(水麿家族現パロ)家族で飲み会 明日は土曜。抱えていた仕事も一段落し、久しぶりにゆっくり休めるなあ、と思いながら帰宅したら、妻が『これ、いただいたんだ』と白ワインの瓶を見せてくれた。
「甘口だから、水心子も飲めるかなって。今晩一緒に開けない?」
すこしだけ窺うような表情で覗き込んでくる清麿に、いいね、と笑ってやると彼はぱあっと表情を明るくした。よほど嬉しかったのか、これ度数もそんなに高くなくてね、フルーティーだって評判のやつなんだよ、と矢継ぎ早に続けるので、水心子は吹き出してその額を小突く。
「いただきもの、は嘘だな? 買ってきたんだろ、わかるぞ」
そう言ったら、彼は口を開けて顔を真っ赤にした。慌てる清麿の足元、娘のまひろがけたけた笑う。
「ママ、ばればれだー」
「まひろと買いに行ったのか?」
「うん。おかいもののとき、いっつもママがみてたやつなの。パパがね、おいそがしいうちはのめないねって、にらめっこするだけだったやつ」
「ま、まひろ」
口が達者になった娘に余さず暴露されて、清麿はたじたじだ。水心子は笑いながら、彼の手首を握る。
「きよまろ。買いたいもの買っていいんだっていつも言ってるだろ、ただでさえ君は贅沢したがらないんだから……僕の仕事が落ち着くころだって思ったから今日買ってきてくれたんだろ? なら嘘つかなくていいんだよ、ね? 僕に嘘つかないで」
瞳をじっと見つめてそう囁けば、彼は赤い顔のままこくりと頷いた。
そんなこんなで今夜は家族での宴会である。
水心子は酒に強くない。酔うと言動に出る質である。
今夜もカーペットにあぐらをかいて、その真ん中に娘を抱えて飲んでいる。横には妻。これが至福の時だった。一口飲んでは娘をぎゅーっと抱きしめ、もう一口飲んではつむじにキスをする。いつかはこれも叶わなくなる年になるのかもしれないが、今はまひろもおかしそうに喜んで腕の中にいてくれた。
ジュースのコップを持ってお喋りしていたまひろが、いつのまにかうつらうつらとし始める。黙り込んで舟をこぐので、清麿がそっとコップを手から取り、彼女を抱き上げた。
「ちょっとソファに寝せておこうか。まだ歯磨きもしていないから、このままベッドに運ぶわけにもいかないし」
「ああ、お願い」
背後のソファに娘が横たえられる。クッションを枕に寝息を立てる彼女を見て、水心子はふふ、とにやけた。
「かわいいなあ。睫毛長いの、清麿そっくりだ」
「ええ、そうかなあ……どちらかというと水心子に似たなあって思っているけれど」
「朝尊あたりは両方に似てるって言うよね。そうだ、憶えてるか? 昔肥前先輩がさ……」
そこまで言っただけでわかるのか、清麿が『あれね』とおかしそうにする。
水心子の大学の先輩で、ものすごく世話になっている肥前は、まひろが生まれ初対面した時、『おまえらクローンでも作らせたのか』と言い放ったのだ。娘がわかりやすく両親の特徴を半々に持っていたためらしい。『普通この段階で両方の親に似るもんじゃねえだろ……』と呟き、興味深そうにまひろに指を握られていた。
「クローンはないよな、発想がさあ」
「でも、産んだのが南海先生の実家の病院だったじゃない。だからそう思ったんだって、『先生の親の病院ならあり得る』って」
「ははは、すごいな朝尊の信用のなさ」
夫婦で寄り添って娘の寝顔を眺め、くだらない昔話をする。こんなところに幸せというものはある。ワインも進み、ぽわんとしたいい気分でいた時、清麿が立ち上がった。
「そうだ、つまむもの何も出していなかったね。チーズも買ってあるんだ、ベビーチーズとデザートチーズだけれど」
取ってくるね、と言う彼の手を、水心子は掴んだ。きょとんとした彼をぐいぐい引いて、先程の娘と同じように足の間に座らせる。
見えている清麿のうなじが、さあっと赤くなった。
「す、水心子。どうしたんだい、チーズいらない? これ、恥ずかしいよ」
「恥ずかしい清麿もかわいいよ……」
「何言ってるの、ま、まひろがいるよ」
狼狽するその肩口に顔を埋め、後ろから抱きしめる。香る匂いは結婚する前とすこしも変わらなくて、ああ清麿のにおいだな、と安心に包まれてしまう。経済事情やらでシャンプーなんかも変えたけれど、清麿のにおいは、変わらない。
「すいしんし、ほんとに、恥ずかしいから……」
「うん……だからそれがいいよね……」
ほんとなにいってるのお、と困りきった声が届くけれど、やっぱり困っていてもかわいいのだからかわいいほうが悪いのだと思う。清麿はいつだってかわいい。出会った時だってかわいかったし、付き合ってからも、妊娠をしてからも、娘を産んでからも、ずっとかわいい。水心子を捕らえ続けるのが悪い。これですこしでもかわいくなくなってくれたら、他の男に狙われる心配が減って安心できるのに。
「きよまろ、かわいい……清麿がかわいいから、まひろもかわいく育ってるんだよね……」
ありがとう、と言った声も、なんだかむにゃむにゃしていて、そのまま意識はふつんと落ちた。
目が醒めると娘に覗き込まれていて、ひえっと間抜けな声が漏れた。
「なあにパパ、ひえって……むすめのかおみてそういうこという?」
「え、あ、ごめ……って、だって近いから」
そう言ったら、それもそうかと言わんばかりに彼女は身体を離した。そうしてキッチンの母に呼びかける。
「ママー、パパおきたよ」
うん、と返ってくる声が、なんだか硬い。なんだろうと思ってそちらを向くと、笑顔の清麿が寄ってきた。
……あれ、そういえば、水心子がソファに寝ている。先程までまひろが寝ていたのに。
いつ入れ替わったっけ……と思考して、やっと、己がなにも移動していなかったことに気づく。
「すいしんし、やっと起きたのかな。寝顔、かわいかったね?」
普段、言わない、『かわいい』という形容詞。そしてそれを放つのは絶対零度の微笑。水心子の背筋が凍っていく。
「……きよまろ、怒ってる?」
「怒っていないよお? 水心子が、まひろがすぐそばに寝ているっていうのに、僕のこと執拗にかわいいかわいいって扱ったことなんて、ぜーんぜん、怒っていないよ?」
まひろがにやにやする。──あああ、これ、清麿めちゃくちゃ怒ってるやつ。
「ごめ……飲んで気持ちよくなっちゃって……」
「へえ、飲んであんなになってしまったのか。じゃあもう飲んだらいけないね、もうお酒一生なしだね」
「えっ」
「僕はまひろが飲める年になったら一緒に飲むけれど、水心子は禁止ね。ああ残念だな~……」
血の気が引くのを感じた。これは、本気で言っている。己は一生飲ませてもらえなくなる。まひろの飲酒が解禁されて、家族団らんの場で飲むとなっても、水心子だけがアルコールに触れずに……。
「ご、ごめん~……! きよまろ、ごめん、ほんと許して……! それだけはお願い、どうか」
「今すこし飲んだだけでこんなになってしまうよわよわさんには、お酒は向いてません」
「きよまろ~!」
妻に縋り泣きつく。ちゃんと飲みすぎないようにトレーニングするから! お願いだから! まひろと一緒に飲むのは許して!
泣き喚く父と知らんぷりの母をにこにこ見ながら、娘は『ふたりともかわいいねえ』と言い放って両親を揃って撃沈させた。