れた。
「わっ、わ、心臓落ちるかと思った……」
「そんなわけないでしょ」
その人はなおも胸を押さえて真っ青になっている。もしかしたら高所恐怖症だったりしたかな。
抱きついて胸に耳を当てると、ドドドドドと駆ける心拍音。
「うわ、すごい」
「……お前が抱きついてくるから余計速くなりました!」
今度は真っ赤になったあるじさんが、その言葉のくせに腰に腕を回してくる。熱っぽい顔。──キスされちゃうなあ、っていうタイミング、分かるようになってきたよ。
啄むだけの口づけが唇に降りてきて、そればっかりで離れていっちゃうものだから、ボクは手を伸ばしてその人の頭をガッと引き寄せ深く唇を合わせた。
「んむ──!」
びっくりしてるあるじさんはやっぱり二十年も生きていない赤ちゃんで。ああ、ほんと可愛い。顔を離して口元をぺろり舐め上げれば、その人は可哀想に牡丹みたいな赤に染まる。
「んふふ。……責任は取ってもらうから、覚悟しててね?」
なんの責任だよお、と間抜けに腰を抜かすあるじさん。無自覚なんだから嫌になっちゃう。
なんでしょうねえ、と頭を小突いてやったら、欲の宿った目で腕を掴まれた。──それが深いキスの合図なんだってことも、分かっちゃってるんだよねえ。
二人して唇を腫れぼったくして帰ったら、あるじさんがいち兄に無言で絞られた。何も言わないけど圧をかけ続けるいち兄と、それになんの文句も言わず正座するあるじさん。
どちらにも愛されてるなあって思えてボクは嬉しかったけど、どちらの味方をするかは自分の内で決まりきっていて、ああ変えられちゃったなあとおかしく思った。