(水麿養生本丸)誓い 顕現したときから、もしくは戦場に出て負った傷が癒えずに。そんなふうに身体に障害のあるものたちが集う、後方支援の本丸、通称・養生本丸。
戦わぬとはいえども仕事はしているのだから、楽しいことは平等にあるべきなのよ。そもそも生きているものに楽しいことがなければそんな世界はくそくらえ。──それがここを統べる審神者の基本理念らしい。クリスマスイブとなった今日、宴会は盛大に執り行われた。
水心子を含む数名の健康体の男士も、宴会の進行で酒は飲めなかったものの楽しんで過ごすことができた。普段つらい思いをして生きているものも多いが、こんなふうに皆で息抜きができること、幸せなことだと思う。
「それはそれとして、きよまろのプレゼントほしかった……」
自室で二人きりになるなりそう漏らしてテーブルに突っ伏した水心子に、清麿の苦笑するような笑い声が舞い降りてくる。
宴会の中でプレゼント交換というものがあったのだが、それは音楽に合わせて参加者全員がプレゼントを右に回していき、音楽が止まった時点で手元にあるものがそのものへの贈り物になる、という企画だった。水心子は隣にいた清麿のプレゼントがほしかったのだが、まあそううまくいくわけもなく、狙いのプレゼントは他のものの手に渡ってしまった。
「そんな大したものは入れていなかったけれどね」
「大したものかどうかは関係ないんだ! 清麿からってのが大事なんだよ……」
悔いても仕方ないことを悔いていると、清麿が言いづらそうにしながら『ええと、』と口を開けた。
「……あるんだよ、水心子へのプレゼント」
その声に、へ、と間抜けに顔を上げる。彼は自身の文机まで膝立ちで行って、引き出しの一番下を開けた。そこから、綺麗に緑の包装紙で包まれた箱が取り出される。
「……え、……きよ、まろ?」
「二人きりになったら、渡そうと思っていたんだ。今日は水心子、特別忙しそうだったから、今になってしまったけれど……」
プレゼントの箱を撫でる彼のもとに、慌てて寄っていく。清麿はちらと視線で窺ってから、その緑の包みを手渡してくれた。
「ぼ、僕、お返しなにも用意してない」
「いいんだよ、そんなの。……開けてみてくれるかい?」
微笑む清麿に大きく頷いて、包装紙を留めるテープから丁寧に剥がしていく。可愛いけれど少し大人っぽいクリスマス柄の包装紙、これも保管しておきたいな、そう思いながら包みをほどくと、その先に覗いたのは。
「……デジタルカメラ?」
箱を見てすぐに、可愛いと思ってたやつ! と思わず声を上げると、清麿が安心したように笑った。
「水心子、カメラに興味があるって雑誌を見ていただろう。でも難しそう、って言っていたから……水心子がかわいいデザインだって言っていたこれ、初心者向けなんだって。それならきっと最初の一台にいいんじゃないかなって……お値段的にも、僕でも買いやすかったし」
「……調べて、くれたの?」
「うん。他にももっと性能のいいやつあったんだけれど、手が出なくて……ごめんね」
そんなの、と清麿に飛びつくように抱きしめた。目が潤んで、胸がいっぱいになる。
水心子の興味に、彼はいつだって一緒になって興味を持ってくれる。そして後押しをしてくれる。右膝から下のない清麿は自分のせいで水心子の可能性を奪っているとよく言うけれど、清麿がいなければ、水心子に可能性なんてものはなくなるのだ。それくらい、彼に助けられている。
「ありがとう、……わー、どうしよう、清麿が僕だけのために考えて用意してくれたってことだよね、……わあああ、どうしようー……」
嬉しくて、ありがとうを繰り返しながら清麿をきつく抱きしめて顔を擦り寄せる。清麿はくすぐったそうに笑って抱き返してくれた。目頭が、熱くなる。
「そうだ、お返しさせてよ! 清麿、なにかほしいものない?」
ぱっと顔を覗き込んで尋ねると、彼は一瞬の驚きのあと、かすかに頬を染めて目線をさまよわせた。言いたいことがあって、言っていいのか迷っているときの癖。
その肩を、そっと撫でた。こちらを向く視線に笑いかける。
「なんでもいいよ。清麿のほしいもの、教えてくれないか」
そう尋ねると、彼は一度きゅっと結んだ唇をゆっくりと開いた。
「……もちろん、お高いものでなくていいんだ」
「うん?」
「本当に、ちゃんとしたものでなくてもよくて、簡単に買えるものでいいんだけれど」
「うん。なに?」
しどろもどろに紡いでいたのが、観念したように視線を上げる。すこしだけ上目遣い。自分がかわいいの、知らないでやってるんだから、罪深いよなあ……。
「指輪が、ほしいんだ」
目を見開いた。
「あ、あの、君に負担だったらいいんだよ。でも、永遠だって君はいつも言ってくれるから……それがモノとしてそばにあったら、僕、ものすごく力がもらえるんじゃないかと思ってしまって……、……あの、水心子、ほんとうに無理なら」
じわじわと熱を持つ心に急かされるまま、紡ぎ続ける唇を奪った。
柔らかくふさいで、ちゅう、と吸う。それだけで震える君が望んでくれた贈り物が、永遠を誓う指輪、だなんて、そんなのはあまりにも愛しすぎて。
唇を離してすぐ、とろんとした瞳に告げる。
「すぐに我が主に言って、現代に買いに行こう。現代のほうが種類が豊富なんだ。僕たちに似合うの、揃いで買おう。一緒につけててくれる?」
「……え、……そ、それって」
「結婚指輪以外の選択肢、ある?」
詰め寄るように問いかけた末、ふっと微笑んだ。そうすると彼は瞳を滲ませ、縋るように抱きついてくれる。
「……ない」
「よかった。……永遠に」
僕だけのものになってね。願う言葉を、本心から嬉しそうに受け止め頷いてくれる君が好きだ。全部、好きだよ。君にあるものも、君にないものも、君を構築する全部が愛しい。
その閉じた目尻から、堪えきれなくなってこぼれる涙もなにもかも。僕は、君だけを僕のものとして生きていくから。
君も、どうか、ずっと一緒に。
「それと、……もうひとつ、ほしいものがあって……」
そう言って、期待を込めた濡れた瞳が見上げてくる。
「すいしんしが……ほしい」
それはきっと待てはしないもの。わかるよ。だって僕も、君を待てないから。
「……全部あげるよ」
だから、残しちゃだめだよ。
吸い込まれるように唇を重ねて、邪魔な服を擦り合わせるようにきつく抱き合って、髪をくしゃくしゃに撫ぜた。互いに互いを与え合う夜が幕を開ける。
とっくに始まっていた僕らの幸せは、これからもっと深淵に。